注意されたこと。
翔兵が一週間ほど前に、倫理の授業中に英検の勉強をしていて注意をされたらしい。私から見れば普通に失礼だから注意されて当然だと思うが、困ったことに本人は悪いという気持ちはあっても認めたくないらしい。その日は塾の迎えの車中、私にマシンガンのように愚痴を言ってきた。学校から直接、塾に行くので、その日の出来事をまとめて話す時間である。そんなわけでこの日は「つまらない授業をする方が悪い。」「先生が偉いという考え方はおかしい。」だの何だのというマシンガントークが繰り広げられた。いわゆる生意気なお年頃にありがちな言動である。
不登校児への対応は、オウム返しが基本だが、これもその必要があるのか疑問だが、ピシャリと言うべきかと言う点では疑問に思う。それは抑えつけることになる気がしたから。
「言われたことが面白くなくて認めたくないんだね?」
「そう。」
このマシンガントークを聞きたくない気持ちもあるが、こう言ってみたところ、そこはアッサリと認める。
「でもさあ、普通に失礼だと思うよ。」
「でもさあ。俺は授業の妨害なんてしていないぜ?静かに座っているだけで何も吸収できない奴らの方がよほど間違っていると思う。」
血は争えない。高校生の頃の夫なら言いかねない言動である。
そして昨夜もまた言い出した。担任からもこの件で言われ、面白くなかったようだ。内容は同じなので割愛しよう。ただ、今度は「授業中に他の事をしないというのは規則だ」と言われ、それが気に入らなかったらしい。
「規則だというなら校則に書いとけばいいのに。」
「失礼だと思うよ、って言ったよね?それは校則以前の常識だと思うよ。」
「だってさあ。」
この様子だと教える立場にならないと納得しないだろうな。ここで私が小言を言うのは、火に油だろう。
翔兵は比較的真面目なタイプだが、反抗心はある。先生や大人が必ずしも正しいとは限らないということが見えてきた年頃でもある。
今回、ピシャリと言わなかったのは、これが原因でまたラプンツェルに戻って欲しくなかったというのが大きい。イライラを汲むことで、頭を冷やして注意された意味を部屋に籠らずに咀嚼して欲しかったから。世間を渡って行くには、こうしてぶつかったことについてよく考えることも必要。それにその度に引きこもっては、正直こちらとしてもたまらない。
まだまだ青い、生意気盛り。そして来週の三者面談では、私が担任に頭を下げることになるだろう。




