ペペロンチーノ。
翔兵の引きこもりの期間は、確かに見守る側としては辛かったが、今思えば悪いことばかりではなかった。
もともとお菓子作りが好きだった彼は、私に聞きながら一人でクッキーが焼けるようになった。そして妹と二人でマフィンを焼いてみたりすることもあった。
さらにありがたかったのが、お菓子ばかりではなく、料理に少しだけ挑戦したこと。睡眠障害の彼は、いつ起きてきて「お昼ご飯作って。」と言い出すかわからないので、家で仕事をしている私としては、かなりの負担だった。また、作ってやらなけらばそのまま食べずにいるので、体が心配で、作ってやらずにはいられなかったのだ。
「料理をしてみたい。これが作りたい。」
とDSiの画面を見せてきた。画面にあるのはペペロンチーノのレシピ。
「そばで見てるからやってごらん。」
スパゲッティを茹で、塩とニンニクと唐辛子とオリーブオイルというシンプルなそれはすぐにできた。嬉しそうにパスタをフォークに巻き付け、口に運ぶ。
「これ、違う。いつものと違う。」
翔兵が怪訝そうに言う。
「どれ…。」
私も一口食べてみる。
「普通においしくできてるよ?」
「いつものペペロンチーノのソースと味が違う。」
なるほどね。
「ペペロンチーノソースの袋の原材料のところ、見てみて?」
「うん?」
「そこに書いてある材料、読み上げてみて。」
ブツブツと読み上げていく。聞きなれた材料の他にいかにもな化学調味料の名前が挙がる。
「んーと…。あとは、アンチョビソース…。」
「それだ!今度作る時は塩の代わりにアンチョビソースでやってみようよ。スーパーで探しといてあげる。」
「うん!わかった。楽しみだな~。」
翔兵が嬉しそうに返事をして、"普通の"ペペロンチーノを平らげた。
後日、購入したアンチョビソースのボトルを見せると、目を輝かせた。
「今日のお昼ご飯はペペロンチーノにする!」
嬉々としてスパゲッティを茹でるためのお湯を沸かし始める。
「お湯を沸かしているうちに他の材料の用意すると早いよ。」
「あー。そっかー。」
DSiの画面を見ながら慣れない手つきで用意をしている。出しそうになった手をあわてて引っ込めて見守る。
慣れない手つきなので、用意した頃にお湯が沸き、パスタを投入。キッチンタイマーをスタート。箸で時折かき混ぜる様子だけは手慣れた感じがする。パスタは市販のソースで食べるために自分で茹でていただけに、茹でることだけは慣れている様子。
「さあ、フライパンが温まったらオリーブオイルを入れて。ニンニクは焦がさないようにね。」
「はーい。」
嬉々として返信をして、調理を進めていく。口頭で伝えただけで動けることはなかなか良いのでは?と思わず微笑む。
「いただきまぁーす!」
お皿に移し、笑顔でフォークを握ると、パスタをフォークに巻き付け、口に運ぶ。どうかな?アンチョビソースは正解か否か?
「おいしーい!」
どうやら正解だったらしい。そして、この事は彼にとって自信につながったようだ。
このあとしばらく、ペペロンチーノを作っては家族に振る舞い続けたことは言うまでもない。