最後は呑気に公立受験。
卒業式から約半月後、公立高校の受験が学力検査と面接の二日間に渡って行われた。学力検査の日は、休憩時間には、友達とどれだけ内申点が足りないかを自慢しあっていたそうだ。試験の手応えは普通だと、全く呑気なご様子であった。そして面接日である二日目の朝には、とどめを刺すような呑気発言。
「志望動機、なんて言おう?」
おいおい…。ダメ元になったらずいぶん呑気じゃないの。私立本命の直木の時とはえらい違いだ。しかし、自分で選んだからには理由ってものがあるだろう。
「あのう。どうして甲南を受けたいと思ったの?」
「なんとなく良いって思ったから。」
さすがに面接でそれは言えまい。そういえば、近所の一学年上の男の子が甲南に行っているはず。
「じゃあさ、『近所の先輩が楽しそうに通っているので入学したいと思いました』っていうことをそれらしく言ってみたら?」
「わかった!そうする!行ってきまーす!」
こうしてダメ元受験の面接に出発していった。ダメ元というのは、内申点が少し足りないからだ。当日の試験で高得点を出さないと不利である。
呑気過ぎるが、なんとか受験を最後までやりとげようとしているのだ。いい。期待しない。入試を一つも逃げずに受けて、最後の今日も出発したのだ。もしかして受かればラッキー。元気に過ごせれば、納得して通えるのならば私立でも公立でもヨシとしよう。
数日後の発表の日は、そわそわと落ち着かなかった。期待しちゃいけない、期待しないと思っていても、欲を言えば受かって欲しい。本命じゃないとはいえ不合格だったら、落ち込むかもしれない。どんな結果でも、とにかくまっすぐ帰宅してね、と祈りつつ送り出した。とにかく、「お疲れさん、一年間よく頑張ったじゃないの。」と言おうと決めて。
2話にも書いたが、ダメ元受験だ。この日は午後には銀行に私立の最終的な入学金を振り込みに行くつもりで、私のバッグには振り込み用紙と銀行の通帳が待機させてあった。
しかし約2時間後に翔兵が持ってきたのは合格の知らせ。あの時は、受験が終わったという安堵と、驚きで涙が溢れ、そして本当に腰を抜かした。
私の涙に唖然とする翔兵にやっと言った。
「お疲れさん。根性見せたね。」
照れ臭そうな笑顔にまたホッとした。ラプンツェル期には見せなかった笑顔。もう見られないかもしれないと思った時期もあった。
笑顔が一番。4月から元気に通えますように。
本当によく頑張ったね。おめでとう。




