インフルエンザそのⅡ
「もうすぐ病院に着くけど、歩ける?しんどいなら車椅子を借りてくるけど。」
うっすらと涙を浮かべたまま、頭痛と寒さに呻いている翔兵に声をかける。
「車椅子がいい…。」
病院の正面玄関のすぐ横の車椅子マークの駐車場に車を停める。普段なら一般の外来駐車場に停めるが、今日はこの状態のため、ありがたくこちらに停めさせてもらうことにした。
エンジンを切り、外来用の車椅子を押して車に戻り、助手席のドアを開ける。翔兵を座らせ、フリースのブランケットを膝に乗せ、正面玄関の自動ドアに向かう。
「少しガタガタするから、ごめんね。」
声をかけ、なるべく振動が伝わらないように車椅子を押す。点字ブロックや歩道との境目の段差は頭痛には響くだろう。
受付を済ませると案の定、診察よりも前にカーテンで仕切られた別室に通された。待合室も混んでいたが、こちらの別室も同じような患者さんでほぼ満室状態。順番が来ると、救急担当の医師が検査キットを持ってやってきた。
「A型です。」
15分ほど経って、結果が告げられた。やっぱりね。
翔兵は無言のままだが、かなりしんどそうにしている。すぐにイナビルと、頓服のカロナールを処方され、イナビルをその場で苦しそうに吸入する。イナビルはタミフルと違って一回の服用で済むので、こちらの方が良いと本人が希望したのだが、むせたら終わりなので少し気合が要る。
無事に吸入を終え、車を走らせる。家に着くと翔兵を下ろし、また車を走らせた。ポカリスウェットと熱さましのシート、食料品を買いにいくためだ。それに夫がいるうちに買い物は済ませておきたかった。というのは、タミフルが奇行を起こすと言われているが、タミフルを服用しなくても、高熱のうちは奇行を起こしやすいので目を離さないようにと医師から説明があったためだ。もし何かあったとき、妹の璃子では対処できないかもしれない。璃子は年齢の割にはしっかりしているが、体は年齢よりも小さいため、ここは夫の力が必要だろう。
それに私や璃子だって発症する可能性がある。外出がまったくできなくなることも想定しての買い物をしておきたかった。
夜の間は検温を兼ねて何度か様子を見に行ったが、そのたびに暗闇でもわかるくらいに目をむいている翔兵と目が合った。熱さましのシートもすぐに温かくなってそのたびに貼りなおした。
検温のこともあったが、心配で眠れず、時折ウトウトしては検温することを繰り返しているうちに朝を迎えた。朝一番に欠席の連絡と対応についての相談のため学校に電話を入れた。
「願書はこちらで対応しますのでゆっくり休んでください。あと、三者面談ですが、何日後くらいにできそうですか?」
解熱後三日間は出席停止期間なので、最短だとしても今日はまだ熱があるので早くて四日後。その日は面談の日の最終日に当たる。その旨を伝えると、面談の予定を最終日の終業後に変更するという対応をしてもらえることになった。
まだまだ熱が下がる気配はなく、検温に行くと目をむいている翔兵だが、願書のことと面談の子とを伝えたところ、ホッとした表情をした。
「しんどくて勉強できないよ。」
食欲もなく、水分補給にと置いておいたポカリスエットも手付かずなのに、そんなことをポロリと言う。奇行をする元気もなさそうな位だ。
「今はとにかく安静にして、治すことが先決だよ。無理して起きたりしたら長引くよ。」
「どうしよう…。」
「とにかく、熱が下がるまで安静にね。」
大丈夫だよ!と元気よく言ってあげたいところだが、ここで今だけでも安心させてやるべきか否か?と迷って言えなかった。
早く熱が下がって、楽になりますように。祈る気持ちで熱さましのシートを貼り替える。
心が折れませんように。入試を受けに行けますように。




