インフルエンザそのⅠ
私立の志望校が決定して願書も書き、受験料の振り込みが済んだ。私立の志望校は本命の直木学院、第二志望の芥川高校、滑り止めの清真高校の三校だ。
本命の直木学院は偏差値の高い男子校。しかし入試の際は内申点は見ない。立地としては乗換えがあるが駅からは近い。付属大学への内部推薦もあり、外部への入試は推薦、一般ともに手厚い。芥川高校は共学で電車の乗り換えもなく、駅からも近い。内申点は見るが偏差値は直木学院よりも少し低い。しかし付属大学への内部推薦の枠がかなり広い。直木学院がダメでもここなら通いやすいだろうということで決めた。清真高校は偏差値としては余裕だが進学率はイマイチ。しかし上位をキープすれば指定校推薦での進学ができる。そして近いので自転車で通えるという事で決めた。
私立の願書提出及び受験日に、公立高校を決定する三者面談と、受験イベントを盛りだくさんに控えたある休日の夕方のこと。早めの風呂を済ませた私が何気なく二階に上がって行くと、もう暗くなり始める時間なのに翔兵の部屋が暗いのがわかった。
「寝てんの?」
寝てしまっているのなら、夕飯を翔兵の分だけよけておかなければ、と確認のためにノックしてからドアを開けた。
「寒い~!頭も痛い。」
そこには薄暗い中、ベッドに潜り込み目をむいている翔兵がいた。
「どれ?」
額に手を当てると、ぶわっと熱が伝わってきた。風呂上がりの私の手よりもずっと熱い。発熱は間違いない。もしかして?もしかして?
「熱を測ろうね。」
リビングからなの急いで体温計を持ってきて翔兵に渡す。
…ピピッ、ピピッ。
一分後にデジタル画面に表示されたのは「40.0℃」!ヤバい!時期的にかなりヤバい!インフルエンザの可能性大。
「大変!今から病院行くよ!」
「え…、嫌だ。」
体温計を見せながら言うと拒否の返事。
「そういう問題じゃない!ほら、行くよ!」
今思えば、しんどくて動きたくなかったのだろう。しかし、この熱ではそんな事も言ってられない。寒がるので普段より一枚多く着せてリビングに降りた。帰省している夫と璃子がくつろいでいるところへ早口で声をかける。
「翔兵が40.0℃の熱。病院行ってくる。二人でご飯食べててね。お刺身と野菜がもう冷蔵庫に用意してあるから。後は味噌汁と煮物を温めるだけだから。」
急いで上着を羽織り、フリースのブランケットをひっつかみ、厚着をした翔兵を連れて玄関を出る。助手席のシートを倒しぐったりとしている様子を見ながら車を発進させた。
「どうしよう…。願書を出しにいかないといけないのに。」
か細い声に顔を向けると熱のせいか、心細さのせいか目が潤んでいる。
「大丈夫だよ。こういう時は学校で対応してくれるよ。もし先生たちの都合がつかなければママが出しに行くから。」
「ありがとう…。」
受験の不安と体調不良で泣き出しそうな翔兵はか細い声で言うと目を閉じる。
「試験、どうしよう…。」
「大丈夫だよ。もしインフルエンザだとしても、試験日までには治っているはず。あと一週間遅かったら試験がヤバかったよ。熱が出たのが今日でラッキーだったよ。」
「うん…。」
もしインフルエンザであっても、別室での受験や、別の日の受験などの対応をしてくれるので、受けることは可能であろう。ただ、体調が悪くて実力が発揮できないことのほうが心配だ。その点では入試の直前じゃなくて本当に良かった。




