今度は一人で大丈夫。
「どう?今回は一人で行けそう?」
「夏と同じ場所だから、今度は一人で大丈夫。」
冬休みに入ってすぐのこと。夏に引き続き、模試および講習に二日間、足を運ぶことになった。打診をしてみたところ会場が前回と同じだから一人で大丈夫とのこと。自信がついたようだ。あの時の夫は不服そうだったが、夏の付き添いは無駄じゃなかったようだ。スマホの操作にもずいぶん慣れたので、もし電車に乗り間違えてもそこまでうろたえる心配はなさそうだ。
当日、元気よく出かけた姿を見てホッとする。今回も夏に利用したベイクショップで昼食を調達すると喜んで家を出て行ったのだ。夏のときは夫が会場のある駅前のベイクショップでパンを買ってやったらしいのだが、そこのパンがとても気に入ったとのことで、今回も楽しみにしていたらしい。
『今回は一人で行ったよ。夏に付き添いをしてくれたおかげで自信がついたみたいだよ。』
上海にいる夫にメッセージを送ると、すぐに返事が来た。
『ありがとう。』
ほんの一言だが、夫がホッとしている様子が目に浮かんだ。
昼間は念のためスマホを常に近くに置き、緊急の連絡が入っても良いように待機していたが、開店休業状態で夕方の終了時刻を迎えた。拍子抜けした感じが心地よく感じるくらいホッとした。
そして終了時間から約二時間後、予想よりも少し帰りが遅いように感じて心配していたところへ翔兵が帰ってきた。
「ただいま。ねえ、璃子。お土産があるよ。」
それは例のベイクショップのパンだった。夕食もそこそこに璃子と二人でパンを齧りながらおしゃべりが始まった。
「朝ね、乗り換えのときに間違えた。JRのホームに行っちゃった。」
「時間、大丈夫だったの?」
乗り換えの総合駅で私鉄から地下鉄に乗り換えるはずがJRのホームに行ってしまったんだとか。
「うん。ベイクショップに寄っても間に合ったよ。それでね、帰りも間違えたの。」
どうりで遅いと思った。お土産のパンを買うために帰りにもベイクショップに寄り、その後乗り間違えをしたそうだ。どうりで遅いと思った。まあ、それでも私に連絡を入れることなく帰って来られたことは大進歩。少し前の彼なら朝の時点でパニックして私に電話をしてきただろう。
二日目もまたベイクショップを楽しみに元気に出発し、帰りは駅まで迎えに来てほしいというおねだりはあったが、それでも夏の状況を思えば、別人並みの進歩である。電車に慣れる時期が少し遅かっただけで、こんなにも自信を持って出かけられるようになったのである。
夫とケンカをしたくない、めんどくさい、子供たちに聞かせたくない、見せたくないということもあって言いたいことを我慢していることが多いのだが、夏の時は私は譲らなかった。もちろん、特にこのときは間違って聞かれることも避けたいということもあった。聞こえたら、もし私が翔兵の立場だったら自分が厄介者にされていると思うだろう。なので、聞こえないように細心の注意を払いつつ、譲らない姿勢を貫いたのだ。この時の私は、外出する自信をつけることが、模試の結果と同じくらい重要なことだと感じていたから。




