見栄っ張り列車〜エリートじゃなくてもいいんだよ。〜
―ママ。僕ね、あの一番速い列車に乗りたい。
―いいよ。
チケットを苦労して手に入れた。手に入れるだけでもステイタスなチケット。
―ねえ、ママ。速すぎて景色が楽しめないよ。もっとゆっくりの列車がいい。
-駄目よ。今、降りてしまったらもう乗れないんだから。それに、乗りたいと言ったのはあなたでしょう?
車窓を向いたまま涙目になる息子の背中を見ながら私は首を振った。チケットを手に入れるだけでも大変だったのに、と。
-もうダメだ!
途中停車の隙に飛び降りてしまった息子を捕まえて列車に乗りなおした。
-やっぱりダメ!
また隙を見て飛び降りた。
そんなことを三回ほど繰り返したら、息子はホームからテコでも動かなくなってしまった。
過ぎ行く列車を何本見送っただろう。私たちよりもずっとずっと遅い列車に乗った人たちの顔がどんなに恨めしかっただろう。
-遅い列車でいいから乗っていきたい。
もうこの駅から動けまいとあきらめきっていたとき、息子が言った。
-もう無理しなくていいよ。
-慣れたら少し早いのにもまた乗ってみたい。
恐る恐る乗った列車には、いろんな親子がいた。
その中には息子を心配していた人たちもたくさんいた。
-少し早い列車に乗り換えるね。
仲良くなったみんなに手を振る息子と私を暖かく見送ってくれた。
-元気だった?
-会ってみたかったよ!
乗り換えた列車でも暖かい声が聞こえた。
ゆっくりの列車にいるみんなからの暖かいメッセージも心にしみた。
景色を楽しむ息子を見ると涙が出てきた。
チケットのことよりも息子の元気さのほうが大切だということがようやく見えてきた。
今更やっと見えてきた。
どうして気づいてやれなかったのか。
そして一番速い列車への憧れや見栄がやっと消えていたことに気づいた。
その気持ちが息子を苦しめていたことも。
そして自分のスピードを見つけつつある息子は、今とても輝いている。
あなたは、あなたのままでいていいんだよ。