豪語と期待と心配と。
入院を決めた時に翔兵は豪語した。
「心配をかけた分は結果でお返しする。」
「元の成績を取り戻してから学校に戻る。」
おいおい、ホントにできるわけ?まあ、ラプンツェル野郎から卒業しようと思っただけでも御の字なんだけど。何よりも気合いを入れすぎてガス欠になる方が心配だった。
入院生活が始まって二週間。今のところ、生活のリズムは昼型になってきているようだし、勉強の遅れを順調に巻き返している様子。顔を出すと、どんぐり広場で友達とゲームをしているときもあるが、朝も夕方も勉強をしていることが多い。休日に璃子を連れていくと喜んで遊んでいるが、平日はとにかく頑張っている様子がうかがえる。
例のカーテン事件の女の子のことも特に何も言わず。ここ数日は院内学級の先生の話題が多い。年齢は定年間近といった感じがする男の先生で、休み時間に将棋を教えてくれるらしい。勉強については国語を専門としている先生なので数学だけは教えてくれるというよりは翔兵と二人で頭を突き合わせて一緒に考えているんだとか。
理科や社会については特に言わないが、数学はすでに自信が付いて強気モード。国語は漢字を英語は単語を、「一日○個おぼえる!」と決めて実行中である。本当に実行してしまうかも。いやいや期待しすぎてはいけない。健康第一。イキイキとした表情に期待をしてしまう自分を牽制しながら翔兵の話を聞く毎日。
思えば、私は翔兵にたくさんの期待をかけすぎていたのかもしれない。言葉にはしなかったが、それは無言だからこそ伝わり、彼を苦しめていたのだろうと、今は思う。
「父親(夫)を超えて欲しい。」「自分で始めたのだから、中学受験をなんとしても成功させたい。」「夫が不在の分、しつけがなっていないなどと言われる人間にならないで。」「頼りになるお兄ちゃんになって欲しい。」「妹の璃子の人生を巻き込まないで。」
それは誠に勝手な言い分で、私には兄がいるのだが、そんな兄と私との関係が起因している。いつまでも実家の両親に依存しているくせに兄として威張るだけで、頼りにならず、いつまでも尊敬できないのだ。昔から「七帆のところは、お兄ちゃんって言うより弟みたいね。」と言われていたくらいだ。そして、ほんの数年前まで兄の家庭の事情に巻き込まれる生活だった。実家の母が入院したときも手伝いは一切せず、それどころか、実家に子供を預けられない時は、実家の手伝いでてんやわんやな状態の私に、子供を預けようとしたのだ。そしてそれに対して申し立てをしたら逆ギレをした。これは氷山の一角の出来事で、このようなことが積み重なっているのだ。それ以来、私は兄夫婦とまともに会話をしなくなった。
そんなわだかまりのある兄妹関係になってほしくない。気を遣っている璃子に感謝して欲しい。兄と翔兵を重ねて心配しすぎていたのだが、それが彼を苦しめていたようだ。
しかし、言わなくても璃子の気遣いにはいつも感謝していたし、時にはケンカもするが、璃子は翔兵に一目置いているところがある。父親である夫を超えられるかどうかという点でも、望みはある。まあ、本当は超える超えないというモノサシは、そもそもあってはいけないのではないかと思うが。
私の清算されていない思いが産み出した心配事は、私だけでなく、我が子まで苦しめたのだ。




