「おはよう洗濯物。」
翌朝、どんな表情をしているのか心配しながら病室に顔を出すと、そこに翔兵はいなかった。院内学級に通っている子供達は、食事は「どんぐり広場」という図書スペースでみんなで集まって食べることになっているので、そこでまだ朝食を食べているのだろう。
持参した洗濯物などの入ったトートバッグをベッドの隅に起き、戻って来るのを待つ間にクローゼットにある洗濯物をビニール袋にまとめてある分と、補充する分を入れ換える。ベッドの布団を少しだけ整えてみる。
サイドテーブルには前日の水筒とたくさんのテキストと、そして所々に消しゴムのカスが散らかっている。散らかしのプロなのでいつものことだが、見慣れている光景とはいえ、なぜ消しゴムのカスを放置しておけるのかといつも疑問になる。
前日の水筒の麦茶を廊下の洗面所で流してからトートバッグにしまい、本日の分の水筒をサイドテーブルに置く。一通りの作業を終え、ベッド脇の丸椅子に座ってスマホを取り出す。
「まだかな…。」
ゲームをやったりFacebookをチェックしてから時計を見るともう病室に着いてから15分ほど経っている。今日はこれと言って用事があるわけではないが、パジャマ兼部屋着のジャージを持って帰れるなら、そうしたい。急に来られなくなった時のために洗濯物に余裕を持たせておきたいのだ。
「ちょっとのぞいてみよっと。」
どんぐり広場をそっとのぞいてみると、たくさんの子供達の中に翔兵の後ろ姿を見つけた。食事は終わっているようだ。そっと近づいていくと、本を読んでいるところだった。
「おはよう。」
「あ。おはよう。」
振り返った翔兵はケロリとしていた。昨夜の電話でスッキリしたのなら良いけど。少しホッとする。
「着替えなさい、洗濯物。」
洗濯物呼ばわりされた翔兵は苦笑しながら本を閉じて立ち上がる。
「わーったよ。着替えりゃいいんだろ。」
言葉の割には素直に応じてくれるようになった翔兵は、すたすたと病室に向かう。
「ちょっと。外にいてよ。」
「あ。ごめん。」
うっかり、病室のカーテンの中に一緒に入って待っていたら恥ずかしそうに言われ、あわててカーテンの外に出る。少し前まで家のなかではパンツ一枚で平気で歩き回っていたのにね。
「いいよー。」
ガサゴソと物音の聞こえる中、翔兵が言う。
「はぁい。」
返事をしてカーテンの中に入ると、制服姿の翔兵の隣には脱ぎ捨てたジャージがあった。いつも通りの表情だわ。
「ずっと学校に行っていなかった分、漢字をかなり覚えないといけないみたいなんだ。」
脱ぎ捨てたジャージをトートバッグに入れていると翔兵が言った。
「そっか~。ブランクがあるから仕方ないね。まあ、一教科だけでも終わってるのが心強いよね。」
「うん!」
そう。この二週間で本当に数学を二年生の現在の単元まで巻き返したらしい。問題をやっつけるように解いただけで、本当に理解しているのか甚だ不安だが、ここは彼と院内学級の先生を信じよう。




