第8話
俺は相変わらず地獄のような日々をおくっている
2日目からは全身がひどい筋肉痛でまともに動くことすら出来なかった
1週間もたったころからだろうか
目まい頭痛、これが恒常的におきるようになった
当然動きは悪くなる。というか動かない。
体を動かす、この動作ひとつだけがどれほど難しいことかっていうのをつくづく思いしった
「死ぬまで走り続けるんだ!」
ラジオのようにわめく兵士...
いやこの状態はまだいい
「お前は異世界者の中でもとびっきりの産廃だな。少し指導が必要だな」
ニヤニヤしながら兵士は俺をその場で蹴る、殴る
こういうのは日常茶飯事と化しつつあった
ただでさえ扱いの悪い異世界者に俺のような落伍者は格好の標的なんだろう
こういうのはどこの世界も変わらないんだな...
いつまでたってもなれない
俺はどこにいってもこんな扱いだ
「ごめんなさい...頑張りますから...頑張りますから...スイマセンスイマセン...」
・・ここは地獄だ
俺が何をしたっていうんだ!
理不尽を体現したような環境
なにが異世界召還だ!
ただの拉致、拷問じゃないか!
俺は毎晩、毎晩悔し泣きする
あまりに理不尽な状況...
と自分自身のふがいなさに
「耐え忍ぶニャ...耐え忍ぶニャ...ケンドー...こんなこと許されないニャ...絶対何とかするニャ...」
...ドラには感謝してる
正直、こいつの励ましがなければ今頃俺はおかしくなっていただろう
なんで猫がしゃべってるのかは置いといて
なんかこいつの言葉は下手な人間より心に深く残る
というかこいつはもう喋るもんだと思うことにした
正直喋ってくれなきゃやってられない
ツライのはもう一つある
他の異世界者が俺をみる目
まるで
「情けない...」
「お前のせいで俺らまでとばっちりうけるぞ!」
といわんばかりの目だ
まあこんなもんだ
俺があいつらの立場なら兵士に睨まれたくないから落伍者に手なんかさしのべるわけもない
見てみぬふり
非常に正しい選択だ
むしろこんな俺にことあるごとに構ってくるドラが変わってる
ああ、1回アイツは俺を庇って兵士に殴られたりしてたなあ
バカなヤツだ...ホントにバカだ
「ほら...これで顔を拭いなさい」
!?
殴られたあとその場でうずくまっていると優しい言葉とともに濡れたタオルをさしだしてくれた美少女...
ではなく50~60代くらいのオッサンだった
「いやあ...何もできず今まで...ホントにすまなかったね!君が受けてた仕打ちを見てるだけなのは...でもおかげでドラくんのしようとしていた事が実を結びそうだ」
?
ちょっと何を言ってるのか理解できない
つまりあれか?
見て見ぬふりを2週間以上、つづけた末についに「良心の呵責」とやらに目覚めたってやつか?
お前みたいな偽善者が1ッッッ番許せない....
なんてな
「イヤイヤそれは言わないでくださいよ。実際問題、俺が逆の立場で...ドラの計画を知らなかったら絶対見てみぬふりしてますよ。こんな落伍者かまうなんてメリットゼロですよ」
「...実際恥ずかしい話だね。始めの頃は...ホントに見てみぬふりをしていたよ。自分のことでいっぱいいっぱいだった。おまけにこの馬鹿みたいな運動で疲れて...いやこれは言い訳になるか」
「そんなこと...」
「ドラくんの話を聞いてだね。目が覚めたよ。悲観してもどうしようもないと。僕らは確固たる信頼を築いてここから逃げ出さなければならない。そうして僕らの『拠点』を作った後、元の世界に還る方法を探す。たしかに子供じみた夢のような話だし一見無謀かもしれない。」
「...でもこの状況よりはるかにいい」
「そうだね。その通りだね。ドラくんの話...話術とでもいうのかな?非常に論理的でイケるんじゃないかと思ってしまったよ。にしても君が暴行を受けてるのも一つの計画のうちだったとはね」
「あれはまあ...成り行き上とはいえ、こうなったからにはこの状況も利用しよう、とドラと話し合った上ですから。実際アイツはすごい猫ですよ...ホントに。元の世界じゃなんてことないフツーの猫ですけど」
「僕が君への暴行をみて止めようとしたら、手を出すニャ、だもんね。最初は意図がわからなかったよ」
そう
俺が暴行を受けた日の夜、ドラは
「ケンドー、ナイスだニャ」
と言い放った
どこがナイスだよ、とムッとしたがドラの意図を聞き
「へえ...そういうことなら面白い...かも。よし、乗った。こういう役は元の世界でもなれっこなんだ。俺の本気をみせてやるよ。ああ大丈夫。職業のおかげなのかはわからんが怪我はしてないんだ。死ぬほど痛いけどな!」
ドラはホントに大丈夫かニャ? 大丈夫かニャ?
とうるさかったが
俺は嬉しかったんだ
俺は元の世界でもいわゆる「落伍者」
で、そんな落伍者の扱いを異世界でもうけて...
始めはトラウマをえぐられるように心も痛かった
でもドラの計画を聞いたとき
こんな俺みたいなマイナス要因でも役に立てる
マイナスさえも利用できる
そう考えたらすごく勇気が沸いてきたんだ
兵士にはどういう態度をしたらもっとムカつかれるか、殴られるかを俺なりに実践した
こういうのは天性のものがあるようで結果は成功だ
コミュ障の本気をあなどってもらったら困るってやつだ
「...でもだね。2週間もこんなこと続ける必要あったのかね?たしかに君が別室に連れられ殴られている間に僕らは休める。日に何回も休める。それも30分とかそういうレベルで。このメリットをドラくん風に言うと僕らを繋げる『エサ』だとしてもなにも2週間も続けなくても...」
「ドラが言うには信用できる人できない人の選別、と脱出のための下準備、らしいです」
ドラはケンドーがツラかったらすぐにでも違う方法をとるニャ、と言っていたが
俺は俺で少し面白くなっていた
この壊れたラジオみたいな兵士をいかにムカつかせるか
時にはどなられている最中にヤレヤレだぜ...といった顔をしてみせたり
時には走ってなきゃいけない場面であえて歩いて見せたりいわゆる「舐めプ」をしてみせたりした
そう出来るだけの余裕が俺の職業にはあるらしい
未だステータスには表示されないけどHPとかいうのだろうか
基礎体力部分とかも強化されてれば言うことないんだが...
どうやら「体力」は元の世界と変わらない
つまりフツーに疲労もするし体を動かすのはツラいままだ
ただ単に打たれづよくなっただけ、とでも言うべきか
ともあれ俺だけじゃない。
異世界者は基本的に強い
例えば同じ異世界者の...幼女がいるんだが...エンドレスで走って汗ひとつかいていないしドラはいつもヘラヘラしてる
初日...
あの女将軍が異様なだけでクールイケメンさんだってあの場に女将軍さえいなければ本当に「制圧」できたはずだ
事実一人の兵士を速攻で無力化したし
「それで...信用できる人は全部で何人なんだね?と、いっても僕らはほら、減って減って...全部で6人しかいないけど」
「基本的に異世界者云々よりこっちの世界の信用できる人の見きわめが重要、とドラは言ってましたね。どちらにしてももうすぐ来るんじゃないですか?しかし...相変わらずフザけてんのか、っていうくらい警備ザルですよね。あの兵士以外誰もいないとか...俺ら異世界者舐められすぎですよね」
最近じゃ俺が殴られた後、ピクピク...と痙攣したフリをするとラジオ兵士はきまって病棟へ行く「素振り」をする
いや、実際いくんだけど...
特別クスリを持ってくるとか人を呼んでくるとかは、なし
あらかた病棟の狙ってるあのシスターと話してるんだろう
...その狙ってるシスターってのもドラは懐柔済みなんだがな
おかげで最近は1時間帰ってこないのもザラだ
しかしよくよく考えてみれば
スーパーな猫だな。なんなんだアイツは
優しくて、頭が良くて、コミュ力最強
猫じゃなかったらラノベの主人公だよ
「そーいやなんでドラって話せるんですかね?俺ら特有デフォの異言語理解ってヤツですかね?」
「?ドラくんの<<叡智>>スキルは普通の人間以上の賢さをもたらしてくれる、だから...その喋ったり考えたり出来るって言ってたけど...まさかケンドーくんは同室なのに知らなかったの!?」
「い、いや!もちろん知ってましたよ!...そうだタナカさんのスキルとか職業とか教えてもらってもいいですか?」
驚きだ
<<叡智>>パネえじゃん。特有デフォとか恥ずかしいこと言っちゃったよ
というか
なんで<<弓使い>>なんだろうかな
<<賢者>>とかにすればチートキャラじゃん
どーせ俺と同じで鼻ホジテキトーに選んだんだろうが
ともあれアイツが<<叡智>>持ちのおかげで今の俺があるようなもんだ
「ああ僕のはだね...ほらこの称号タグだ。<<ウィッチ>>、<<聖魔法>>、<<家事>>だ。銅、銀、石だから...D、C、Eランク...だったかな?」
「はい?」
色々と突っ込みどころ満載だけどまず男でもウィッチなれるんだね...
ウィッチ=魔女の既存観念っをふっとばす新発想だよ
しかも
しかもだ
気のいい健康的なオッサンがウィッチって...ププ...
他にも魔法、スキルが全然魔女っぽくねえけど
なにより
鼻ホジテキトープレイにもほどがあるだろおおお!
....まああんな初めの...真っ暗な状況で...
ましてゲームもしらない人なら...
こういう逸材も生まれてしまうのもうなずける
うん、うなずけるはずだ
「おっと....どうやら来たみたいだね」
遠くから2人の人影と...猫が見えた
俺はタナカさんにいろいろ突っ込みたい欲求を我慢するのに必死だった