第12話
朝。
「みんな...聞いてくれーー」
サトウという30代の異世界者が呼び掛ける
元は公務員...自衛隊だったらしい
結婚もしている
元の世界に帰りたい気持ちは人一倍強いはずだ
「ここの兵士はまあ...雑魚として...あの女将軍。アレを突破する」
朝からいつもとはなにやら違う雰囲気だ
「自分の魔法は<<気絶魔法>>。これは自分に使うことは出来ないみたいなんだが...他人に付与は出来る。付与されたらどんな些細な攻撃でもいい。かすりさえすれば...相手は気絶するはずだ」
ーーただし素手で
サトウのDランク魔法<<気絶魔法>>
色々制限はあるが強力みたいだ
「ーーいけるかもしれない」
「待つんだニャ。女将軍にはスキルが効かない恐れがあるんだニャ。魔法ももしかしたらニャ...ここは事態が進展するまで様子見をーー」
「いつまで様子見するつもりなんだ!」
サトウが急に声を荒げる
「自分の体力は元の世界より相当高くなっている。ケイローン先生に聞いたら<<拳闘家>>による職業の影響だとか。多分みんなもそんな感じだろう? そして7人。7人の異世界者がいる。女将軍っていっても見れば華奢な女だ。この<<気絶魔法>>を軸に奇襲すれば...」
そろそろ1ヶ月ーー
我慢の限界
これが海外の田舎生活だとしてもそろそろ帰りたくなる期間だ
元の世界では人生負け組の俺でもこれだ
安定した職について奥さんもいる勝ち組のサトウはもっとだろう
要はサトウ案
ただのゴリ押し脱出だけど
「いけるかもしれないーー」
「ケンドーニャ。いけないニャ。不確定要素が多すぎるニャ。ドラの計画を待つんだニャ。」
『ドラ計画』。
これだ。
まあぶっちゃけただの隙をみて脱出計画だが、具体的に「いつ」くらいが目処なのか、そろそろハッキリして欲しい
サトウじゃないが7人
異世界者は先日のハカマダを加え、7人
一応は全員揃った
『実験場』、『戦場』に送還された者達を除いて全てだ
まずそこそこ良い職業っぽい<<剣聖>>を持つ俺
スキル<<叡智>>によって喋るうえに、頭も回る猫。ドラ
オジサンなのに職業<<ウィッチ>>を持つ奇跡の人、タナカ
幼女なのに職業<<狂王>>を持つちょっと頭が残念な子、マリュー
そういえばマリューってのも本名じゃないよな?
どうせマリ、とかそんな本名だろうが
自己顕示欲が強くて常に大きい胸を揺らしながらランニングしている20代くらいの女、クソビッチ
・・クソビッチさんの本名が分からないけど
で、そのクソビッチさんを、来て翌日からまとわりついてる勇者ハカマダ
そして...
元の世界でも今の世界でも戦闘面では頼りになりそうなサトウ
今すぐ脱出したい、って考えも俺よりだな
まあ一家の大黒柱のコイツはもっとだろうか
・・7人
7人だ。
元々強めの設定の異世界者だ
これだけいればゴリ押しで脱出、いけるんじゃないか?
なんせいつまでもここに居るわけにはいかない
モタモタしてると戦場への招集とやらが始まってしまう
「なあードラ。そろそろ脱出の決行日とかおおまかに教えてくれない?」
「ニャ? 次の進展がないと段階を踏めないニャ。とりあえず今日も根気良く資金集めと情報収集ニャ。焦っては仕損じるニャ。」
「進展ってなんだよ...こんな人もいないクソ田舎、進展しようがねぇよ...ったく」
聞けばドラの言う「進展」とやらは、つまり環境の変化を指すらしい
環境の変化ってなんだよ...
正直、金も貯まりつつあるし
ドラ曰く出来る根回しは全て完了
この世界の情報とやらもまあドラがいれば大丈夫だろ
もう、ゴリ押しサトウ案でもなんでも脱出する段階だと思うのだが
進展か……
この環境下で...
無理だろ
「多分サトウは一人でも決行しそうな勢いだぞ」
「ムム...マズイ傾向だニャ。進展さえあればニャ...」
先行きは暗いな
いつものように暗い足取りの中、ランニングのため兵舎からグラウンドに向かうと、そこには銀髪の背の高い一人の女性が立っていた
「今日から調練の教官を変わることとなった。初日以来だが7将軍がひとり、ルーンだ」
「ものすごく進展したぞ!」
「ものすごく進展したニャ!」
「そこ! うるさい!」
「す...すいません」
なんで?
なんであの砦の奥から一歩も出てこなかった女将軍が今になって?
教官を変わるってことは...あのクソ兵士は?
急な進展に俺は混乱する
「あー、この馬鹿がな。昨日な。私の貴重な自由時間中にだ。いい話があると珍しく来たんだ」
女将軍は指をパチッと鳴らすと
どこからかメイド達に連行されあのクソ兵士が連れてこられる
・・なんかアザだらけにみえるが
ボコボコだ。ボコボコ
「話を聞けば、お前ら。脱出の疑、あり、と。脱出をした、という報告でもなく、ただ疑わしいだけとの...チクリだ。非常に下らない。非常に。貴重な自由時間を台無しにされたのだ...わかるか?」
分かりたくもない
大体だ
幼女から「女将軍とは四六時中カードゲームをしてる」っていう言質もこっちは得ているんだ
貴重でもなんでもないだろう
「既に知っての通りココの警備はザルだ。手抜きだ。そりゃ脱出の算段くらい立って当たり前だろう。というか脱出してみろ。意外に成功するかも知れんぞ?」
・・え?
まさかの....この女将軍
異世界者の味方?
な、わけ
絶対ないな
そもそも同じ異世界者のハカマダに結構な傷を負わせたのも俺は忘れていない
「ふ、ふざけるな!」
その時勇者ハカマダが振り絞るようにして声をあげる
目は...
怒りと...畏怖が入り雑じったような怖い目だ
コイツと女将軍は...
初日の因縁がある
「こ、ここには、異世界者が7人! <<勇者>>だって<<英雄>>だっている! その気になればお前を今すぐ殺すことも出来るんだぞぉ!」
いや...
ハカマダ君は、その後の女将軍を見てないから
クールイケメンのチート級スキルの<<消去>>
存分自体を消去する、というバケモノスキルだ
そしてこのスキルが...
女将軍に反射されたというか、全く通用しなかった
全くだ
とにかくアイツのスキルを反射するっぽい能力の謎が分からない限り...
「お前は...誰だ? まあいい。仮に今この場で全員がかかって来ても...そうだな...1分。1分で私は返り討ちに出来る。純粋な体術のみ、でだ。それくらい私とお前らでは実力の開きはある。まあ、つまらん...これはゲームにもならんな」
「くっ...」
「あえて警備を手薄に。根回ししてまで、お前らに有利な環境を作ったのだ。」
「な、なんだって!?」
「異世界者どもは圧倒的有利な環境下で歓喜し、足りない頭で知略を尽くし...脱出に失敗する。私によってだ。これは本来そういうゲームなはずだろう? 既に3人程、先輩がいるが...鉱山送りだ」
・・・
遊んでるのか、俺らで
ゲームって言ったな
警備がザル過ぎるのに度々疑念は抱いていたが....
まさかの「脱出待ち」だとはな
ふざけた話だ
怒りが頂点に達しそうだ
しかし・・
再度見て、改めて思う
目の前には背は高く、立派な装備が目をひくが...
ストレートの銀髪が印象的な華奢な色白の美人
(この女、ホントに強いのか?)
そういう疑問がふと頭をよぎる
多分、俺以外の異世界者達もだ
スキル反射は、まあスルーするとしてだ
純粋な体術、ってヤツだ
今のアイツは初日と違って丸腰
そしてこちらには大の男が、俺、ハカマダ、タナカ、サトウの4人
これだけの人数相手にするにはナントカ神拳の伝承者でもない限り無理だろう
「あー。今日の調練は...趣向を凝らして本格的な調練とするか。いつものヤワなものではなく・・ププ...そうと決まればーー」
「おらああああ!」
その時、黙っていたサトウが勢い良く女将軍に飛びかかった!
職業<<拳闘士>>の異世界者
虚をつくタイミング、スピード。
自衛隊で鍛えたであろう立派な肉体
どれも申し分ない
これは...
やったか!?
ガシッ!
次の瞬間、サトウの太い腕が女将軍の細い腕に完全に抑えられていた
「お前は...誰だ? まあそのスピードは戦闘職だろうが。さっきの話を聞いてなかったのか?」
グギッ!
鈍い音が鳴る
サトウはその場で...うずくまっている
・・・
一方的な事態に俺達は絶望...
しなかった
「自分が正面から仕掛ける。相手の体術は未知数だが多分ここで終わると思う。だが万が一失敗した場合。気絶魔法を君に付与してある」
俺はウィッチタナカさんと目を合わせた
ーーいける!
俺とウィッチタナカさんの「気絶付与」の挟撃
「なにっ! まだ来るか!」
女将軍が若干焦ったようにみえる
「二人同時に仕掛けて欲しい。出来れば自分が失敗したらすぐにだ。敵意を持って触れさえすればこちらの勝ちだ。まさに」
「二段構え...だな」
ーー勝った!
タナカさんはともかく...
俺は間違いなくルーンの腕に触れた!
というか
その細い腕でもってはるか遠くへ投げ飛ばされた
その際に、ってヤツだ
「・・拙いながら連携は出来ているみたいだな・・」
ルーンは吐き捨てるように言う
・・?
クソッ!
魔法も効かないのかよ
今度こそーー終わっ・・
てない!
「そこで自分の気絶魔法が通用しなかった場合ーーハカマダ君。君は職業的に相当強いらしいね? 後ろに回り込んで不意打ち...初日の雪辱をはらして欲しい」
ハカマダ君!
今だ! 3本目の矢!
俺は遠くから心の中で叫ぶ
・・
・・・
「うっ・・」
「うう・・怖いよお....」
ハカマダは初日を思い出したのか...
その場でプルプル震えてうずくまっている
恐怖で身動きがとれないようだ
・・君、勇者だよね?
散々俺らに勇者のスゴさを力説していたよね?
「ん...終わりか? 腕をへし折ってやったこの男がなにやら面白そうなことを企んでいたみたいだからスルーしてたが。思ったよりショボかったな。結局はゴリ押しじゃないか。ゴリ押し。どうして異世界者はこうも頭を使わないんだ?」
「く、くそおっっ!」
サトウのゴリ押し、通用せず!
全く
ってかルーンは遊んでるレベルだな、これ
・・認識を改める必要があるな
警備がザル?
とんでもない
女将軍一人で充分過ぎる警備ってことだろう
「それでは調練を始める」
女将軍ルーンは不気味な笑顔を浮かべながらそう言った