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警非違使(けびいし)に捕らわれる

「だから、彼は私の組座(くみざ)の創生者なんですって! お願いですから、会わせてください!」

「駄目だ。第一、あの者は気を失っている。話をしようとしても無駄だぞ」

「心配ないです、大丈夫ですよ! 一発こう、がつんといけば目を覚ますはずですから! ねっ?」


 闇の彼方から、誰かの声が聞こえてくる。

 徐々に大きく、強くなっていく光と音と痛みに、俺は(ぬる)い泥から引き上げられるように目を覚ました。


 口に溜まっていた水を咳払いから吐き出し、閉じていた両の目蓋(まぶた)をこじ開ける。

 そこで俺は、全身がずぶ濡れとなって、池の淵に敷かれた芝生の上へとうつ伏せに寝かされている、自分の姿を発見した。

 

 横向きになった景色には、遠巻きにこちらを眺める通行人らしき人々の姿が映る。

 

 どうやら、あの男に池へと突き落とされた後、そのまま気を失ってしまっていたらしい。

 

 重たい頭から記憶を引き出しながら、俺はその場に立ち上がろうとする。

 しかし、支えにしようとした腕は、後ろ手に縛られているらしく動かない。

 自由にならない苦痛から俺が(もだ)えていると、頭上から驚きの響きを帯びた声が降ってきた。


「おい、こいつ起きたみたいだぞ! 手錠を(ほど)こうとしている!」

「気をつけろ、創生者らしい! どんな異能を使うか、分からんぞ!」


 直後、起き上がろうとしていた俺の両肩へと、上から何かが()しかかる。

 俺は思わず(うめ)き声を漏らし、首を回して顔を上げる。

 倒れた俺の両脇には、こちらの肩を左右から押さえつける、同じ恰好をした二人の男がいた。


 彼らは共に制服らしき、機動性を重視したデザインの、濃紺の上下を身に着けている。

 短く刈り込んだ頭には白地に模様の入った鉢巻(はちまき)を付け、少し陰となっている合わせて四つの目は、拘束した相手を油断無く見据えていた。

 

 目覚まし代わりの暴力に、俺は反射的に抗議と怒りの声を上げる。

 静かな喧噪(けんそう)を破るその怒声に、見物人の垣根の最前列で別の鉢巻き男と押し問答をしていたトヨが、こちらを大仰(おおぎょう)な身振りで指差した。


「あっ、ほらほら起きたわよ! 早く私が落ち着かせないと、竜とか大蟇(おおがま)に化けて暴れるかもしれませんよ!? その時の責任は、警非違使(けびいし)の方で取ってくれるんですか、どうなんですか!?」

「まったく……分かった、入って良いぞ。お前達、そいつを起こしてやれ」


 相手の恫喝(どうかつ)染みた主張に根負けした男は、彼女の前から体を退()かす。

 障害物を突破して駆け寄ってくるトヨに、両脇の男達に引き起こされた俺は戸惑気味に見上げた。

 

「トヨ……お前、どうしてここに……?」

「それはこっちの科白(せりふ)よ! 気付いたらいなくなってるし、街にまで探しにきてみたら、こんな事になってるし……。いったい、何があったのよ!?」


 焦りを滲ませた彼女の問いに、答えに(きゅう)した俺は視線を()らす。

 気まり悪さから言葉を濁す俺に代わって、後を追ってきた赤い鉢巻きの男が後を継いだ。


「そいつは、ここの往来(おうらい)で喧嘩をした上、柵を突き破って池へと転落した。おいお前、そうなんだろう?」

「喧嘩って……それであなた、こんなにぼろぼろになっちゃってんの?」


 事情を知ったトヨの驚きは、もっともだった。

 行方を追って探しにきた相手が、傷だらけのみすぼらしい濡れネズミとなって、警察らしき男達に捕まっているのだから。

 

 恥ずかしさと情けなさから口を(つぐ)む俺を、トヨは茫然として口を半開きにして見つめる。

 ふと、何かを思い出した風に我へと返った彼女は、背後に立っていた赤い鉢巻きの男を(かえり)みた。


「あの、この人と喧嘩をした相手は? もしかして、他の組座のまれびととかじゃ……」

「さあな。周りが騒ぎへと気付いた時には、既に立ち去っていたらしい。若い男と女の二人組だったらしいが、目撃者もさほどは多くないから詳しくは分からん。何か、心当たりはあるのか?」

「いえ、ないですけど……でも、彼を池に落とした後で逃げたってことは、その人達には後ろ暗いところがあったって訳ですよね!? じゃないと、さっさと姿を消すなんてしないし! そうでしょ、陸海? あなたはそいつらに因縁をつけられて、こうなっちゃったって、そういうことなのよね!?」


 再び視線を前へと戻し、トヨは俺へと推論の是非を問う。

 固い半笑いを向ける彼女に、俺は息を詰める。


 あの二人が既に姿を暗ましていた理由は、良くは分からない。

 だが、少なくとも今回の騒動の切っ掛けは、間違いなく逆上から暴れた俺にあった。

 形としては、あのコートの男は襲い掛かってきた相手へと、身を守るために反撃をした恰好になる。

 そうした正当防衛的な状況からして、控えめに言っても、この件についての非や責任は、ほとんどがこちらにあるはずだった。


 言い訳のしようの無い事実に、俺は答えを躊躇(ためら)う。

 やがて、こちらの煮え切らない態度に痺れを切らしたのか、不意に隣へと移動したトヨは、俺の頭へと手を置いて無理矢理に前へと押し倒した。

 

「だから、そういう訳ですから、どうかこの場は見逃してくださいっ! 彼もこの世界に来たばかりで、こっちに馴染みきれてないんです! だから、本人にはそのつもりがなくても、他の人の気に(さわ)ることをしちゃっただけなんです!」

「事情は、わからんでもない。だが、現に(おおやけ)の物である設備を、そいつが壊しているのであって―――― 」

「弁償はします! あ、今はちょっと、(ふところ)事情的に無理なんですけど……近い内に、必ず払いますから! だから、お願いですからこの場は不問に処して! 後生(ごしょう)ですからっ!」


 彼女はしどろもどろと弁明をしながら、自らも深く(こうべ)を垂れて謝罪する。

 並んで平身低頭となる俺達を前に、赤い鉢巻きの男は倦怠(けんたい)に満ちた溜息を零していた。


 (うつむ)きとされた俺の目には、自分の胸元が否応なしに映る。

 濡れそぼったシャツは、鳩尾(みぞおち)の辺りが円形に黒く焼け焦げている。

 留めていたボタンも弾け飛んだそこからは、火傷に赤く()れた地肌が覗いていた。


 無断で街を出歩き、勝手にトラブルへと首を突っ込んだ挙句、逆恨みから喧嘩をして呆気なく返り討ちにあう。

 重ねて、警官のような男達の厄介となり、避けていたはずの相手に取り成してもらっている。


 そんな、腹立たしくも情けない状況に、俺は絶望的な無力感と口惜しさに歯を食い縛りながら、黙って地面を直視し続けることしかできなかった。

 

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