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異世界的な洗礼

 いつの間にか俺の背後へと立っていた彼は、固まる俺を下方向の三白眼(さんぱくがん)で鋭く(にら)む。

 ストレートの短髪の下にある顔は、肉付きも薄い神経質そうな面立ち。

 だが、その骨ばった指の長い右手は、細身の体からは想像もできない握力で、俺の肩をしっかりと捕えていた。

 青地に幾何学模様の白線が入った外套(がいとう)の下は、丈の長いパンツにシャツという服装。

 明らかに周囲と雰囲気を異にする、こちらの世界の住人とは違うその出で立ちは、彼もまた別の次元の者である事実をそこはかとなく匂わせていた。


「何をしている、サクラ? 面倒事か?」


 鉄のような視線を俺から外し、コートの男は低い声に喉を震わせる。

 尋問めいた彼の質問に、白衣の少女は小さく溜息を(こぼ)して(かぶり)を振った。


「いえ、そうじゃないわ。さっき、トラブルに巻き込まれかけてたところを、彼に助けてもらったの。だから、そのお礼に少し、おしゃべりをしていただけ」

「用事が済んだのなら、さっさと戻るぞ。彼も呼んでいる。無駄な時間を使っている暇は、もうない」

「そう、分かったわ。じゃあ、さようならヒーローさん。また今度、あなたがまだ潰れてなんかいなかったら、どこかで会いましょう」


 最後にそう俺へと告げ、彼女は綺麗な微笑みを残して通りの方へと去っていく。

 軽やかに左右へと揺れながら離れていく長髪に、押さえ込んでいた俺を脇へと押しやり、コートの男も無言のまま続いた。

 

 乱暴に突き飛ばされた俺は、背中から柵へと激突する。

 池へと乗り出しかけた体を危うく戻し、すぐに俺は遠ざかる二人の背中へと追いすがった。


「おい、待てよ!! まだ、話は終わってないぞ!」


 現実の見えない甘えん坊みたいな扱いをされたまま、大人しく引き下がる訳にはいかない。

 不名誉な汚名を返上すべく、俺は大急ぎで白衣の少女へと向かう。

 

 彼女の手前を歩いていたコートの男の横を、肩を(かす)めるようにして駆け抜ける。

 瞬間、俺の目に映っていた景色が、物凄い速さで下へと流れた。

 同時に、先程よりも強い衝撃が、背中と後頭部を広く強打する。

 気が付くと、俺は地面の上へと仰向けに倒れていた。


 状況が理解できず()き込む俺を、顔の真横に立っていたコートの男は冷たく見下ろす。


「悪いが、俺達は忙しい。彼女に用があるなら、また今度にしてくれ」

「止めて、アキト! 彼はまだ、こっち側に来て日が浅いの。だから、焦って気が短くなっているだけ。乱暴は、しないであげて」


 脅迫めいた口調で釘を刺す彼を、白衣の少女は芯の強い声で制する。

 陰に覆われた男の眉間へと、深い(しわ)が刻まれる。

 口元を嘲笑の形へと(ゆが)め、彼は狭い鼻の穴から短く息を吹き出した。


「なるほど。確かに、迷子になった仔犬のような顔をしている。精々(せいぜい)(あるじ)となった神に気にいられるよう尻尾を振って、与えられた力に溺れないことだ。そうしておけば、生きてだけはいけるはずだからな」


 そう手短なセリフで面倒臭そうに言い放ち、男の顔は視界からフェードアウトする。

 俺は昏倒(こんとう)したまま、相手の淡泊な言葉を耳の奥で繰り返す。

 やがて、頭の中には痛みも忘れる程の、激しい熱が(たぎ)り始めた。


 全身を猛烈な勢いで血潮(ちしお)が駆け巡るのを感じながら、俺は勢いを付けて体を起こす。

 服に付いた土埃を払い落し、やや離れた位置へと遠ざかっていた彼らを呼び止めた。


「だからさ、先輩らしいアドバイスをもらえるのも、経験者っぽく注意をしてくれるのも、本当に心からありがたいんだけどさぁ――――」

 足を止め、怪訝(けげん)そうに振り返る二人へと、俺は肩を揺らして笑いかけ、

「こんな力も欲しくなければ、こんな世界にも来たくはなかったって、さっきからずっと言ってるじゃねぇかあっ!!」

 激情に満ちた怒号を(とどろ)かせ、前のめりとなって突進した。


 現在の状況を受け入れて、自分がやれることを懸命にやる。

 それが、この異世界で生きていくための最善にして唯一の方法であることは、俺も薄々ではあるが気付いてはいた。

 だとしても、そんな諦めや妥協(だきょう)を、俺はどうしても認められなかった。

 だからこそ、それらをさも当然のように口にする彼らに、ほとんど逆恨みだと自覚しながらも、俺は敵意を(あら)わにせずにはいられなかった。


 猛烈な勢いと速さで駆けた俺は、立ちはだかるコートの男へと掴みかかる。

 差し伸べた手は、虚しく宙を切る。

 直後、右の頬を張り飛ばした一撃に、俺は一瞬、自分の居場所を見失った。


 よろめきながら下がる俺の前で、コートの男は振り抜いた左腕を引き戻す。

 涼しい表情で、退屈そうにこちらを眺める彼へと、俺は悪態を(つぶや)き、再び躍りかかる。

 伸ばされた腕を危なげなく(かわ)した男は、変わらず気怠(けだる)げな様子で、対面の相手を軽いフットワークから打ちのめしていった。


 創生者という、謎の超人的な存在となっていた俺の肉体は、冗談みたいに頑丈になっていた。

 なので、俺はダウンも気絶も許されず、コートの男の苛烈(かれつ)な連撃を受け続ける破目(はめ)になった。


 華麗で的確な殴打の嵐に、俺は為す(すべ)なくサンドバッグとなって打ちのめされる。

 急所を立て続けに乱打された俺は、やがて足腰から力が抜けて体勢を崩す。

 既に満身創痍(まんしんそうい)となった敵へと、コートの男は(とど)めとばかりに、鳩尾(みぞおち)へ鋭利なフックを見舞った。


 腹部へと突き刺さる鉄拳に、俺の内臓は悲鳴を上げて痙攣(けいれん)する。

 喉奥から逆流する胃液に吐き気を(もよお)しながら、俺はその手首を素早く掴み取った。


 思わぬ抵抗から右手を拘束された男は、初めて動揺から表情を変える。

 不意を突かれて固まる彼に、俺は引きつった顔で笑いかけ、もう一方の腕を振りかざす。

 遂に、念願の一矢(いっし)(むく)いかけたその時、突然に赤い閃光が目の前を埋める。

 その正体を見極める暇もなく、俺は胸元で起こった小さな爆発に、呆気なく後ろへと吹き飛ばされた。


 体をくの字に曲げながら宙を舞った俺は、先程もぶつかっていた柵を破壊し、池へと落下する。

 水面に沈んだ鼻や口には、冷水が止めどなく流れ込んでくる。

 (かす)んだ目へと映る、鯉達の鮮やかな色彩の洪水に包まれながら、俺は漆黒の闇の底へと静かに引きずり込まれていった。

 

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