初めての同郷者
手渡された長めの串には、短く切った葱らしき野菜と、小さなステーキっぽい肉塊が交互に突き刺さっていた。
軽く焦げ目の付いた肉は、牛肉のようにも、鶏肉のようにも見える。
正体不明の肉片をじっくりと観察する俺を、白衣の少女は薄い半目で覗き込む。
「どうしたの? せっかくの焼き立てなのに、冷めちゃうわよ? もしかして、波山の肉は初めて? それとも、猫舌なの?」
何気ない彼女の発言には、揶揄いの響きが込められていた。
こちらを眺める皮肉めいた微笑みを横目で睨み、俺は意を決して謎の焼肉へと齧りつく。
醤油風味の味付けがされたそれは、食感は鶏に近く、味の方は豚に似ていた。
普通に、美味しかった。
俺は空っぽの胃に急かされるまま、手にした串へとむしゃぶりつく。
食事へと没頭する俺に薄笑いを漏らし、白衣の少女は持っていた竹のコップへと口を付けた。
通りから離れた後、俺達は池へと突き出した、淵に沿って伸びるバルコニーへと移動した。
俺が腰丈の欄干から景色を眺めていると、いつの間にか姿を消していた白衣の少女が、近くの露店で買った食事を持ってきた。
先程、しつこく絡んでいた男達から助けてくれた、お礼であると彼女は言った。
別に俺は、感謝とか見返りを求めていた訳ではない。
だが、背に腹は代えられず、彼女ともまだ話をしたかった俺は、その謝礼を有り難く頂戴した。
思い掛けずありつけた食事にがっつく俺へと、何かしらの飲み物が入っているらしい、竹製の器から唇を離した少女は再び笑みを向ける。
「随分と、逞しいくらいに凄い食欲ね。よっぽど、こっちに来てからの暮らしが苦しいのか、花より団子な性格なのかしら?」
彼女からの素朴な問いに、俺はようやく本来の目的を思い出した。
頬に詰めていた分を俺は一気に嚥下し、横に並んで立っていた少女へと問い質す。
「お前、さっきアドレスがどうとか、言ってたよな? まだ良く知らないところもあるが、こっちの奴らはそんな言葉は使わない。ひょっとしてお前も、日本からこの世界に来たのか!?」
「あら、知ってた訳じゃなかったの? だから、助けてくれたんだと思ってたけど」
「ってことは、そっちもあの仮面野郎にやられたんだろ!? 何か知っているなら、教えてくれ! どうして、あいつは俺達を殺したんだ!? いったい、何の目的が、あってあんなマネを―――― 」
自然と荒い言葉遣いになっていた俺の口を、細く長い人差し指が不意に押さえる。
こちらの発言を封じた少女は、指を横へと滑らせ、右の口角についていたタレを拭う。
指の腹についた汚れを親指と擦り合わせながら、彼女は面食らう俺へと仄かに笑いかけた。
「そんなこと、私に聞いてもしょうがないでしょ。今度、彼に会ったら、自分で訊きなさい」
静かな物言いで窘める彼女に、俺は苛立たしさを覚えつつく口を閉ざす。
相手の言い分は至極当然で、反論の余地も無い正論だった。
トヨも白の翁の狙いについては、この世界でも誰も知らないと言っていた。
なのに、自分と同じ被害者である彼女を問い詰めても、何の意味もないのは明らかだった。
自らの短慮を後悔した俺は、代わりに相手の事について尋ねた。
話によると、彼女は俺とほとんど同じ時代の人のようだった。
こちらへとやって来たのは半年ほど前で、とある組座、こちらの世界でいうチームへと、今は所属しているらしい。
元の世界を去った経緯については、あえて訊くのは控えた。
自分が死んだ時の事など、俺も思い出したくはなかったし、それは彼女もまた同じはずだった。
同様の状況にある相手と出会えて会話までできたのは、俺にとっても心から嬉しい出来事だった。
だが、その感情は同時に、俺の抱いていたぶつけ所のないやるせなさと、不条理な仕打ちに対する怒りを引き立てた。
「あの仮面野郎が、何を考えているかは知らねぇ。だが、どんな理由があったとしても、どうして俺達がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ! 化け物のいる世界に行きたいとか、人間離れした力が欲しいとか、頼んだ覚えは一度もないんだぞ! なのに、勝手に殺して、勝手にこんな所に飛ばして、後は放置を決め込むとか、意味不明過ぎるだろ! あいつ、絶対に許せねぇよな!」
一度は収まっていた胸の炎を燃え上がらせ、俺は苛立ち混じりに右手の串を半分にへし折る。
興奮から声を震わせる俺に対し、白衣の少女は静かに沈黙を保っていた。
やがて、彼女は幾つもの光が浮遊する池を眺めながら、つまらなそうに小さな溜息を漏らした。
「じゃあ、もう一度死ねば? そうすれば、あなたの嫌いなこの世界とも、不幸な人生とも、永遠に別れられるわよ」
突き放すような冷淡な答えに、俺は虚を突かれて戸惑う。
自分を見知らぬ世界へと放り出した相手に、彼女も激しい怒りと恨みを抱いているはずだと、俺は疑いもせず信じていた。
なのに、まさか白の翁ではなく、俺の方が責められるとは、夢にも思ってみなかった。
予想外の返答に呆気に取られる俺へと、彼女は続けて素っ気のない言葉を投げつける。
「自分の不運を呪うのなら、勝手にどうぞ。でも、悪いけど下らない愚痴に付き合わされるのは遠慮するわ。そんな意味の無い話、話すのも聞くのも時間の無駄だし。あなたがあっちの世界で、どれだけ幸せだったかは知らないけど、泣こうが喚こうがもう戻れないの。お家に帰れず、駄々をこねてる子どもをあやすのは、私も得意じゃないし」
「お、前…………幾らなんでも、そいつは言い過ぎ―――― 」
こちらの考えを容赦なく切って捨てる少女に、思わず俺は折り曲げた串を足元へと投げ捨てる。
澄ました横顔をしている彼女へ詰め寄ろようとした俺は、突然、後ろから左の肩を掴まれる。
振り返ったそこには、俺より頭ひとつ背の高い、ロングコート姿の若い男が立っていた。