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「まれびと」について、そして晩餐

「この中つ島は古来から、『聖遺髪(せいいはつ)』や『幻双紙(げんそうし)』という不可思議な道具が存在していたの。これらに必要な神力を注ぐことによって召喚される、神とも(なか)(びと)とも違う異能を有した者達を指して、私達は『まれびと』と呼んでいるわ」


 あまりにも長く、あまりにも突飛な内容の語りを、彼女はそう()(くく)る。

 こちらの反応を固唾(かたず)()んで窺うトヨから、俺はゆっくりと視線を外す。

 胡坐(あぐら)をかいていた膝へと肘を突き、俺は鈍い痛みに(うず)く頭を、左手で押さえるようにして支えた。


 自らを神と名乗る少女の話は、予想以上に現実離れしたものだった。

 普通であれば、ただの妄想や虚言(きょげん)として片付けるのが妥当ではある。

 しかし、異常なのは彼女ではなく、いま自分が居る状況であり世界の方なのだと、俺は肌身を通して実感していた。


 少なくとも、俺の知る世界には岩の化け物や、動物のような特徴をもった多くの人達はいなかった。

 俺自身も目にしたこれらの証拠だけでも、間違いなく現実の側にあるこの世界が、俺の常識が全く通用しない異界であるのは明らかだった。


 喉元へと()り上がる酸味の効いた唾を、俺は力を込めて飲み下す。

 激しい動悸(どうき)に揺れる胸を抑え、俺は心なしか上擦(うわず)った声でトヨへ尋ねた。


「確か、お前、あの玄月って奴を転生者(てんせいしゃ)って呼んでたよな? まだ良く知らないが、あいつも俺と同じ所から来た、まれびとってのになるんだろ? 俺がそうだっていう創生者(そうせいしゃ)と、どこがどう違うんだ?」

「えっと、簡単に言えば呼び出された方法かしらね。さっきも教えた通り、まれびとを中つ島に呼び出す依代(よりしろ)は二種類あるの。その内、聖遺髪(せいいはつ)によって召喚された方は、玄月みたいな転生者。幻双紙(げんそうし)を通り道とした方は、創生者と呼ばれているわ。まあ、どっちも姿はあまり変わらないし、神にも匹敵する異能を持っているしで、パッと見だと区別はつかないんだけどね」

「つまりは、単に名前が違うだけってことか?」

「う~ん、一概にそうとも言えないというか……。例えば転生者は、その多くが戦国(センゴク)という時代からきた、武将(ブショウ)という戦人(いくさびと)らしいわ。彼らは、生前とは異なった容貌(ようぼう)や姿形をしていて、記憶も所々(ところどころ)不鮮明で抜けていたりするそうよ。(うち)の玄月も、ご多聞に漏れずその通りみたいだし」


 急に話題へと挙げられた本人は、相変わらずそしらぬ顔で無視を決め込んでいた。

 荒屋(あばらや)の柱にもたれ、(さや)に収まった刀を肩に乗せて(くつろ)ぐ様は、確かに戦い慣れした戦士のような風格を(かも)していた。

 もっとも、俺はそんな(たぐい)の人など、一度も会ったことも見たこともないが。


「でも、あなた達みたいな創生者は、元の記憶と見た目をほとんど完全に保っているという話よ。存在していた時代も、えっと、現代(ゲンダイ)って時代の人間ばかりらしいわ。あなたも、そうなんでしょ?」

「現代っても色々だろうが……たぶん、それで合ってると思う」

「他の共通点としては、彼らは全員が中つ島へと渡る前に、『(しろ)(おきな)』と会っていること。そして、誰もがその男に殺されているんだけど、やっぱりあなたも―――― 」

「そうだ!! 俺はそいつに、仮面を付けた白服の奴に()られたんだ!! あいつは、いったい誰なんだ!? 何で、俺を殺したんだ!?」


 トヨの口から飛び出した、自分の命を奪った相手の名に、俺は語気を荒げて立膝を突く。

 怒りに燃えて詰め寄る俺に、彼女は小さく悲鳴を上げて身を(すく)ませた。


「ちょ、いきなり叫んで、びっくりするじゃない! えっと、白の翁の正体と目的については、何も分かってないのよ。どうして、神でも渡るのが難しい異界に移れるのか、どうして創生者となる人間を(しい)しているのか。そして、翁とは呼ばれているけど本当に男なのかさえ、誰一人として知らないの。確かなのは、彼は中つ島の神や人々に対して、様々な妨害活動を繰り返していること。それから、彼の手に掛かった異界の者には、何故か中つ島の伝説で語られる力が、憑依(ひょうい)していることぐらいなのよ」

「伝説の、力……? まさか、俺があの岩の化け物を倒せたのは―――― 」

「正に、創生者であるが故の、常人ならざる怪力だったって訳! でも、身体の強化は創生者に(あまね)く現れる現象だし、あなたの力の源になっている伝説が何かは、あれだけじゃ全然分からないわね……。ねぇ、こう何か他にも、人間以外の何か変身できそうとか、指先から水とか光とかを放てそうとか、そんな感じはしたりしない?」


 そう言われても、やり方も分からないのに答えられるはずもないだろう。

 興味津々に瞳を輝かせる彼女へと、俺は胸に沸き起こったそんな不満と苛立ちを、重い溜息に混ぜて吐き出した。


 とっくに夕暮れも過ぎた(やしろ)は、濃密な夜陰(やいん)へと包まれている。

 辺りを押し包む重苦しい沈黙に、トヨは(たま)り兼ねたように両手を打ち合わせた。


「ま、まあ、そうよね! 創生したばかりの時は、能力もあまり顕現(けんげん)しないって聞くし、すぐに分からなくても仕様がないわよね! 取りあえず話はこれくらいにして、一休みがてら晩御飯(ばんごはん)にしましょう! 腹は減っては(いくさ)もできないし、頭も(ろく)に回らないでしょ、うん!」

 

 本心としては、まだ()(ただ)したい事もたくさんある。

 しかし、今の時点で俺の頭は破裂寸前で、腹は今にも鳴りそうな程に空っぽだった。

 

 このまま異世界の知識を訊き出したとしても、恐らくまともには覚えられないない。


 客観的な自己分析からそう判断した俺は、若干の不完全燃焼な感はあったが、トヨの提案へと素直に従うことにした。


 空元気(からげんき)の声で告げられた夕飯の合図に、玄月も億劫(おっくう)そうに腰を上げる。

 休んでいた小屋から縄でまとめた木の枝を持ってきた彼は、地面が剥き出しとなった場所で焚火(たきび)を起こし始める。

 玄月が黙々と準備を進める間、俺はトヨを手伝い、本殿の中から人数分の木の器と箸を持ち出す。

 最後に、彼女が運んできた(さび)だらけの三脚(さんきゃく)を、燃え盛る火へと(またが)らせて、即席による野外の食卓は完成した。


「さてと、じゃあだいぶ遅くなっちゃったけど、我らが豊尾刈組の神託初達成と、創生者である上澤陸海君の加入を祝って、祝賀会を始めると致しましょう! とは言っても、いつもと献立は変わらないんだけどね」


 鍋を挟んで斜向(はすむ)かいに座る俺と玄月へ、椅子代わりの石へと腰を落としたトヨは、にこやかな笑みを振り()く。

 闇に怪しく浮かぶ彼女の笑顔を、俺は戸惑いがちに()め上げる。


「いや献立も何も、肝心の飯はどこにあるんだよ? まさかと思うが、今から調達に行くとかじゃないだろうな?」

「心配御無用、私に任せなさい! よぅし、今日はいつもよりも特に気合をいれまして早速、おろろろろろろろろろろろろろ」

「ぎゃあ!! おま、お前っ、何してんだっ、おいいいいいいいいいいいいっ!?」


 自信満々に胸を張った相手が、次の瞬間取った行動に、俺は絶叫して跳び上がる。

 トヨの足元には、他の食器と(あわ)せて本殿から運んできた、痛みの激しい鉄鍋があった。

 それをおもむろに手に取った彼女は、何の躊躇(ちゅうちょ)もなくその上へと顔を被せ、俺達の見守る前で嘔吐(おうと)を始めたのだった。


 突然の奇行に絶句する俺をよそに、一頻(ひとしき)嘔吐(えず)いたトヨは、スッキリとした面持ちとなって頭を上げる。

 吐瀉物(としゃぶつ)の受け皿となった鍋の中は、本殿からの明かりで俺からも良く見えた。

 思わず凝視してしまったそこには、浅めの鍋底へと敷き詰められるように、楕円形をした乳白色の小さな粒が積み上げられていた。

 

「はっ、なぁっ……豆、ぇ……!? えっ、なんで、お前の口から、豆…………?」

「うぇっぷ……あっ、教えてなかったけど、私は穀物を(つかさど)豊穣(ほうじょう)の神なの。だから、これくらいの大豆なら、ちょちょいのちょいで軽いもんよ! ということで、はい、どうぞ召し上がれ!」

「ああ、そうだったのか。じゃあ、お言葉に甘えてまずは一口、なんて言うかぁ!! んな、ベタベタのグチョグチョになってそうな物、食える訳ないだろうが普通に!!」

「ちょ、何よその言い草!? (むし)ろそこは、主人である美麗な女神が手ずから与えた恵みを、有り難く頂戴するべきでしょ! 確かに、初めは玄月も嫌がってはいたけど、今では彼もすっかり好物なのよ、これ!」

「勝手に俺の嗜好(しこう)を決めるな。おい新顔、その鍋の中身を井戸で念入りに洗ってこい。良いか、(ぬめ)りが取れるまで、念入りにだぞ」

「ふっざけんな、絶対に食わないからな! こんな得体の知れない物を口に入れるくらいなら、飯抜きの方が遥かにマシだっての!」


 あくまでトヨの吐いた大豆を食材にしようとしている空気に、俺は声を限りに怒号を上げる。

 全身全霊で抵抗するその姿を、トヨは意味深な薄笑いを浮かべて見上げる。


「ふぅん、良いのかなぁ? こう言っちゃ何だけど、うちの組座はまだ資金繰りに厳しいのよ。だから、私が出した豆を主食にする日がほとんどになると思うんだけど、そうなったらあなた、あっという間に飢えちゃうわよ?」

「ぐっ……だったら、お前の組座とかを抜けて、他のとこに行くだけだ! もっと、マシな飯を用意してくれる所にな!」


 こちらの足元を見た彼女の発言に、頭に血の昇った俺は反射的にそう返す。

 息巻きながら啖呵(たんか)を切ってみせる俺に、無表情であった玄月の顔へと、皮肉めいた苦笑が滲む。


「良い考えだな。なら、好きにすれば良い。未だに右も左もわからず、自らの力も把握していない(やから)を抱え込もうという、物好きな組頭(くみがしら)とすぐに(まみ)えられるよう俺も祈っているぞ。もっともその場合、扱いも人並みであるという保証はないだろうがな」


 遠回しにこちらの無恥を攻める彼に、俺は反論もできず棒立ちとなる。

 握り締めた拳を(むな)しく震わせるしかない俺へと、やがてトヨは砕けた調子で鍋を差し出した。


「ま、そういうことだから下処理の方よろしくね、陸海。これも豊尾刈組へと馴染んで、そして中つ島で生き抜いていくための試練として、諦めて大人しく受け入れなさい」


 最後通牒と共に向けられる微笑(ほほえ)みを、俺は力と気の抜けた苦笑で受け止める。


 味気のない、数十粒の煎り豆。

 それが、異世界へと来て初めて俺が食した、人生で最悪の料理だった。


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