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いざ、組座戦

 翌日、玄月が戻ってきたのは朝食の前だった。

 夜の間、どこで何をしていたのか、彼は何も語らなかった。

 それでも、見た感じはいつもと変わりなく、直前に控えた試合への差し(さわ)りは何もなかそうだった。


 昨晩は泥酔していたトヨも、有言実行とばかりに完全復活を果たしていた。

 元気溌溂(はつらつ)と目覚めの挨拶をしていた彼女は、何のゲン担ぎかは分からないが、いつもより多めの豆を振る舞った。

 鍋に山と盛られたいつもの大豆は、どうやら酒蒸しとはなってはいないようだった。


 味気ない煮豆をモソモソと口に運ぶ俺と玄月に、それを見咎(みとが)めたトヨは(げき)を飛ばす。


「二人とも、食欲を無くしてる場合じゃないわよ! 確かに緊張するのは分かるけど、こういう時こそちゃんと食べて活力を付けないと! 彼女達を見習いなさい!」


 見当違いの注意を飛ばしながら、彼女は同じく食卓を囲む他の女性陣を指し示す。

 そこでは、既にトヨ製の煮豆を好物としていたいろりだけでなく、百萌までもがお(わん)へと齧り付かんばかりに、それを夢中で口中へと掻き込んでいた。


「いやー、なかなか美味いじゃねぇか! こんなのが(ただ)で食えるなんて、ここの組座はお得だな!」


 あっという間に器を空にした彼女は、満足気な溜息と共に、早速三杯目のお代わりを(よそ)う。

 何となく、俺は組座戦の後も彼女には残っていて欲しいような、そんな気持ちになった。


 決戦前の腹ごしらえを済ませた俺達は、連れ立って社を後にし、戦いの場である稜雲殿へと向かった。

 早朝の爽やかな空気と騒がしさに満ちた街並みを進み、俺がこの世界に来た初めの日にも訪れていた、白壁の巨大な建造物の前へと出る。

 太い柱が何本も並び立ったその正面には、前よりも多くの手勢を引き連れたワカメ頭の神様・ウカマドが、悠然と腕組みをしながら待ち構えていた。


「やあ、遅かったじゃないかトヨ君。何か、不測の事態でもあって来れなくなったのではないかと、心配をしていたところだよ」

「お気遣い、どうも。ですが、ご心痛には及びません。既に、こちらも万全を期して、準備は万端(ばんたん)整っております。今日の組座戦は、必ず見応えのあるものとなると、お約束しますよ」


 トヨの余裕を帯びた不敵な返しに、ウカマドは彼女の後ろに控える百萌をちらと眺めて、固く微笑む。


「なるほど、流浪人を雇ったのか。数日前に、付喪狩りへと出たと小耳に挟んではいたが、その分だとどうやら、あまり首尾は(かんば)しくなかったみたいだね。しかし数合わせのためとはいえ、そんな可憐な女性を組座戦へと引き込むというのは――――」

「言っとくけど、私はそこらへんの新生者よりも強いぞ! 褒めてくれるのは嬉しいけど、こっちは報酬も掛かってるし本気でいくから、覚悟しろよな!」


 説教口調で語られていたウカマドの言葉を、唐突に百萌の弾んだ声が(さえぎ)る。

 突然の彼女の反論に、一瞬だけ鼻白んだ彼は、すぐに体裁を繕って肩を竦める。


「言われずとも、油断も予断もしないさ。僕は、見た目で相手を判断するような、浅薄な男ではないんだよ。さて、試合前の挨拶も充分だろう。早く、中へと入るとしようじゃないか」


 自己弁護を兼ねつつ会話を切り上げたウカマドは、海藻風の前髪を振って稜雲殿の方へと歩を進める。

 ゾロゾロと手下達を引き連れて、建物の表玄関へと入っていく彼に、トヨはしかめっ面から小さく舌を突き出す。


「ふん、相変わらず感じ悪いのっ! もうあいつ、自分達が勝ったつもりで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)よ! まったく、何様のつもりかしら!?」

「神様、だろ? つーか、それを言ったら前日に、ぶっ倒れるほど酒を飲んでる奴はどうなんだよ?」

「う……あれは、組座の士気を上げるための、景気付けみたいなものよ! あと、何かそう、試合に悪い影響を及ぼすかもしれない穢れとかを払う、お清め的な!」

「そうだったのか。一応は自覚があったみたいで、少しは安心したぜ」

「自分から言っといてあれなんだけど、どういう意味なのか詳しく教えてくれる? うん?」


 今後の俺達の命運を決める組座戦が行われる、稜雲殿なる威厳と神々しさを備えた建造物。

 その大きく(あぎと)を開いた出入り口へと、俺は額へと青筋を立てて追い縋るトヨから逃れるように跳び込んでいった。

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