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決戦前夜

「うぅえっぷ……くあぁ、き、気持ち悪いぃ…………」


 小一時間前には真っ赤であった顔を土気色としたトヨは、ぐったりと身を横たえた布団の上で悲鳴を零す。

 虫の息で身悶える彼女に、俺は井戸水を汲んできた柄杓(ひしゃく)を、(ひざまず)く恰好で差し出した。


「おいおい、ほんとに大丈夫かよ? 明日の組座戦、二日酔いで立ち会えないなんてなったら、まずいんじゃないのか?」

「ふ、ふふ……心配は、無用よ……! 私はこれでも、一端(いっぱし)の神……一晩休めば、すぐにすっきりさっぱり完全回復を果たしてみせ、おううううえええぇぇぇ――――― 」


 俺の苦言に不敵な笑みを浮かべた彼女は、セリフを言いきらない内に再び吐き気へと襲われる。

 グロッキーとなっている主を俺は仕方なしに助け起こし、酔い覚ましの水を含ませるなどして、様子が落ちつくまで介護を続けた。


 面接を兼ねた夕食が切り上げられたのは、夜も更けた頃になってだった。

 既に前後不覚となって足もとも覚束(おぼつか)なくなっていたトヨを背負い、俺は宿の決まっていないという百萌を連れて社へと戻った。

 幸い、こちらの耳へと酒臭い息を吹きかけ続けていた彼女が、途中でリバースする惨事にはならなかった。


 本拠地の小山へと到着した直後、運んでいた荷物を残し、玄月が姿を消した。

 彼が大事な仕事の前に居なくなるのは、いつものことだから気にしなくてもいい。

 説明も無く失踪した相手を(いぶか)しむ俺へと、トヨはそう説明し、何も心配は無いと保証した。

 もっともその時は、酔い潰れて憔悴(しょうすい)しきった彼女の方が、大分(だいぶん)問題ではあったのだが。


 そんな酩酊(めいてい)した女神様も、俺の手厚い看護があってか、次第に容態は落ち着いていった。

 気持ちと居心地が悪そうに寝床を転がっていたトヨは、徐々に動きをおとなしくしていく。

 やがて、完全に停止した彼女が、うなり声の代わりに微かな寝息を漏らしているのを確かめた俺は、ようやく酔いどれの世話から解放されたと知って、胸を撫で下ろした。


 腹いせに、眠りこける彼女にイタズラでもしようかと思ったが、また目を覚まされると面倒なので止めておく。

 持ち前の紳士的な一面を発揮して、俺は静かに本殿の外へと退出する。

 表の扉を音を立てずに閉め、庭の方へと目を移す。

 そこには、小屋の中で眠っているいろりと、その傍へと膝を突き、彼女の寝顔を覗き込んでいる百萌の姿が見えた。


 俺は本殿前の短い階段を降りて、彼女達の元へと庭を横切っていく。

 その気配を察した百萌はこちらを振り仰ぎ、隣へと立つ俺へ嬉しそうに笑いかけた。


「この子、いろりって言ったっけ? 起きている時も充分だったけど、寝ている時はもっと可愛いな! あーあ、仲良くなりたかったのに、全然寄り付いてもくれなかったし……やっぱ、私がでっかい刀を持ってたから、余計に怖がらせちまったのかなぁ…………」

「いや、こいつは誰に対しても物凄く人見知りするんだ。別に、お前を特別嫌ってる訳じゃないだろうから、あんまり気にするな」

「そうか、それを聞いてちょっと安心したぜ。ところで、さっきちらっと聞いた気がしたんだが、明日の組座戦にこの子が賭けられているっていうのは、本当なのか?」

「まあ、な。実はそいつ、座敷童からの新生者なんだ。だから、そいつの幸運を呼び込むって能力に目を付けた奴らが、強引に奪い取ろうと勝負を仕掛けてきたって訳だ」

「なるほど、そんな事情があったのか……。なら、彼女ためにも尚更(なおさら)、明日の試合は絶対に勝たないとな!」


 声量を抑えた囁き声で、百萌は新たにした決意を口へと出す。

 静かな、しかし力の(こも)った口調で(つぶや)く彼女の瞳には、目の前で眠る少女を想う、真っ直ぐで純粋な輝きが宿っていた。

 

 傭兵の少女が見せる意外な反応へと驚く俺に、ふと彼女はその清廉な眼差しを向けてきた。


「そう言えばお前、陸海だっけ? 森であの付喪を倒した時のやつ、凄かったな! 何だかんだで聞きそびれちまってたけど、お前もやっぱり創生者か転生者なのか?」

「ん、ああ……俺は創生者ってので、もう一人いた眼帯の奴が転生者だ。だけど、俺は自分の力の源になってるっていう伝説が何か知らないし、あの玄月の正体も聞いてな―――― 」

「あ、そこは気を使ってくれなくても大丈夫だぜ。そういうのは弱点とかに繋がるから、身内とか以外には隠すのが普通だしな。でも、私が良いとこ取りしちまったとはいえ、あの強力な付喪をたった二人でやっつけちまったんだ。明日の組座戦の相手は相当に大きなところって話だが、私達が力を合わせればきっと大丈夫だって!」


 確信を込めてそう語る彼女に、俺は内心の動揺を隠し、苦み走った笑みを返すしかなかった。


 その後、百萌は俺の小屋の端を間借りして、早々と床に就いた。

 屋根のある所で寝るのは久しぶりだとはしゃいでいた彼女は、ものの数分で眠りへと落ちていた。

 微かに届いてくるその寝息を聞きながら、いろりの横で仰向けとなった俺は、天井の穴から覗く星空を見上げていた。


 疲労と睡眠不足から、眠気はあった。

 だが、それを軽く上回る焦燥と不安に、俺は全く寝付けずにいた。


 確かに、俺は創生者としての、強力な異能を行使できるようにはなっていた。

 だが、それも昨日の今日の出来事であり、完全に使いこなしている実感も未だにない。

 一方で、いろりを何が何でも奪取しようとしているあのワカメ頭は、配下の中でも特に強い奴らを選び出してくるに違いない。

 そうなると、経験も実力も乏しい俺が勝てる確率は、どう考えても高いはずはなかった。


 冷静になって考えてみると、数日前の俺はまた、随分と無謀な賭けに出ていたものだ。


 喧嘩を買った際の、自分の直情さと短慮さを鼻で笑い、俺は隣で眠りこけるいろりを流し見る。

 もし、明日の試合で俺が負ければ、彼女はあのワカメ頭に取られてしまうことになるかもしれない。

 それは、色々な意味において、到底我慢のならない結末だった。


 体の底から沸き起こる震えるような衝動に、俺は堪らず睡眠を放棄して身を起こす。

 そして、同じ屋根の下の二人を起こさないよう小屋を出た俺は、忍び足で社を抜け出し、小山の下の開けた荒地へと向かった。


 恐らく玄月はどこかで、組座戦のための準備を整えている。

 ならば、俺もまた彼に遅れを取らないよう、今できる最善の事をするだけだった。


 そうして、小山の近くの開けた場所で、昨夜の特訓の復習へと勤しむこと数時間。

 結局、二日続けて一睡もしないまま、俺は運命の日の朝を迎えたのだった。

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