絶望と救済は突然に
華麗なキャッチングを見せた彼女は、高々と掲げていた左腕を降ろす。
その手に掴む、既に光を失った拾得物を確めた後、満面の笑みに顔を光り輝かせた。
「ようっし! 造図面、無事に獲得ぅ! いやー、しっかしまさか、こんなに早く手に入るだなんて、良い意味で予想を裏切られちまったぜ!」
喜色満面となって快哉を叫ぶ謎の介入者を、俺は呆気に取られて遠目に眺める。
と、ぼんやりとしていた俺の胸を、不意に真下から強烈な一撃が打つ。
肺の空気を押し出されながら浮き上がった俺を押し退け、下敷きとなっていたトヨは素早く立ち上がる。
握り締めた拳をわなわなと震わせ、足もとの草を踏みにじるように屹立する彼女の顔は、泣く子も黙る憤怒の形相へと変わっていた。
「い、いいっ……いったい、誰よっ、あいつうっ!? 他人の、私達の獲物を、何を勝手に掠め取っちゃってくれてんの!? あんた、待ちなさい! その造図面は、こっちの物よ!!」
いきなり現れ、突然に獲物を仕留め、当然のようにドロップアイテムを手に入れている相手に、トヨは怨嗟の絶叫を口走りながら突進していく。
俺が猪のごとく猛進していく背中を見送っていると、やがて玄月といろりが近くにやってくる。
半泣きとなって俺の懐に飛び込む童女を横目に、彼は冷ややかな眼差しでこちらを見下ろす。
「助太刀への礼は不要だ。寧ろ、囮としては良い立ち回りだった。ご苦労だったな」
「身に余るお言葉、感謝の極みです。援護役の仲間がなかなか戻ってこなかったので、随分と手間取ってしまいまして、ハイ」
「そうか。恐らくそれは、ほとんど時間稼ぎの叶わなかった、不出来な足止め役の仕業だろうな」
労いや感謝の言葉の代わりに、俺達は互いに軽い嫌味と文句を投げつけ合う。
若干トゲのあるキャッチボールを終え、俺は二人と共にトヨの後を歩いて追った。
目的地へと到着していた我らが組頭は、そこにいた競争相手へと轟々とした非難を浴びせている。
感情も顕わに噛み付く彼女に、付喪を両断した肉厚の大刀を脇に降ろした少女は、にこやかな苦笑を浮かべながらポニーテールの根本を掻いていた。
俺と同じくらいの上背がある彼女は、藍色に染められた薄手で長裾の上着を羽織っている。
大きく開け放たれた前面からは、ホットパンツ風の下に袖の短い衣という、非常にラフで開放的な服装。
そして、打ち合わせの襟を山形に盛り上げた、豊満な胸部が覗いていた。
太腿の辺りから剥き出しとなっている両足は、適度に筋肉質で、健康的な見た目をしている。
しかし、森の木の上まで跳び上がり、身の丈程はありそうな武器を軽々と振るうにしては、彼女はあまりにも細身で貧弱な体付きだった。
やはり、トンボ姿の付喪を仕留めた彼女もまた、俺や玄月と同じく普通の人間ではなさそうだった。
謎の大剣使いの少女をそれとなく観察しながら、俺はこちらに背を向けるトヨへと歩み寄る。
彼女は背後へと寄る俺達に目もくれず、目の前の相手を舌鋒鋭く非難し続けていた。
「第一、あなたがしたことって、良いとこ取りだけじゃないの!! あの付喪を見付けたのも、追い詰めたのも、全部私達よ! なのに、止めを刺しただけで報酬は全取りだなんて、そんなの不公平よ、暴論よっ!!」
「確かに、そっちの言い分にも一理はあるぜ。だが、あのままだと、この付喪は森へと逃げおおせていたはずだろ? そうなったら、どっちにしてもお前達は、これは手に入れられなかったんじゃないのか?」
「そん……なの、分からないじゃない! 相手はもう倒れる寸前だったし、充分に追い付ける可能性はあった、かもしれないし……だろうし―――― 」
「かもな。でも、実際に倒したのは私である以上、造図面の優先権はこっちにあるはずだ。悪いな、もし神託や依頼での討伐だったのなら、金子とかの別の報酬はそっちに譲るから―――― 」
「ないわよ、そんなのっ!! あー、もう、こうなったら最終手段よ! 陸海、玄月! この分からず屋の泥棒猫を懲らしめて、造図面を取り返しなさいっ!!」
遂に痺れを切らしたトヨは、絶対に譲歩しようとしない交渉相手を指し示し、後ろに控える俺達へと金切り声で叫ぶ。
藪から棒な交戦の命令に、俺と玄月は思わず見開いた目を合わせる。
面食らった俺達が棒立ちとなる前で、突然、大剣の少女が小さな悲鳴を上げて崩れ落ちた。
地面へと横倒しに体を投げ出したは、頼りなく傾いだ上半身を右腕で支える。
肩からずれ落ちた上着もそのままに、彼女は儚げで悲壮な表情を浮かべた口もとを、左の手の甲で隠しながら嘆いた。
「ううっ、そんな、あんまりだぜ……。せっかくの思いで手に入れたと思ったら、こんな人目の無い森の奥で寄ってたかって弄ばれた上に、みすみす奪い取られちまうってのかよ――――!? たった一人で頑張っているか弱い女の子を、屈強で見た目怖そうな男達に襲わせるなんて、それが人間のやることかよぉ!?」
「うっさい、今更猫被ったって遅いわよ!! それに残念、私は神よ! そんなお門違いのことを言われたって、痛くも痒くもないしぃ! さあ我が僕達よ、今すぐこの女の身ぐるみを剥いで、例の物を取り戻しなさ―――― 」
「落ち着けトヨ。お前、極悪ヅラになってんぞ。それと、流石にその指示は聞けない。済まないな」
もはや半狂乱となっている彼女を抑え、俺は下された命令を端的に拒否する。
俺達の目的と状況からして、相手が奪取した造図面とやらを、トヨが喉から手が出る程に欲しているのは理解できる。
だとしても、その相手に力尽くで言う事を聞かせるというのは、やはりどうしても無理だった。
確かに、あの付喪を追い詰めたのは俺達である。
しかし、大剣の少女のトドメがなければ、ほぼ間違いなく取り逃がしていたのも確かである。
そうした事実がある以上、彼女の方が報酬を貰うのは、至極当然な帰結であるはずだった。
そんな俺の考えと、玄月も似た思いを抱いているのだろう。
彼は興味薄げな視線を遠くへと向け、黙然として無視を決め込んでいた。
一様に指令へと従おうとしない配下達を、トヨは丸く見開いた目で愕然と眺める。
俺達の間へと広がるぎこちない空気に、それを見て取った大剣の少女は、一転して嬉々とした面持ちとなって跳び起きた。
「さてと、そっちは実力行使をしないでくれるってことで良いのかな? いやー、男子諸君の方は紳士らしくて助かったぜ。さっきは、怖い見た目してるなんか言って、ごめんな! じゃあ、私はこれで! もし次に会うことがあったら、その時はどうぞよろしくな!」
あっけらかんとして破顔した彼女は、手にしていた大刀を鞘へと戻して背中に回す。
手早く帰り支度を済ませると、軽やかに手を振って踵を返し、大剣の少女はそのまま森の方へと去っていった。
軽やかに揺れながら離れていく大刀を、トヨは口惜しそうに歯噛みしながら凝視する。
やがて、彼女は勢い良く俺達を振り返ると、半泣きに充血した両目でこちらを睨み付けた。
「ちょっと、何でどうしてあんた達、あいつを見逃しちゃうのよぉ!? あの造図面で仲間を増やせなかったら、明日の組座戦は最初から一回負けちゃうのよ!?」
「それはそうだが、だからと言って強盗紛いのことをするのは駄目だろ、常識的に。まあ、あれだ。俺も結構強くなれたし、俺と玄月で連勝できれば問題ないって」
「敵の戦力を良く知らないから、そんなお気楽なことを言えるのよっ!! ああ、もう、すぐに新生者を手に入れられる方法は他にないのに、どうすれば―――― 」
「あー、もしもし。お話中のところ悪いが、少し良いか?」
絶望に頭を抱えていたトヨの背後から、唐突に気の抜けた声が上がる。
見ると、そこにはいつの間に引き返してきていたのか、背を屈めてこちらを窺っている大剣の少女がいた。
急に戻ってきた商売敵に、トヨは驚きから小さく後ろへと下がり、憎々しく口角泡を飛ばす。
「ちょ、まだ何か用なの? あ、ひょっとして造図面を渡してくれる気になった!?」
「そうじゃないんだが、聞こえてきた話が気になってな。もしかしてお前達、組座戦の面子が足りなくて、その穴を埋めるためにこれが必要だったのか?」
「もしかしなくても、そうよ! 変な同情でもしてくれるんなら、さっさとそれを返しなさ―――― 」
「だから、そいつは無理だって。だが、その代わりと言っちゃなんだが……あんたら、私を雇わないか?」
思ってもみないその発言に、怒り心頭に発していたトヨと一緒に、俺は唖然として吐息を漏らす。
言葉を失って立ち尽くす俺達を、予想の斜め上をいく提案をしてきた大剣の少女は、にかっとした爽やかな笑みで見上げていた。




