付喪は、いずこ
噛み殺しきれなかった眠気が、大きなあくびとなって口から逃げる。
睡眠不足からの生理現象を起こす俺を、後ろから付いてきていたトヨが素早く見咎める。
「ちょっと陸海、気を抜かないで! いつ、どこから付喪が襲ってくるか分からないのよ!」
「あ、ああ、悪い。ちゃんと周りは注意しているから、心配するな」
「本当でしょうね……? まったく、一晩中特訓をしていたってのは良い心掛けとは思うけど、そのせいでこっちにまで障りが出ちゃったら本末転倒よ」
しかめっ面で苦言を呈する彼女に、目尻に溜まった涙を拭いながら、俺は苦笑いで取り繕う。
徹夜でサクラからの実技指導を受けた後、俺は朝食の用意をしていたトヨ達の元へと戻った。
俺の不在に浮足立っていた彼女からの尋問に、俺は出来るだけ正直に全てを答えた。
ただひとつ、指導教官を務めてくれた、白衣の少女のことを除いては。
別に、後ろ暗いことや、後ろめたいところがあるのではない。
ただ、他の組座の人間に力添えをしてもらったと知って、彼女が良い顔はしないだろうと、そんな直感からの判断だった。
幸いにも、その時のトヨの頭の中は、残り時間のことでいっぱいだった。
余計な追及を受けずに済んだ俺は、自らの分の食事を手早く終え、既に付喪捜索の準備を整えていた彼女達へと合流した。
昨日と同じく、玄月は遊撃部隊として単身で森の探索へと当たった。
いろりと共に行動する必要のある俺は、どうしても移動速度が遅くなってしまう。
なので、自衛のための力量も備えている彼が、捜索範囲を拡大するための斥候役として指名されたのだった。
一方、俺は女性陣の護衛を兼ねて、トヨと共に森の獣道を辿っていった。
本音としては、彼女達には安全な場所で待機していて欲しくはある。
しかし、残された時間も少ない以上、人手は多いに越したことはないとして、トヨは頑として譲らなかった。
なので、必然的にいろりも同行させなければならなくなり、結局は総動員で例の付喪を探すという形になっていた。
だが、二人掛かりで周囲に目を凝らし続けても、一向に獲物の陰も形も見付けられなかった。
先行している玄月が何かを発見した際は、何かしらの手段でこちらに知らせる手筈となっていたが、今のところ合図らしきものは何もない。
どうやら彼の方もまた、不首尾に終わっているらしかった。
「しかし、参ったわね……。まさか、手掛かりの一つさえも探し当てられないなんて……。今日の昼過ぎにはここを経たないと、明日の組座戦への準備も間に合わないのに…………」
腰を降ろした倒木の上で愚痴を零したトヨは、手にしていた果実へと重い溜息を吐きかける。
森の一角を抜け、木々に丸く囲まれた広めの草地へと出ていた俺達は、そこで小休憩を取っていた。
木陰に立つ俺の足もとへと座るいろりは、桃に似た赤い皮の果物へと、夢中になってむしゃぶりついている。
それは、途中で見かけた木に生っていた、彼女が取って欲しいと俺にせがんできた物だった。
トヨの言った通り、その見慣れない実はやや酸味が効いた、甘く口当たりの良い味をしていた。
咀嚼した柔らかな果肉を飲み下し、俺は自分の分にも口を付けずに落ち込むトヨを元気付ける。
「だったら、まだまだ時間はあるじゃねぇか、諦めんなって。それに、今回のことをあのワカメ頭に教えてやったら、こいつの幸運を呼ぶって力は別に大したことないって、思い直してくれるかもしれないぜ」
「あいつがそんな、あんたみたいな単純思考だったら本当に良かったんだけど……。でも、冗談抜きでこのままじゃ組座戦は問答無用で負けを一つ付けられて、始まる前から崖っぷちよぅ……はああぁ…………」
「そもそも、こっちが組座戦に負けたらどうなるんだ? いろりを一方に取られて、それっきりなのか?」
「向こうの出方次第ね。組座戦に勝利した方は、交渉の一方的な決定権を獲得できるわ。あの鳥の巣頭が勝てば、交換条件として提示していたお金や、代わりの新生者を手放さなくても、いろりを自分の組座に引き入れられるって訳よ。ま、あのかっこつけな自意識過剰野郎なら、恩着せがましく押し付けてくるでしょうけど」
「なるほど。じゃあ、ある意味俺達が負けても、こっちにとっては悪い話じゃないのかもな」
「はあ!? どこをどう考えたら、良い意味になるってのよ!?」
「いや、いろりは俺がいないと始末に負えないから、もしかしたら俺も合わせて、あっちの世話になれるかもしれないだろ? そして、玄月も組座戦で活躍できれば、実力を買われて引き抜きされる可能性もある。そしてお前だって、運が良ければたくさんの金が手に入って、悠々自適な隠居生活が送れるじゃねぇか。だから、気落ちすんなって!」
「確かに、その通りね! 道半ばというか始まったばかりではあったけど、恵んでもらった謝礼で穏やかな余生を過ごすのも悪くはない、って、そいやああっ!」
俺の慰めに希望に満ちた表情を作ったトヨは、その煌めくような笑顔のまま、惚れぼれとするフォームからこちらへと果実を投擲する。
顔面を狙い澄ました瑞々しい剛速球を、俺は素早く上体をずらして躱す。
攻撃を回避された彼女は、続け様に俺へと躍りかかり、正面から力任せに首を締め上げてきた。
「何でぇ、この私がいきなり脱落しなきゃいけないのよ!! てか、それだとあいつから何も貰えなかったら、私は文無し味方無しの、どん底で底辺な素寒貧じゃないのぉっ!!」
地雷を踏み締められたトヨは、悲痛な叫びを上げながら、力任せに相手を左右に揺さぶる。
半泣きながらも怒りと気合に満ちたその顔には、まだまだ衰える気配のない、猛烈なまでの気力が滲み出していた。
どうやら、変な気遣いは無用であったらしい。
溢れんばかりの闘志に満ち溢れていた彼女に、俺は苦笑を漏らしつつ、彼女の攻勢から逃れようと草地の方へと逃れる。
森の中にぼっかりと空いていた自然の広場の中央には、巨大な枯れ木が突き立っていた。
その薄茶けた大木の死骸が視界に入った俺は、はたと足を止め、首もとにしがみ付くトヨへと尋ねかける。
「おい、ちょっと悪いが……アレ、なんだ?」
「うっさい、誤魔化そうったって騙されないわよ!! 今日という今日は、どっちが上かをその身に教えて―――― 」
「いや、そういうのじゃないから、とにかくアレ、見て欲しいんだが」
凶暴な唸り声を上げる相手の頭を両手で挟み、俺は強引に広場の方へと向けさせる。
もしかしたら、俺が見ているものは、こっちの世界では別におかしくはない現象なのかもしれない。
そんな拙い予想は、俺と同じ物を視界に入れた直後、一転して借りてきた猫ように大人しくなったトヨの反応に、あっさりと否定された。
的を外れたトヨの果実は、枯れ木の方へと飛んでいっていた。
そして、それは幹に直撃もせず、傍らを通過もせず、梢に近い空中で微動だにせず浮遊していた。
言葉を失う俺達の前で、潰れて浮んでいた実の近くの空気が、不意に歪む。
音も無く走った揺らぎは、即座に大樹の幹回りへと広がっていく。
やがて、その透明な波紋が、虚空の中へと溶けていった後。
そこには、太い幹を抱え込んだ巨大な五本の足で、ブーメラン状の細長く角ばった胴体を支えている、どう見ても普通の生物ではない『何か』が現れていた。




