中つ島の誕生について
創生者。
おとぎ話の力。
転生。
彼女の口から放たれた幾つもの言葉に、ただただ俺は途方に暮れた。
相手の発言の趣旨は、おおまかにではあるが理解できる。
だが、しかし、それらが指し示す俺自身の状況は、あまりにも馴染みのない非現実的なもので、どうしてもすんなりと頭に入っては来なかった。
口を半開きとして固まる俺に、彼女は少し慌てた身振りとなって、ぎこちなく笑いかける。
「あっ、まあ、急にそんなこと言われても、訳が分からないわよね! でも、心配しなくても大丈夫! あなたの主人であるこの私が、一から十まで懇切丁寧に、ちゃあんとしっかり教えてあげるから! だから、良い? 最後まで落ち着いて、私の話を聞くこと。分かったわね?」
混乱した俺が、暴れ出すとでも思ったのだろうか。
急に猫撫で声のような声音となった彼女は、穏やかな物腰で俺へとそう言い含める。
正直、俺の頭の中はパニック寸前で、大人しく座っているのも苦痛ではあった。
それでも、俺は手足に走る小刻みな震えを殺し、懸命に平静を保ち続けた。
例え、ここで俺が発狂して暴れ狂ったとしても、何一つとして問題は解決しない。
それどころか、事情を説明してくれる唯一の協力者を、失ってしまうかもしれない。
そういった最悪の事態だけは、どうしても避けなければならなかった。
相手の、こちらを子ども扱いするかのような態度は、少し癪に障るが。
俺は浮き足立つ彼女を、片手を掲げて制する。
どうにか落ち着きを見せる俺の反応に、少女はホッと胸を撫で下ろし、中腰となっていた姿勢を元へ戻す。
「ふぅ……あなたが堪え性のある人みたいで、助かったわ。呼び出された『まれびと』の中には、一旦冷静になってから取り乱す人もいるって聞くし、前に玄月を召喚した時も大変――――っと、そんなことはさておき、まずは、こっち側の世界について説明するわね、うん!」
唐突に話題を本筋へと戻した彼女は、視線を俺の方に落として固く微笑む。
そして、俺を異界へと召喚したトヨという名の少女は、この中つ島という世界について次のように語った。
彼女によれば、この世界は元々、高天原と黄泉國という、二つの異なる次元に分かれていたという。
双方の場所には、それぞれ生まれの違う神々が住んでいた。
もう一方の空間の存在を感知していた彼らは、しかし互いに必要以上の干渉を行わず、各々が平和な日々を送っていた。
だが、そんなある日、突然に凄まじい衝撃が世界を襲った。
原因も、場所も、規模も定かでない爆発は、七日の間、止むことなく続いた。
そして、八日目になって平穏を取り戻した世界には、隔絶していた高天原と黄泉國を繋ぐように、新たな大地が生まれていた。
それが、後に『天冥開闢』と呼ばれる大異変によって誕生した、第三の次元である『中つ島』誕生の瞬間だった。
豊かな自然に溢れたそこには、神々と非常に似た姿をした、人間という生き物もいた。
彼らは優れた知性と、卓越した器用さから、瞬く間に自らの領域を広げていった。
やがて、人間は爆発的に数を増やし、神々も驚く程の、高度な技術をもった文明社会を築き上げた。
そのまま中つ島を支配しそうな勢いにあった彼らは、しかし、とても脆弱で無力な存在だった。
中つ島には人間以外にも、多くの生物が共存していた。
その中には、異形の姿と強大な力を有する、妖怪や怪異、物怪から付喪といった『あやかし』も含まれていた。
自らが発明した道具でも太刀打ちできない、それらの圧倒的で絶対的な脅威に、非力な人間達はただ隠れ、逃げ惑うしか出来なかった。
新天地の開拓も叶わなくなった彼らは、限られた土地に一塊となり、常に外界を恐れながら生きるようになった。
以降、日の出の勢いであった人間の発展は、パッタリと鳴りを潜めてしまった。
恐怖から歩みを止めた人間達に、高天原の神々は失望し、落胆した。
彼らは、自分達と似通った中つ島の動物に興味を抱き、その類稀な進化を歓喜をもって観察していた。
だからこそ、その成長が著しく停滞してしまったのは、神々にとっても非常に嘆かわしい出来事に他ならなかった。
彼らはどうにかして、落ち目にある人間達を救いたかった。
しかし、彼らは先に黄泉國の神々と、互いに中つ島の人間達には介入しないとする協定を結んでいた。
そうした約束がある以上、高天原の側からは、人間達へと手を差し伸べることはできない。
そこで、彼らは中つ島の神々である、『中つ神』へと目をつけた。
中つ島には他の次元と同じく、その地を生まれとする新しい神々がいた。
神以外の者へと手出しできなくとも、同じ神であれば手助けは可能である。
それが、高天原の神々が導き出した、黄泉國との契りの裏を突く奇策だった。
だが、誕生して間もない彼らは、神秘の力の源である神力を充分に蓄えてはおらず、神としての意識も希薄だった。
そのため、高天原の神々は初めに、彼らへと教えを説いた。
神とはどのような者であれ、この世界の最たる高次の存在である。
だからこそ、自分達は健気で非力な人間達を愛し、慈しみ、守り育んでいかなければならないのだと。
先輩の神々からの説教に、次第に中つ神達は、人間を守護するという使命へと目覚めていった。
だが、未熟な彼らは、未だ人々の害となる存在を討ち果たす力を持ち得ずにいた。
中つ島の神々は、自分達の矛となり、盾となる強者を欲した。
それこそが、『まれびと』。
戦人としての秀でた戦技や、伝説に語り継がれる異能を有した、日本という異世界からの来訪者達だった。