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予期せぬ逢い引き

 羽織(はお)っていた上着を荷物の上へと投げ置き、焚火の前から腰を上げる。

 昨日街で購入していた、羽織に似た装いのそれは、赤地に白のポイントが各所にあしらわれたカラーリングをしていた。

 正直、その派手な見た目は好みではない。

 だが、俺が選んだシャツとロングパンツ風の上下が、非常に地味だと文句を付けてきたトヨは、

「じゃあ、せめてこれを上に着なさい。(うち)の暗色要員は、玄月で間に合ってるの!」

として、彼女が選んだ上着の着用を義務付けたのだった。

 

 すぐ近くの草地に敷かれた小さな茣蓙(ござ)では、先に寝入っていたいろりを抱き枕代わりに、その専制君主的な女神が微かな寝息を立てて眠っている。

 

 起きている間は気付かなかったが、今日の強行軍がよほど身に応えていたのだろう。

 森での捜索を終え、近くの河で釣った魚をおかずに夕食を済ませた後、彼女はあっという間に眠りへと落ちてしまっていた。


 乱れた髪も整えず、あられもない恰好で熟睡する少女に、俺は苦笑交じりの溜息を漏らす。 

 目的地へと到着した直後に着手した密林の探索では、彼女は俺達の陰に隠れながらも、人一倍に精を出していた。

 だが、結局は夜になるまでの間に、肝心の獲物は発見できなかった。

 本日の成果が不首尾に終わったことも、彼女の疲労と徒労感を際立たせてしまったのかもしれなかった。


 ぐっすりと眠る彼女達を起こさないよう、俺は静かに二人の横から離れる。

 その場を後にしかけたところで、ふと玄月の事を思い出して、辺りを見回す。

 彼は焚火から少し離れた、大木の根本に腰掛けていた。


 拾ってきた流木を何やら小刀で彫っていた彼に歩み寄り、俺は潜めた声で話しかける。

「おい、悪いがちょっと席を外したいんだが、後を任せても大丈夫か?」

「別に、構わない。ただ、何用で何処(どこ)に行くのかは知らないが、あやかし達の餌食(えじき)になる時は先に知らせてくれ」

「ああ、その時は頑張ってここに連れてくるから、身代わりよろしくな」


 互いに嫌味を込めた軽口を交わし、俺は玄月へと二人の護衛を任せる。

 キャンプ地の外へと出た俺は、背の低い雑草の茂る坂を下って河原へと降り、黒い影となって流れる河に沿って歩を進めた。

 

 今日もまた天上へと輝く満月と、満天の星空から放たれる澄んだ光に、辺りは白色の薄明りに満たされていた。

 足元もはっきりと分かる景色の中を、俺は下流へとしばらく進み続ける。

 やがて、俺は昼間に通りかかっていた、河の方へと大きく広く膨らんだ、広く平らな岸辺へと着く。

 元来た方を振り返ると、遥か遠くに小さな点となって(うごめ)く、炎の明かりが僅かに見える。


 ここならば、いろりやトヨを叩き起こす心配もないだろう。


 充分に距離は取れたと判断した俺は、深呼吸と共に気持ちを切り替え、今の自分の体が持っているポテンシャルの確認作業へと取り掛かった。


 こちらの世界へと移ってきた俺は、創生者という存在として、超人的な力を与えられていた。

 だが、その奇妙な能力が、どこまで凄いものなのか、俺は自分でも良く把握できていなかった。

 

 明日には正体不明の化け物と戦うことになるかもしれず、更に明後日には、組座戦なる異能者同士での試合も控えている。

 そうした状況において、俺は自分が持つ能力を、今一度しっかりと確認しておく必要があった。


 体力の無尽蔵さについては、一日中移動をしても全く疲労感を覚えていないことから、だいたいではあるが察しはついていた。

 となれば、まずは単純な筋力の、上方修整の具合を確かめるべきか。

 

 取りあえずの目標を定めた俺は、まず現在の脚力を調べるため、川岸に一本だけ離れて生えていた木へとスタンディング・スタートからダッシュをする。

 直後、全身へとぶつかってきた強烈な向かい風と、瞬く間に後方へと流れていく景色に、驚きから面食らった俺はもんどり打って転倒する。

 どうやら、俺はオリンピックでも軽々優勝を狙える程の、常識外れな俊足を獲得していたようだった。

 

 顔面から激しく倒れ込んだ俺は、剥き出しの岩場を10メートル近くヘッドスライディングしてしまう。

 それでも、叩き付けた右の頬が軽く()り剥けただけで、怪我らしいケガはほとんどなかった。


 思わぬ形で肉体の物理的な丈夫さを再確認しつつ、俺は気を取り直して走り込みを続行する。

 そして、深夜の猛練習を重ねること、小一時間。

 どうにか感覚を掴んだ俺は、危ういながらも転ぶことなく、全速での疾走が可能なまでに上達していた。

 ちなみに、跳躍力は身長の三倍近くまで確かめたところで、少し怖くなって止めた。

 

 次に、俺は腕力の方の調査に移った。

 手始めに、近くに落ちていた拳大の石を拾って、片手で握り締める。

 力を入れた瞬間、指先はその中へと陥没(かんぼつ)し、石は粉々に砕け散った。

 

 指や手のひらには若干の違和感はあるが、痛みや傷は全くない。

 やはり、握力も含めた腕の力も、だいぶ強化されているらしかった。


 続けて、俺は河のすぐ脇に鎮座していた、自分と同じくらいの大きさの巨岩の(そば)へと寄る。

 苔生(こけむ)した岩肌を撫でて感触を確かめた後、一息を入れて呼吸を整える。

 気合を注入し終えた俺は、低く腰を落として踏ん張りをつけ、凹凸の多い岩の壁へと正拳突きを繰り出した。


 叩き付けられた強烈な一撃に、小山のような岩はぶるりと身震いをする。

 だが、それは元の位置から微動だにせず、拳が命中した箇所へと細かい亀裂が入るに留まっていた。


 標的を捉えた指の背には、染みるような痺れが広がっていく。

 

 流石に、素手で自分より大きな岩を砕くのは無理があるか。


 俺は骨へと響く衝撃に(うめ)きながら、赤みを帯びた右手を開いて振るう。

 と、そんな俺の醜態を嘲笑うかのような、静かな含み笑いが夜の空気を震わせた。


「ダメよ、そんな力任せなんて。そんなのじゃ、岩どころか、ちょっと手強いあやかしにも勝てないわよ」


 不意に響いた声に、俺は腕の痛みも忘れて後ろを振り向く。

 

 腰ほどの高さに競り上がった、段差状となっている岩場の上。

 そこに、白い月光を全身に帯びながらしどけなく腰かける、サクラと呼ばれていたあの白衣の少女がいた。

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