そうだ、遠征に行こう
組座戦の人員を確保するため、『付喪狩り』なるものへと出立したのは、翌日の日の出前だった。
夜逃げのように社を抜け出した俺達は、央都の一帯を囲む壁に作られた門のひとつへと向かう。
そこに詰めていた眠たげな門番と、トヨが手短かな交渉を行った後、俺達は扉の外への通過を許可された。
昨日の騒動後、トヨは帰路へとつく前に、何やら役所めいた建物へと寄っていた。
そこで、既に央都の外への遠征と、付喪狩りの申請はしていたのだと、彼女は鼻高々に俺へと語った。
「あの鳥の巣頭が、まともに勝負を挑んでくるはずはないって予想はしていたしね。万が一に備えて、戦力増強のための手は打っておいたのよ。どう、陸海? 少しはあなたのご主人様の神様を、崇める気にはなったかしら?」
「そうだな。俺の荷物を少しでも分けて持ってくれれば、もうちょっとは尊敬できるかもしれないんだが」
野原に敷かれた砂利道を、軽やかに後ろ歩きしながら笑いかける彼女へ、俺は背中で眠りこけるいろりを担ぎ直しながら嫌みを垂れる。
トヨは旅立ちに当たって、ちょっとした食料や携行品などを入れた、布袋や行李という木箱を用意した。
その大半は俺達の最後尾に付いている玄月が携帯し、残りを俺が受け持つという形になっていた。
ただ、俺には特大の専用の荷物として、一人の少女が加えられていた。
あまりにも朝早くの出発であったため、いろりはまだ夢の中にいた。
無理に起こしても機嫌を損ねてしまうが、かといって、まさか置いていく訳にもいかない。
なので、彼女が眠るのに飽きて目を覚ますまでの間、一応の保護者である俺が背負って移動することになっていたのだった。
無理をしてまで、夜の暗さが残る未明に行動を開始した理由を、トヨは「ウカマドの妨害を避けるため」としていた。
「私達が央都の外へと出るなんて知ったら、別の新生者を手に入れようとしているって、すぐに勘付かれるはずよ。そうなったら、あっちも絶対に妨害をしてくるでしょうし、こういう時は常に相手の先を行くのが肝心なの、うん!」
遠出の準備を行っている最中、彼女は不平を零す俺へと、そう自信たっぷりに説明していた。
そして、その自負に満ちた解説と合わせて、俺は付喪狩りなる行為の内容と目的を、懇切丁寧に口を酸っぱくして伝えられた。
この中つ島には、俺が直接に相対したぬりかべや座敷童といった妖怪も含めた、『あやかし』が溢れている。
そうしたモンスターの中には、生物ではない肉体を持ちながら、生き物のように活動する存在もいる。
そんな種類のあやかしを、この世界では『付喪』と呼称しているとのことだった。
器物などに瘴気が蓄積することで生まれる付喪は、人に害を為す行動を取る場合が多いという特徴を有している。
また、彼らは討伐によって消滅した際、新生者を生じさせるための道具である『造図面』を、稀に落とすという話だった。
「今から転生者や創生者を揃えようと思っても、情報もあても何もない今の状況だと、ほとんど不可能に近いわ。でも、ここからすぐ近くの地域に最近、大型の付喪が出現したって噂があるの。そいつを私達で倒して、図面を手に入れられれば問題は一気に解決よ!」
「けど、お前の耳にも入るくらいなら、他の組座とかもそいつを狙ってんじゃねぇのか?」
「それが詳しくは知らないんだけど、その付喪は姿を眩ませるのが得意らしいのよ。だから、もう討伐したって話も聞かないし、まだ充分に間に合うはずよ」
「だったら良いが……それってつまり、俺達が行っても見付けられずじまいになる確率のが高いって、そういうことにならないか?」
「何を言ってんの、心配ないわ! だって、私達には『幸運のお姫様』がついているじゃない、うん!」
こちらの苦言を杞憂とばかりに笑い飛ばし、トヨは俺の傍で眠そうに船を漕いでいたいろりへと微笑みかけた。
結局のところ、全ては運頼りであると、そういう結論であるらしかった。
計画性があるのかないのか判然としない彼女の判断に不安はあったものの、こちらに代案があるはずもなかった。
なので、俺は自らの主人でもある組頭の決定に、不承不承ながらも従うしか他になかった。
こうした事情で執り行われる流れとなった物騒な遠足は、しかし、当初の心配が嘘のように順調に進んでいった。
央都から離れるに連れて、次第に道路の舗装は荒くなり、辺りは鬱蒼とした草木の群れに覆われ始めた。
手入れのされていない道端には、見覚えのない何種類もの花々が咲き誇っている。
路傍を埋める色とりどりのそれに、まるで蜜へと惹かれる蝶のように、ようやく起床していたいろりは小走りで駆け寄っていった。
「ちょ、いろり離れちゃ駄目! どこにあやかしが潜んでいるか分からないし、危ないわよ!」
慌てて飛ばされたトヨの注意に、しばらく草むらの上へと屈んでいた彼女は、急ぎ足で戻ってくる。
定位置である俺の横へと戻った彼女の手には、積み取られた数輪の花が握られていた。
途中の休憩を兼ねた昼食には、玄月が持参していた弓矢で狩った野兎の焼肉が、メニューへと新たに追加された。
彼が小刀で獲物の皮を剥ぎ、内臓を取って血抜きするなどして下処理をする様は、ややグロテスクではあるものの見ていて興味深かった。
だが、愛らしい小動物を慈悲もなく仕留め、その亡骸を表情一つ変えずに捌く眼帯の大人に、いろりはトラウマにも近い恐怖を抱いてしまっていたようだった。
食事を済ませ、見晴らしの良い野原の木立で休んでいると、どこかへ行っていたいろりがやってきた。
ほんのりと高揚させた頬に、ぎこちない笑みを浮かべた彼女は、おずおずと俺に両手を差し出す。
そこには、彼女が道中で摘み取っていた数輪の花が、互いに茎を絡み合わせて輪の形へと編まれていた。
突然の花冠へと面食らう俺に、いろりを追ってきたトヨが笑み混じりに告げる。
「彼女、摘んだ花でそれを作ろうとしてたみたい。私がやり方を教えて上げたんだけど、どうやら、あなたに贈りたかったようね。良かったわねぇ、お父サン」
「そうか……ありがとうな、いろり。お礼に今晩の分の煮豆は、お前に全部上げるからな」
「不思議と恩を仇で返された気分なんですけど、どうしてかしら?」
半眼から差される冷たい眼差しをやり過ごしつつ、俺はいろりの頭の上へと右手を差し伸べる。
優しく叩くように髪を撫でられた彼女は、更に頬へと赤みを差して、くすぐったそうに小さく身を捩らせた。
よっぽど、トヨ産の豆をたくさん食べられるのが、嬉しいのかもしれなかった。
いろりからのプレゼントは、彼女からの期待の眼差しの手前、頭に乗せるしかなかった。
花の冠を頂く俺に、トヨはニヤニヤとしながら「似合ってるわよ」と感想を述べ、玄月は無反応ながらも微妙な薄笑いを浮かべていた。
昼休憩を挟んだ午後の行軍は、やがて突き当たった幅広の河川に沿って行われた。
広い河原を歩いていた途中、俺は悠々と流れる川面へと、頭部に藻らしき塊を乗せた、巨大な蛙らしき頭が浮かんでいるのを目撃した。
トヨによると、それは『河童』という妖怪であるらしかった。
道中、彼女は常にあやかしによる襲撃を警戒していたが、結局目的地に付くまでの間に遭遇したのは、河の中からこちらを眺めていたその相手だけだった。
途中で歩き疲れたいろりをおんぶしてから、小一時間程。
降り注ぐ陽光も夕陽の柔らかさを帯び始めた頃、先頭を歩いていたトヨが唐突に足を止め、付き従っていた俺達を振り返った。
「さて、この辺りね……。さあ皆、いよいよもって到着よ! 長い旅路でお疲れとは思うけど、今からはもっと気合を入れて頑張ってもらうわよ!」
瞳を輝かせて活を入れる彼女の、指し示す先へと俺は目を移す。
大河の脇には、そこに合流している一本の傍流と、それが縦に裂いている奥深い森があった。
木々が等間隔を置いて密集し、まるで夜のような陰を湛えているその小高い山こそが、例のレアな付喪の生息域だそうだった。




