決戦は、また会う日まで
「おい、貴様ら!! いったい、そこで何を騒いでいる!?」
戦いの火蓋が切って落とされようとした刹那、鋭い怒声が轟き渡る。
強烈に耳朶を打つ叫び声に、拳を交えようとしていた俺とスキンヘッドは、同時に動きを止める。
声が飛んできた方からは、人混みを左右に分けて直進してくる、四つの人影が見える。
やがて、凍り付いた俺達の前へと現れたのは、昨夜の日本庭園でも世話になったのと同じ、揃いの紺の制服を身に付けた男達だった。
確か、警非違使とかいう、この世界の警察的なポジションの奴らだったか。
彼らに関する記憶を俺が懸命に思い起こす中、その一団の先頭にいた男はそこにいる全員を睥睨し、赤く染められた鉢巻きの下で目尻を鋭く吊り上げた。
「お前達、双方とも組座の者だな!? 組座同士での私闘は、央都では御法度であると知らぬ訳ではないだろう!? 事と次第によっては、ただでは済まされぬぞ!!」
威厳と激情に満ちた一喝に、ワカメ頭の青年とその手下達、そしてトヨまでもが慄然として身を強張らせる。
どうやら、通りのど真ん中での喧嘩を見付かってしまったのは、どちらにとっても非常に都合の悪い事態であるようだった。
鬼のような形相に燃える双眸に、その場の全員が返答に窮して口を噤む。
周囲を押し包む息苦しい沈黙に、痺れを切らした赤鉢巻きの男は、再び大口を開けて息を吸い込む。
重ねての怒号が通りへと響きかけた瞬間、嫌に明るく弾んだ笑い声が、機先を制して上げられた。
「いやいや、お門違いですよ看督長殿! 我々はただ、とある事柄について話し合いをしていただけに過ぎません! そんな、天下の往来で暴力沙汰を起こそうなど、滅相もない!」
寸前で発言を止められた赤鉢巻きの男は、高らかに潔白を主張するワカメ頭の青年へと注意を向ける。
自分へと浮かべられた満面の笑みをジロリと睨み、彼は自身の豊かな口髭を大きな鼻息で揺らす。
「宇迦真途の組頭か……。警非違使に齎された知らせには、何やら殺伐とした不穏な気配でいがみ合っていると、そうあったのだが?」
「市井の者達へと不安を与えたことについては、誠に不徳の致すところではあります。ですが、それも我々の交わしていた話の内容が、互いに熱しやすかったものであったが故。努々、誤解なきよう謹んでお願い致します」
「ほぅ。では、その血気に逸る程の談議とは、いったいどのようなものであるのか?」
疑い深げな赤鉢巻きの男からの問いに、ワカメ頭は少し困った風に目を見開く。
しばし右上の虚空へと視線を泳がせた後、彼は朗らかな微笑を相手へと返した。
「近日中の『組座戦』について、であります。試合条件の交渉において、少し互いの要求が合わないところがありまして。そこで、どちらの希望を優先すべきか、白黒をはっきりとつけるため、こうして話し合いの場を設けていたのですよ」
「え……!? ちょ、ちょっと、待――――!!」
「そうだろう、名も無き創生者君? どうやら、実力によって甲乙を定めるのに、えらくご執心らしい君のことだ。私達の挑戦を、受けてくれるよね?」
咄嗟に上げられたトヨの声を抑えて、ワカメ頭の青年は俺へと叫びかける。
こちらをじっとりと見下ろす彼の目は、仄暗い光を帯びて、底意地の悪そうな形へと細められている。
相手が何を企んでいるのか、良くは分からない。
だが、俺の側から宣戦布告をしていた以上、その露骨で明け透けな挑発を、大人しく見過ごすという選択肢はなかった。
「ああ、上等だ……組座戦だろうがなんだろうが、受けて立ってやろうじゃねぇか!!」
「なるほど、良い答えだ! であれば、試合の期日や試合形式は追ってこちらから伝えるが、それで構わないね?」
「勝手にしろ。今度はどんな汚い手を使うつもりか知らないが、精々その変な髪の乗ってる頭で、必死こいて考えてくるんだな」
嘲笑を混ぜた俺の返しに、再び相手の組座連中の間へと緊張が走る。
顔を赤黒く染めてこちらへ詰め寄るスキンヘッドを、ワカメ頭は短い掛け声で注意する。
色めき立つ部下達を落ち着かせた彼は、成り行きを監視している警非違使達、そして自分を睨み付け続けている俺へと、均等に笑みを振り撒いてみせた。
「いやはや、少々の問題はありましたが、無事に話も取りまとめられたようで何より! では、私は所用があるので、これにて。警非違使の皆様には、態々のご足労となってしまい、申し訳ございませんでした。じゃあ、トヨ君とその創生者君もまた近い内に、ね」
早口で勝手に話を締め括ったワカメ頭の青年は、難しい顔で睨みを効かす赤鉢巻きの男へと一礼する。
伏せた面を上げる際、こちらを意味深な横目で流し見た彼は、そのまま颯爽とした足取りで俺達の前から去っていった。
彼の手下達もぞろぞろと主人の後を追い、やがて彼らの陰は人混みの彼方へと消えていく。
その背中を黙視していた赤鉢巻きの男も、最後に俺達の方を一瞥し、引き連れていた部下達と共にその場を後にした。
流れを塞き止めていた壁のなくなった通りは、瞬く間に以前と同じ光景へと戻っていく。
周りへと押し寄せる雑然とした喧噪の中、俺は深い溜息を漏らして後ろを振り向く。
そして、いろりを抱き寄せた恰好で、ポカンとした面持ちでこちらを凝視しているトヨに、俺は改めて尋ねた。
「なあ、今更ではあるが…………組座戦って、何だ?」
「知りもしないのに……私を差し置いて、一人で決めてんじゃないわよ、この大馬鹿ぁっ!!」
苦み走った微笑みを浮かべる俺の頭に、彼女は震えた怒声と共に、衣服を詰めた袋を振り降ろす。
間違いなく数センチは身長が縮んだであろう、ものすごい衝撃と力だった。




