宣戦布告
決然として突き付けられた要求に、トヨは強張った半笑いに頬を凍りつかせる。
「あの、いやぁ……幾ら、ウカマド先輩の頼みでも、それは…………。というか、そんなことを、いきなり言われても、困っちゃうというか…………」
彼女は視線を虚空へと彷徨わせながら、歯切れ悪く言葉を濁す。
トヨにとってもいろりは、運良く仲間に引き入れられた、自分のチームへと幸運をもたらしてくれるのを期待できる相手である。
そんな貴重な存在を、頼まれたからと言って、はいそうですかと譲り渡せないのは、当然過ぎる程に当たり前の反応だった。
返答に窮する彼女の様子に、癖毛の青年はやれやれと肩を竦め、背後へと声をかける。
リーダーからの端的な合図に、後方へと控えていた若い女性が歩み出る。
頭へと羊の物と思しき角を生やした彼女は、小脇へと抱えていた鉄枠の嵌まった木箱を、無言のままこちらへと向けて開く。
藪から棒に見せつけられた箱の中には、今日の依頼でトヨが受け取っていた物と同じ紙片が、隙間なくぎっしりと収められていた。
「もちろん、只でというつもりはないさ。もし、僕の申し出を受け入れてくれるつもりなら、ここにある分を全て前金として渡そう。そして、後日受け渡しの際には、この二倍を払うと約束するよ」
唐突に提示された交換条件に、こちらは二人揃って愕然とする。
しかし、俺が自分の耳を疑ったのに対して、トヨの方はどうやら、自らの目を疑っているようだった。
「え、なっ……そんな、にっ…………!? いや、でも、だけど、彼女は私達の大切な仲間で―――― 」
「人員の欠乏が心配なのかい? だったら、僕の配下の新生者を二・三人、無償で君の組座へと異動させよう。その場合、対象となる者は、予めこちらで選別させてはもらうけどね」
畳み掛けるように重ねられた追加条件に、トヨは口を半開きとして言葉を失う。
半ば放心して棒立ちとなる彼女に好機と見たのか、癖毛の青年は駄目押しとばかりに追い撃ちをかける。
「君が、その新生者を手もとに置いておきたいのは良く分かる。だが、考えてもみたまえ。どれだけ幸運に恵まれようとも、それを活かしきる力を欠いていては、それは正しく猫に小判。宝の持ち腐れというものだ。しかし、僕にはその運気を十全に活用できる地力と、君をその恩恵に与らせられる余力がある。僕には運を、君には力を。これこそが、お互いの組座にとって最も望ましい選択であると、聡明な君なら分かるはずだ。そうだろう、トヨ君?」
通りに響き渡る朗々とした演説は、揺るぎない自信と確信に溢れていた。
淀みなく歌われる彼の持論を聞きながら、俺は相手の恍惚とした表情を静観する。
と、俺は腰の辺りにしがみ付いていたいろりが、前よりも強く服を握り締めているのに気付いた。
俺の背中にぴったりと身を寄せた彼女は、半分だけ覗かせた顔から、涙ぐんだ大きな眼で癖毛の青年を見つめている。
いろりが話の内容を理解しているのか、表情からは読み取れない。
それでも、彼女が大きな声で騒ぐ目の前の大人を本能的に怖がっているらしいのは、どちらかと言えば子どもの苦手な俺でも容易に理解できた。
想定外の展開に思考が付いていけないのか、トヨは茫然自失として固まっている。
間の抜けた顔で立ち尽くす彼女に代わり、俺は余裕綽々とした雰囲気を帯びてる癖毛の青年へと、それとなく尋ねた。
「なあ、ちょっと良いか? さっきから聞いてりゃ、いろりを大金で買おうとか、こいつの代わりに自分のところの奴をやるだとか……お前、こいつらのこと、いったい何だと思ってんだ?」
こちらの質問がよほど予想外だったのか、癖毛の青年の顔は一瞬、真顔へと戻る。
煙たそうな皺を眉間へと寄せた後、彼は軽薄な微笑でそれを塗り潰し、業とらしく笑ってみせた。
「いやいや、誤解しないでくれ。僕だって別に、新生者達を軽んじるつもりじゃない。元は人外の者達であったとはいえ、新生を果たした以上は権利を持つ一個の人間として、我々の社会へと迎える。それぐらいの常識と良識は、僕のような責任ある者も当然として―――― 」
「ああ、そうか。じゃあ、ちょっと待ってくれ」
重々しく述べられる語りを止め、俺はいろりの名を呼ぶ。
おどおどと面を上げる彼女へと、俺はゆっくりとした口調で訊いた。
「なあ、お前は俺達と一緒にいるのより、あいつらの所に行く方が良いか? 俺達とサヨナラして、あの変な髪型のお兄さんのとこに行きたいか?」
何気ない俺からの問いに、細められていた両目が大きく見開かれる。
直後、彼女は力の抜けていた顔へと緊張を漲らせ、髪が乱れるのも構わず激しく首を左右へ振ると、今までよりも更に強く俺の腰へと抱き付いてきた。
その痛い程の抱擁を受けながら、俺は軽い溜息を吐いて癖毛の青年へと視線を戻す。
「あー、悪いな。彼女はどうやら、そっちの組座とかに入るのは絶対に嫌だそうだ。新生者の権利とやらを熟知しているお偉いあんたなら、こいつの意見も尊重すべきって分かってくれるよな? だから―――― 」
淡々と流していたセリフを一旦切った俺は、呆けた面持ちでこちらを眺めている彼へ、苛立ちと怒りを籠めた低い怒声を吐きかけた。
「さっさと、そのふざけた金と面を仕舞って失せやがれ。この、ワカメヘアーのロリコン野郎」




