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いろりについて

 異界的な採寸サービスを受けた後、俺達は奥の部屋へと案内される。

 他の客の姿もちらほらと見えるそこには、様々な種類の衣服が、幾つもの棚に分けて取り置かれた。


 初めに、俺は男物の衣服を置いているエリアで、自分の趣味に合う物を適当に見繕(みつくろ)った。

 意外なことに、店の商品には着物の他に、洋服らしき作りをした上下も備えてあった。

 トヨによると、俺のような現代の日本から渡ってきた創生者などが、そういった物を好んで買い求めているとのことだった。

 

 彼女の意見も参考にして選んだ一式を、近くにいた店員へと伝える。

 店側が把握している俺の詳細なサイズを元に、オーダーメイドの分を用意してくれるとの話だった。

 

 俺専用の服が出来上がるまでの間、今度はいろりの分を揃えることになった。

 女の子用の物は、女性物の棚の並びの一角にあった。

 正直、俺としてはトヨに後を任せて、別の場所で待っていたくもあった。

 しかし、いろりは俺の傍から絶対に離れようとはしなかった。

 なので、必然的に俺もまた、男子禁制的な空気の漂うその領域へと同行せざるをえなかった。


 他の女性客が通り過ぎ様に送ってきた物珍しげな視線に、俺は居心地の悪さから秘かに溜息を漏らす。

 そんなこちらの気も知らず、トヨは次々と棚から衣服を出しては、嬉々としていろりに(あて)がっている。

 輝きと高揚感に満ちたその瞳は、お気に入りの人形を着せ替えて遊ぶ少女のそれに似ていた。


 幼稚な興奮からはしゃぐ彼女に対し、当の本人であるいろりは、新しい服にまるで興味がない風に見えた。

 棒立ちで為されるがままとなっていた彼女は、横に立つ俺を時折横目で見上げる。

 (すが)るような色を帯びたその眼は、彼女の心細さと不安とを、言葉もなしに雄弁に物語っていた。


 いろりが一言として声を発しないことについて、トヨは特に問題はないとしていた。


「妖怪や付喪は新生した時点で、この世界に関する最低限の知識は得ているらしいわ。だから、いろりもその内、言葉だって話せるようになるはずよ。もっとも、彼女の場合は本人がまだ小さいのと、妖怪だった頃の周りの環境とかも影響しているんだろうけど」

「それって、あの人形だらけの家のことか? てか思ったんだが、ひょっとしてあそこに住んでた隠居の爺さんって、こいつに気付いてたんじゃないか?」

「たぶん、でしょうね。ご家族の人は何も聞いたり見たりはしてなかったそうだけど、その先代の当主さんだけは、自分の家に住んでいる彼女に気付いていたんじゃないかしら。だから、臆病で人見知りな彼女を驚かせないように誰にも話さず、遊び相手になる人形を集めていったんだと思うけど」

「だとしたら、ボケたと勘違いされ兼ねないのに、よくもまあ、あそこまで頑張ったもんだ」

「だけど、そんな好意も彼が亡くなった後には、裏目になってしまったてたかもしれないわね。蒐集(しゅうしゅう)された人形は家族にも気味悪がられて、結果として離れには誰も近寄らなくなった。だけど、この子はあの家に留まり続けた。あの人形達を手放せなかったのか、自分に良くしてくれた相手の帰りを待っていたのか…………どちらにしても、そんな孤独と寂しさに満ちた状況が、彼女を変異させる程の瘴気を生んでしまったのかもね」


 彼女の見立てが正しいかどうかは、分からない。

 だが、問題の座敷童であった目の前の少女が、うっかり触れば砕けてしまいそうな程に、(もろ)く繊細な心の持ち主であるというのは、俺にも理解のできる事実だった。


 もしかしたら、いろりも本当は、見知らぬ男である俺を恐れているのかもしれない。

 だとすれば、それは裏を返せば、そんな相手を頼らざるを得ないくらいに、今の彼女は支えと助けを必要としているとも言えるだろう。


 どうにも一筋縄ではいきそうにないお互いの関係性に、俺はやるせない倦怠(けんたい)感に肩を落とし、服選びに興じるトヨから目を逸らす。

 やり場なく辺りへと彷徨(さまよ)わせた視線は、ふと、遠目からこちらを眺めている男性を捉えた。

 

 通路脇の物陰に立っていた彼は、口を半開きとして、いろりを一心に注視していた。

 皺の寄った眉間の下から放たれる熱視線には、言葉を失う程の当惑と驚愕。

 そして、今にも喉から手を伸ばしてきそうな、物欲しそうな羨望(せんぼう)の色が滲み出ていた。


 眼前で着物合わせする幼い少女を忘我(ぼうが)となって凝視していた男は、やがて自分へと合わされている怪訝(けげん)そうな眼差しに気付く。

 息を呑んで顔を伏せた彼は、慌てて近くの商品を適当に(いじ)った後、足早にその場から去っていく。

 不審な猫背が表の方に消えていったを見届け、俺はあまりの気分の悪さから舌打ちを漏らした。


 客観的に見ても、いろりは相当に人目を引く、それこそ人形のような可愛らしい容貌をしていた。

 他人へと好意や保護欲を抱かせるその恵まれた特徴は、しかし、無用な注目やトラブルを集めやすい欠点を備えてもいた。


 いろりを仲間としたのも、彼女に懐かれたのも、決して俺が望んだことではない。

 だが、その本人を新生者として人の姿にしたのは、この俺の手であるのも間違いない。

 だとしたら、彼女が普通に生活を送れるようになるまで守り、面倒を見るというのが、実行者としての最低限の責任であるのかもしれなかった。


 そうして静かに決意を固めていた俺は、不意に鼓膜を揺らしたトヨの声に我へと返った。


「お待たせ、陸海。本人も気に入りそうなのが幾つかあったから、取りあえずは全部買っていくことにするわ。あなたも見てみる?」

「いや、そっちに任せる。そういうのは、俺には良く分からないしな」

「何よ、連れないわね。娘の晴れ姿に興味ないとか、父親としての自覚に欠けるんじゃない?」

「もうそのネタは良いっつーの! てか、こいつはここで着替えて帰るのか?」

「そうしたいところだけれど、あなたが見える所にいないと、ぐずっちゃうのよね。あなたも試着室に入ってくれるなら、大丈夫なんだけれど」

「俺が大丈夫じゃないから、お願いだから帰ってからにしてください…………」


 長い拘束からようやく解放されたいろりは、一目散に俺の元へと駆け戻ってきた。

 勢い良くこちらの腰へとしがみ付き、無言のまま腹の上へと顔を(うず)める彼女に、俺はその強烈な頭突きにたじろぎつつも、その小さな背中を優しく叩いて(なだ)めてやった。


 その後、丈の調節が終わっていた俺の服とまとめて代金を支払い、俺達は店を後にした。

 外は少し陽光も柔らかになっており、夕方の明るさに包まれつつあった。

 

「う~ん、思ったより時間を食っちゃったわね……。急がないと遅くなっちゃうし、早く次の所に行きましょう!」

「まだ、買い物するのかよ。こっちも荷物はいっぱいだし、日を改めても良いんじゃねぇか?」


 現に、俺の両腕は購入した衣服を詰めた布袋で、既に(ふさ)がっている。

 別にそこまで重くはないものの、これ以上に荷物が増えるのは面倒だった。

 俺からの苦言混じりの提案に、トヨも顎へと指を添えて思案を始める。


「それもそうね……。今日は、いろりの歓迎会も兼ねてご馳走にしようかと考えてたけど、また明日にでもして、今日も私が準備すれば―――― 」

「よし、早速行くぞ!! 持ち切れなければ、俺の背中にでも乗せれば良い! ありがとういろり、今夜はお前のお陰で、まともな食事ができる! お前は本当に、俺達に幸運を運んできてくれたんだな!!」

「あんただけ、献立は昨日と同じにするわよ?」


 目を白黒とさせるいろりを連れ、俺達は繁華街にあるという市場を目指す。

 変わらず混然としている通りを歩いていた途中、俺はふと、衣服店で目にした不審者の事を思い出した。


「なあ、トヨ。変なことを聞くようだが、こっちの世界にもやっぱ、ロリコンとかいるのか?」

「ろりこん? 何それ、動物とか妖怪?」

「まあ、当たらずとも遠からずではあるが……例えば、こいつみたいな小さな女の子だけに興味を持ってるような、そんな変わった趣味の(やから)で―――― 」

「やあ、トヨオゲ君。随分と久しぶりだね、元気だったかい?」


 疑問符を浮かべるトヨへ行っていた説明を、唐突に朗々(ろうろう)とした高い声が断ち切る。

 気付くと、通りには俺達の行く手を(さえぎ)るように、数人の男女が壁を築いていた。


 突如として立ち(ふさ)がった彼らの中央には、先程の発言の主らしき、長身の若い男が立っている。

 妙に鼻に突く恰好で俺達を見下ろしながら、彼は不敵な薄笑いを刻んでいた口を、おもむろに開く。


「さて、久方振りの再会に華を咲かせたいところではあるんだが、その前に折り入ってお願いがあるんだ。君の連れているその子を、僕達に譲ってはくれないかな?」


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