失われし服を求めて
こじんまりとした外観に反して、思った以上に広がりのある店内には、多くの棚が並べられていた。
床の上で列を作るそれらには、巻物のように丸められた色とりどりの布が、山となって詰め込まれている。
外見と同様、その店は室内もまた、うるさい程の色彩の洪水に呑まれていた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用向きでしょうか?」
異様な内装に俺が呆気に取られていると、抑えられながらも良く通る声が響く。
声の方に目を向けると、部屋の奥に掛けられた暖簾の下から、品の良い和装の女性が姿を見せた。
楚々とした足取りで応対に出てきた彼女は、三人連れの来客へとにこやかに微笑みかける。
綺麗に整えられたショートカットの頭頂には、小さな三角形をした獣の耳が付いていた。
応対してきた妙齢の半獣らしき店員に、トヨは挨拶もそこそこに俺達を指し示す。
「こんにちは。今日は、この二人の服を見繕いに来たんだけど」
「畏まりました。では、奥へとご案内する前に、こちらで寸法を測らせていただきます」
「あっあ、ちょっと待って! その前に、話しとかないといけないから!」
俺といろりの方へ歩み寄ろうとしていた彼女を呼び止め、トヨは素早く俺の隣へと移る。
こちらの耳もとへ顔を寄せた彼女は、嫌に真剣そうな面持ちを作ってみせた。
「いい? これからちょっとくすぐったい目に遭うけれど、変に騒いだり暴れたりなんかせずに我慢しなさいね! そんなことになったら、私の組座の創生者は身の丈も測れない臆病者だなんて醜聞が流れちゃいかねないし」
「は......? いやいや、これから俺達、どんな目に遭うってんだよ?」
「とにかく、あんたは頑張ってじっとしておけば良いの! いろりも見てるんだから、頼り甲斐のある父親らしく、どーんと構えておきなさいよ!」
「だから、こいつの親父になった覚えはない!」
こちらの質問と反論にも全く応えず、トヨは控えていた獣耳の店員に謝りを入れる。
ようやく許可を得た彼女は、「それでは失礼します」と断り、俺へと両腕を差し出す。
瞬間、前へと向けられた両袖から、二つの影が跳び出す。
それは、仔猫ほどの大きさをした体を、小麦色の短い毛で覆った、イタチに似た胴長の動物だった。
店員の両袖より発射された謎の小動物は、面食らう俺の足もとへと跳び付く。
続けて、その二匹は俺の脛や膝へと、長い胴体を擦り付けるようにしながら、それぞれの足を駆け登り始めた。
両足を爪先から上がってくる不気味な重みに、俺は反射的にそれらを振り払いかける。
しかし、ふと視界の端へ映った、薄笑いを浮かべるトヨの脇で、目を大きく見開いて驚いているいろりの顔に、振り上げかけた腕をハッとして止める。
何かは良く分からないが、恐らくこれは、服を購入するに当たっての必要事項なのだろう。
だとすれば、いろりにもまた、後で同じことが為されるに違いない。
なのに、目の前で俺が拒否をしてしまえば、彼女も激しく嫌がるであろうことは明白だった。
ここは、面倒事を増やさないためにも、お手本となって見せるしかない。
そう判断を下した俺は、大丈夫であるといろりに示すため、懸命に平静を装いながら仁王立ちを続けた。
やがて、こそばゆい違和感を必死に耐える相手に構わず、腰上で合流した二匹の獣は、俺の体を前後で挟み込むようにしながら旋回していく。
襟もと付近で再び別れ、肩先から腕の先端までを走破した彼らは、手の甲から息を合わせて跳躍する。
床に降り、店員の着物を駆け上がった二匹は、彼女の左右の獣耳へと鼻先を突っ込んだ。
「なるほど、分かりました。お客様の体格は、中の上のようです。裾や袖の細かい調節をご所望の際は、こちらで手を加えますので、どうぞお気軽にお申し出ください」
獣達の耳打ちを受けた店員は、朗らかにそう告げる。
信じ難くはあるが、どうやらあの二匹の動物は、俺の体のサイズを測っていたようだった。
異界の採寸方法へと驚き入る俺を前に、頭へと自らの助手達を乗せたまま、店員はトヨの方へ首を回す。
「では、次にそちらのお嬢様も、『すねこすり』達に規格を調べさせましょうか? 」
「いえ、この子はまだそういうのに慣れていないから、普通に現物と合わせて選ぶことにするわ」
「左様ですか。承知致しました」
トヨの返答に店員は一礼を返し、その動きに合わせて二匹の獣も襟の中へと消えていく。
そのまま終了の雰囲気となる会話の流れを、俺は急ぎ声を荒げて食い止めた。
「いやいや、ちょっと待て! 今の、もしかして絶対にする必要はなかったのか!?」
「そうね。この店が善意で行なっていることだから、苦手な人は断っても構わないのよ」
「なん......おま、何でそれ言わなかった!?」
「別に聞かれなかったしー? それに、時間の無駄が嫌いみたいなあなたなら、あれくらいのことで、すぐに服の大きさが分かった方が良かったでしょぅ?」
先程の俺の言い分を引き合いに出し、トヨは態とらしく訳知りっぽい口調で尋ねる。
こちらを小馬鹿にし切ったその顔は、「帰ったら俺がお前にスネコスリしてやる」という黒い感情を思わず抱くくらい、勘に触るものだった。




