対決、毛玉と人形軍団
庭へと並べられていたはずのおかっぱ頭の人形達は、既に影も形も無くなっていた。
少し前の騒ぎが嘘のように、穏やかな静謐を湛えている軒先へと立ち、俺は深呼吸をして暴れる鼓動を落ち着かせる。
離れの敷地内には、例の毛玉の姿も見当たらない。
見える範囲に敵影がないのを確認した俺は、竦んだ重い足へと鞭を入れ、開けっ放しとなっていた広間へと入っていった。
毛玉捕獲作戦の参謀であるトヨの采配で、俺は敵の陽動役へと抜擢されていた。
敵と直接に対峙し、危険な目に遭うことになるかもしれないのは、個人的には特に抵抗はなかった。
だが、もう一人の実動部隊である玄月は別行動を取り、状況を見て奇襲を行うとする配置には、少なからず不満を覚えずにはいられなかった。
「なんで、俺が一番危ない役回りをやってる時に、こいつは安全な場所で待ってることになるんだよ!? 不公平じゃねぇか!?」
「もう、子どもじゃあるまいし、つまらない駄々をこねるんじゃないの! あなたの創生者としての異能は、まだ肉体の並外れた屈強さと頑強さ、治癒能力くらいしか分かってないじゃない。だとすれば、適材適所としての判断からも、あなたが矢面に立った方が、最も無難に依頼を達成できるはずなのよ」
「じゃあ、お前も来いよ。餌は多い方が、向こうの目も引きやすいだろ」
「ばっ、冗談じゃないわよ! 私はこの組座の大将で、頭脳なのよ!? 後方で指揮を執る司令役がいなかったら、上手くいくのも全部駄目になっちゃうじゃない!」
「いやいや、そんなことはないって! 張りのある瑞々しい肌! やや小振りながらも豊満な胸! 噛めば噛む程に味が出そうな、綺麗で艶やかな髪! そんな、思わずむしゃぶり付いてしまいそうな蠱惑的な体なんかを前にしたら、あの人形達も食い付かずにはいられないはずだぜ! お前、もっと自分に自信もてよ!」
「え? そ、そうかしら? そこまで言うなら、ちょっと頑張ってみ、ないわよっ!! 私が酷い目に遭うこと前提じゃない、それ! 何を澄ました顔で、自分の神様を生贄にしようとしてんの!? 怖っ! 家の創生者、怖っ!!」
作戦を立案している最中、俺とトヨが押し問答をしている間も、話題の張本人である玄月は我関せずと沈黙を守っていた。
こちらの世界で出会って以来、無表情と無感動を片時も休まずに貫いている、黒づくめの眼帯少年。
彼の持つ異能については、今回の作戦の概要をトヨから告げられた際、俺も初めて知るところとなった。
確かに、彼の転生者としての能力があれば、群れで襲ってくる人形達も一網打尽にできるかもしれない。
そういう意味では、こちらも玄月の配役に文句はなかった。
だが、一番の問題は密な連携が必要となるその相手を、俺自身が信頼しきれていないことだった。
常に無愛想で言葉少なな彼は、知り合って日の浅い俺だけでなく、それなりに長い付き合いらしいトヨにまで壁を作っていた。
ただでさえ眼帯のせいで分かりにくい上に、普段から考えや感情の読み取りづらい面持ちをしている彼を、俺はどうにも信用に足りる仲間として捉えられなかった。
それでも、もっともらしい口実もない以上、一応は味方である玄月との協力を、頑なに拒む訳にもいかない。
最終的に、トヨの発案は全会一致で可決され、俺は単身、毛玉と人形の巣窟へと突撃する使命を担うこととなった。
予定通り屋内へと侵入した俺は、全神経を研ぎ澄ましながら広間を素早く見渡す。
薄闇に沈む室内には、ディスプレイ用の横長な台以外には、何も見当たらない。
やはり、奴らは毛玉野郎が潜んでいた、居間の方に戻っているのだろうか。
取りあえずの安全を確かめ、俺は殺していた息を解いて溜息を漏らす。
その時、冷や汗の滲んでいた俺の額を、何かが軽くなぞった。
不意の感触に声もなく驚き、俺は大きく身を仰け反らせる。
良く見ると、部屋中央のやや高い位置に、一房の捻じれた黒髪が垂れ下がっていた。
縦に伸びる歪な黒の線に沿って、ゆっくりと視線を上へとずらす。
そこには、高い天井を一面に埋める、闇よりも黒い大量の毛髪。
そして、その細い縄に縛られて折り重なるように吊り下げられた人形達と、彼女達の中心で胴体を蓑虫のように自縛し、天井へと横たわる毛玉の妖怪の姿があった。
身の毛もよだつ恐ろしい新発見に、俺は悲鳴も忘れて息を呑む。
瞬間、全ての毛の根元にあった球体に、二つの濁った目玉が浮かぶ。
真下で固まる俺を見つけた毛玉は、こちらに反応する暇も与えず、耳に刺さる鋭利な奇声を張り上げた。
親玉からの合図を受けて、物であるはずの人形達には、次々と生気が吹き込まれていく。
激しく身振るいしながら、雨あられとなって落ちてくる彼女達に、俺はようやく我へと返った。
床に転がった人形達が機械的な動きで立ち上がる中、俺は急いで隣の部屋へと移動する。
勢い良く襖を開けた俺を、台へと乗っていた別室の人形達は一斉に振り返り、乾いた双眸で注目していた。
背後では、既に出撃を終えた一群が態勢を整えつつある。
次第に高まっていく冷たい殺気と雑音に、俺は覚悟を決めて次の部屋へと跳び込んだ。
台の間を疾走していく侵入者に、いち早く反応した数体の人形が跳びかかる。
俺は咄嗟の判断から、どうにか急所を狙ったものは危うく躱す。
しかし、そのために動きが疎かとなっていた左腕に、死角から来ていた一体が食らいついた。
俺の二の腕を捕えたそれは、猛烈な顎の力で上下の歯を突き立てる。
恐らく、前の世界の俺だったら、ほぼ間違いなく骨ごと食い千切ぎられていただろう。
そう確信してしまう程に、その人形の噛み付きは強烈で、凄まじい痛みを伴っていた。
激痛に足を止めそうになりながら、俺は左腕へとしがみ付く人形を無理やりに引き剥がす。
袖の一部を咥えていった相手を明後日の方向へと投げ飛ばし、俺はそのまま別の部屋へと突進した。
そこでも待ち構えていた軍勢を蹴散らしながら、なおも止まることなく進撃を続行する。
最終的に、離れの部屋をほぼ全て走破した末、俺は家の中心に位置する居間へと追いつめられた。
囲炉裏の上へと立って身構える俺を、四方から並びの悪い犬歯を剥いた人形達が取り囲む。
やがて、床一面を埋める彼女達の間に、例の毛玉がぬうっと音もなく現れた。
完全なる包囲の完了した余所者を、それは毛の合間より覗く、小さな瞳で観察する。
どこか勝ち誇った感のある、余裕に満ちたその視線に、俺は睨みを返しながら地団太を踏む。
直後、鈍く軋む床の音に、毛玉は甲高い咆哮を轟かせる。
親分からの満を持した号令に、お預けを食らっていた人形達は、嬉々として眼前の獲物へと躍りかかった。




