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 毛玉と人形の住む館から脱出してから、小一時間程。

 不気味な静けさを保っている離れを望む、小高い丘の上で待機していた俺と玄月の所へ、母屋の方へと去っていたトヨが戻ってきた。

 

 大樹の陰で休んでいた俺達に駆け寄り、彼女は得意気に破顔して親指を立てる。


「吉報よ、二人とも。ご主人にさっきの件を伝えたら、あれの対処も私達に一任してくれたわ。上手くいけば、報酬も更に倍、いえ三倍増しよ!」

「ようし……やっぱ、そうこないとなぁ!」


 長らく待ちわびていた交渉結果に、俺は思わず快哉(かいさい)を叫んで跳び起きる。

 殺意に溢れた動く人形達や、その親玉らしき得体の知れない毛玉に、恐れを抱いていない訳ではない。

 だが、その足が(すく)むような恐怖も(かす)む程に、俺の心は期待に満ち、胸は興奮に高鳴っていた。


 元より、俺は創生者としての自分の力を、実戦の中で確かめたかった。

 予定とは若干異なるものの、その機会へと思いもかけず恵まれたのは、予想外の驚きであり喜びだった。


 思わずしたり顔でニヤつく俺の前では、報酬の倍増という成果を思い起こしたらしいトヨが、(ひそ)かにほくそ笑んでいる。

 共に意地汚い笑みを浮かべて笑いさざめく俺達に、独り鉄面皮となっていた玄月は、横合いから冷ややかな言葉を投げかけた。


「浮足立つのは勝手だが、あの家に住み着いていた『あやかし』を討伐できるという確証はあるのか? 俺は人形共を操っていたという奴を、直に見ていはいない。予断から下策を打って、返り討ちに遭いなどしたら元も子もないぞ」

「絶対とは言い切れないけれど、見た感じあそこに潜んでいるのは『妖怪』の(たぐい)っぽかったわね。他の人形達は、あれに操られて動いていたみたいだし、あの頭さえどうにかしてしまえば依頼は達成したも同然のはずよ」

「つまり、あの毛玉をやっつけてしまえば良いってことだよな? シンプルな話じゃねぇか」


 熱を帯びた高揚感を腹の底に燃え上がらせつつ、俺は拳を握り合わせて指の関節を鳴らす。

 (はや)る気持ちから俺が下した結論を、しかしトヨは(かぶり)を振ってあっさりと却下した。


「いいえ、あの妖怪は討伐しない。『輪廻(りんね)(かせ)』を使って、『新生』させるわ」


 意味と趣旨が良く掴めない発言に、虚を突かれた俺は目を(しばたた)かせるしかない。

 戸惑いを(あら)わにする俺の前で、トヨはおもむろに袖の中を(まさぐ)る。

 再び外へと出された彼女の右手には、紅白の細かい市松模様の装飾が施された、留め具の付いた幅広の紐が握られていた。


「これが、輪廻の枷。あなたが手伝ってくれた神託の報酬として、昨日手に入れていた物よ。この道具には、装着した対象の瘴気(しょうき)を浄化させる力が備わっている。つまり、これをあの妖怪に巻いてしまえば、おとなしくて従順な『新生者』として生まれ変わらせることができるって寸法よ!」

「新生者とは、人ならざる者……妖怪や付喪といった、あやかしと呼ばれる存在が人に近しい姿へと変じた者達のことを指す。俺のような転生者や、お前のような創生者となるまれびとではないが、神とも中つ人とも異なる者という(くく)りから、同種の存在として語られることが多い。頭に刻んでおけ」


 つまりは、モンスターを専用の道具で捕まえて、仲間にするといった感覚になるのだろうか。

 新しい異界の知識を俺が自分なりに解釈する中、玄月は珍妙な捕獲器具を掲げるトヨへと再度尋ねる。


「しかし、例のあやかしは新生させる程の者なのか? 央都の内の、しかも人家に隠れ住んでいたような小者に貴重な品を用いるのは、あまりにも早計に過ぎる気がするのだが」

「確かに、あのあやかしはお世辞にも、そこまで強力な力はもっていないかもしれないわ。でも、私の見方が正しければ、その能力はありふれた異能なんかよりも、稀有(けう)で素晴らしいもののはずよ! だから、是が非にでもあのあやかしは、絶対に私の手で捕まえるわよ!」


 手にした輪を力強く突き上げて豪語する彼女を、俺と玄月は共に怪訝(けげん)な面持ちとなって眺める。

 

 詳しいことについては、「後のお楽しみ」として彼女は明かそうとしなかった。

 トヨが何を考え、何の目的から、あの毛玉を味方に引き入れようとしているのかは知らない。

 ()にも(かく)にも、自分の力を発揮できる機会が出てきたのであれば、俺としては異存も異論もありはしなかった。


 そして、やや不服そうな玄月も交えた、手短な作戦会議を終えた後。

 燦燦(さんさん)とした陽光が降り注ぐ正午近くに、豊尾刈組による『毛玉のあやかし捕獲作戦』は、遂に実行へと移された。


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