表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/42

廃屋よりの脱出

 視界を黒一面に染める衝撃に、俺は後ろへと吹き飛ばされる。

 室内を蹂躙(じゅうりん)する爆風に混ざって、トヨの(かす)れた叫び声が響く。


「きゃっ! えっ、なっ、何!?」


 突然の炸裂音に身を(すく)ませる彼女の前に、俺は背中から床へと叩き付けられる。

咳き込みながら身体を起こした俺の眼前には、朦々(もうもう)と舞い上がる粉塵(ふんじん)

 そして、その灰色の煙の中、天井から垂れ下がる(かぎ)付きの棒にしがみつく、巨大な人毛の塊があった。


 縮みきった黒々とした長髪は、一本いっぽんが意識をもっているかのように、虚空へと別れて身を躍らせている。 

 無数の黒蛇の団塊からは、細い手足と、爛々(らんらん)と輝く双眸(そうぼう)が覗いている。

その様は、さながら生まれて一度も散髪をしたことのない、獣に育てられた野生児を連想させるものだった。


囲炉裏へと潜んでいた人型の毛玉は、眼前で凍りつく二人の侵入者を見定める。

 直後、それは汚らしい頭髪に覆われた体を震わせ、見えない口から不協和音の絶叫を轟かせた。


 鼓膜を破らんばかりの凄絶な叫びは、離れ全体を打ち震わせる。

 その余韻が闇へと消え去らない内に、部屋へと置かれていた数多の人形達が、一斉に身震いを始めた。

小刻みに全身を震わせる彼女達を見渡し、トヨは愕然として目を丸くする。


「まさか、これって全部付喪(つくも)……!? いえ、あの妖怪の気によって操られている――――!?」


 驚きから考えを口へと出していた彼女は、ハッとして自らの胸先へと目を向ける。

 そこでは、彼女が抱えていた人形もまた、小振りなおかっぱ頭を激しく左右に揺らしていた。

 

 やがて、激しく振り乱していた頭を止め、それは自分を抱いている相手を見上げる。

 次の瞬間、その人形は裂けた口から上下に生え揃った乱杭歯(らんくいば)を剥き出し、面食らっていたトヨへと跳びかかった。

 (いびつ)な並びの歯が、立ち竦む獲物の顔を捕えようとした寸前。

 伸ばした右手で(かろ)うじて髪を掴み取った俺は、暴れ狂うそれを即座に部屋の端へと投げ捨てた。


 四肢を振り乱しながら飛んでいく仲間の悲鳴に、周囲の人形達は唇を横に裂き、大口を開ける。

 ぎこちなくも素早い動きで床へと飛び降りる群れに、俺は棒立ちとなっていたトヨの腰を抱えて、半開きとなっていた襖の方へと駆ける。


 あの、人の形をした毛玉が何者で、どうして日本人形達が動き出したのかは分からない。

 それでも、この部屋に留まっているのが危険なことは、火を見るよりも明らかだった。


 居間から逃げ出した俺達は、向かいから歩いてきていた玄月と鉢合わせになる。 

 彼は隣室の騒ぎを聞きつけ、様子を見に来ていたらしかった。

 血相を変えて飛び出してきた二人に、彼は左目を細めて後ろに身を引く。

 たじろぐ相手の肩を擦れ違いざまに突き、俺は口早に叫ぶ。


「化け物だ、逃げろ! 人形も襲ってくるぞ!」


 相手が理解したかどうかを確かめる余裕もなく、俺はトヨを引き連れて広間を駆け抜ける。

 しかし、縁側へと差し掛かった所で、俺達は急停止を余儀なくされた。

 脱出先であった庭先には、前に運び出していた人形達が垣根を作り、出口を完全に塞いでいた。

 

 こちらを取り囲む口裂け人形達の熱視線に、俺の頭は一瞬真っ白となる。

 思考停止に陥りかけた俺は、左腕を強く引き、甲高い声で叫ぶトヨに現実へと引き戻された。


「こっちよ、急いで!! 勝手口からなら、まだ逃げられるはず!」


 (ほう)けていた俺を青白い顔で叱咤(しった)し、彼女は縁側の先へと駆けていく。

 後も振り返らずに走り去る細い背中に、俺も慌てて後へと続いた。

 

 後方からは居間から追いすがってきた群れと、庭で包囲網を作っていた一群が合流し、遁走(とんそう)する侵入者達を雪崩となって追跡してきた。

 それでも、獲物へと跳びかかる尖兵(せんぺい)達は、こちらの最後尾を詰める玄月が振るう箒の前に、いずれも叩き伏されてしまっていた。

 

 背後に凄まじい数の足音を聞きながら、俺達は全速力で曲がり角を越える。

 薄暗い廊下の遠目に見える突き当たりには、炊事場らしき部屋の一角と、その奥に置かれた屋外への出入り口らしき扉が見えた。


「あそこよ、走って! 外に出られれば、まだどうにかなるはず―――― 」


 トヨは弾ませた息を縫って、後続の俺と玄月を鼓舞(こぶ)する。

 いかにもリーダーっぽい彼女の発言は、しかし最後まで言い切らない内に、前方へと横の通路から溢れてきた人形の波に(さえぎ)られてしまった。


「はあっ!? えっ、ええっ、嘘でしょうっ!? これじゃ、逃げ場なんてないじゃないの!!」


 あえなく逃走路を潰されたトヨは、急制動をかけて悲壮な叫びを響かせる。

 早速万策が尽きて頭を抱える彼女を横目に、俺は元来た道の方を(かえり)みる。

 先んじて追ってくる人形達は、玄月がどうにか食い止めてはいる。

 だが、その後ろには面となって押し寄せる軍団が目前に迫っており、既に猶予(ゆうよ)はないに等しかった。


 前後を封鎖された状況に、俺は左右へと目を配る。

 左には、居間や広間と隣り合う、別の一室との仕切りである障子。

 右には、外側に裏庭があったはずの、重たい色彩をした土壁があった。


 正体も数も力も定かでない相手と、正面から戦うのは得策ではない。

 となると、残された選択肢はひとつだった。

 

 俺は絶望するトヨと、奮戦する玄月に断りを入れず、左隣にあった障子を開け放つ。

 その部屋もまた、壁際には数十体の人形達が鎮座(ちんざ)していた。

 次第に生気が吹き込まれていく彼女達に構わず、俺は室内へと覚悟を決めて跳び込む。

 そして、可能な限り助走と勢いをつけ、正面に捉えていた土壁へと右肩から体当たりを仕掛けた。


 正直、上手くいくかは分からなかった。

 それでも、常人を越えた脚力と耐久力を獲得していた俺の体は、若干劣化していた離れの壁を粉砕し、大穴を開けるのに成功した。

 

 瓦礫と共に外へと飛び出した俺は、急いで穴の中を目掛けて叫ぶ。


「こっちだ、早く出て来い! 急げ!!」


 俺の呼びかけに少し遅れて、新たに作られた脱出口からは、まずトヨが転がり出てくる。

 続いて、素早い跳躍から玄月が続き、無事に三人とも屋内から逃れることができた。


 死地を脱した俺達は枯れた生垣を蹴倒し、離れの敷地外へと出る。

 近くにあった畑の上まで距離を取った後、俺は離れの方を確かめる。


 壁に開けられた縦穴からは、無数の小さな瞳がこちらを見つめていた。

 逃げおおせた闖入者(ちんにゅうしゃ)を、しばし静かに凝視していた彼女達は、やがて物陰の闇へと下がっていく。

 どうやら、これ以上の追撃は行われず、見逃してもらえたようだった。


 身の安全を確信した俺は、そこでようやく全身に(みなぎ)らせていた緊張を解く。

 震える膝へと腕を突いて(あえ)ぐ俺の横では、同じく力と気が抜けたトヨも、乙女座りでへたり込んでいた。


 共に額を汗で濡らし、荒い呼吸音を合わせ続ける俺達に、玄月は素早い足取りで歩み寄る。


「あれは、何だ? 人形の付喪のようでもあるが、お前達のいた部屋からの炸裂音を境に、途端に牙を剥いてきたというのは面妖(めんよう)だ。あそこでいったい、何があった?」


 僅かに苛立ちと興奮の混じった声音で、彼は問いを突きつける。

 鋭い眼光から尋問をする相手に、俺は引きつった笑みを浮かべ、彼の右斜め下を顎で示した。


「詳しいことは、そこの張本人に訊いた方が、早いんじゃねぇか?」


 俺の発言に眉を(ひそ)め、玄月は指された方へと視線を降ろす。

 そこで初めて、彼は自分の持つ箒の尾に、一体の人形が(かじ)り付いていたのに気付いた。


 直後、彼は無言かつ全力で、自らの愛刀を不気味なストラップごと、離れへと向けて放り投げた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ