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豊尾刈組の朝は早い

 次の朝目を覚ますと、隣にはトヨが寝ていた。

 

 膝枕をしていた俺が眠りに落ちた後、彼女もそのまま就寝したのだろう。

 俺が一晩だけ借りた布団は、やや小さめで幅も狭い物だった。

 なので、その端へと窮屈そうに身を横たえる彼女との距離は、たじろぐ程に近かった。

 それこそ、微かにウェーブの掛かった睫毛(まつげ)の長さや、僅かに開いた唇の厚みが分かるくらいに。


 仰天して跳び起きた俺は、眠りこける隣人を起こさないよう細心の注意を払いつつ、慌てて外へと出る。

 後ろ手にゆっくりと表戸を閉め、殺していた息をゆっくりと解き放った。


 夜が明けた(やしろ)の庭は、柔らかな朝日に満たされていた。

 中央近くにあるボロ小屋からは、玄月の姿が消えている。

 こんな朝っぱらから、彼がどこに行っているのかは分からない。 

 だが、ほとんど半裸の状態で、トヨの寝場所から出てくるところを目撃されずに済んだのは、非常に幸運だった。


 社内の立ち木へと掛けていたズボンは、履くのに遜色(そんしょく)ない程には乾いていた。

 少し湿った重い股へと足を通し、腰に回した合皮のベルトで前を留める。

 ようやく人目に堪えられる格好となった俺は、それから庭の反対側にある井戸へと足を向けた。


 屋根下の滑車と縄で繋がった丸桶を、円形に積まれた石垣の内側に覗く、底の見えない仄暗い穴へと落とす。

 動きの止まった麻縄(あさなわ)を元の位置まで引き戻すと、上がってきた桶には八分目まで綺麗な水が溜まっていた。

 

 朝一からの労働に溜息を漏らし、俺は両手で(すく)った水で顔を洗う。

 ()え渡った地下水は、眼頭にこびりついていた眠気を、瞬く間に流し落としていった。

 毛穴が揃って縮み上がる冷たさに、俺は背筋を伸ばして震え上がる。

 その時、俺は昨夜まで全身を攻め立てていた様々な痛みが、ほとんど消え去っているのに初めて気が付いた。


 身じろぎする度に引きつっていた背中も、既に違和感はない。

腕に走っていた切り傷も赤い筋を残して(ふさ)がり、胸元の火傷も跡形もなく元通りとなっている。

まさか、これも創生者としての力なのか。

常識外れの治癒能力を見せる自分の体を、唖然として眺め回していた俺は、ふと(うなじ)の辺りに視線を感じる。

振り向いたそこには、黒の寝間着姿をした玄月が立っていた。


変わらず感情の欠落した表情で、彼は黒金(くろがね)の右目を下に向ける。

こちらの上半身を眺める彼に、俺は相手の肌着を無断で借用していたのを思い出した。


「あ、いや……これはな、昨日の夜、ちっとばかしトラブルが、いや問題が起こってだな―――― 」

(こと)()とする必要は無い。既に、事の次第は承知している」


 素っ気ない返答に一瞬固まった俺は、すぐにその真意を察し、乾いた苦笑に頬を揺らす。

 彼の所持品を品定めしている間、俺はトヨと街での事件のあらましについて話していた。

 

 やはり、あの時こいつは寝たふりを決め込んで、俺達の会話を盗み聞きしていたのか。


 意外と食えない性格をした眼帯の男を、俺は当惑と冷笑の眼差しで薄く睨む。

 浴びせられる非難の視線を意にも介せず、彼はこちらの右横へと回ると、井戸の縁に置いていた木桶の中身を地面に返す。

 俺が汲み上げた水を断りもなく捨てた彼は、空の桶を穴の中へと落とし、(かたわ)らで真顔となっていた相手を流し見た。

  

「貴様、昨晩の(いさか)いで手酷い目に遭った割りには、随分と健勝(けんしょう)のようだな。気を失うまでにやられてもすぐに立ち直るとは、流石は創生の者と言うべきか」

「はっ……そんな凄い力を持ってても、仕返しもできずに倒されるなんて情けないって、そう言いたいのか?」

「確かに、拳のひとつも返せなかったのは屈辱の極みだろうな。だが、それは恥辱(ちじょく)ではない。(むし)ろ、最後まで抗い続けたのは誇りですらあるだろう」


 予想の斜め上をいく答えに、喧嘩腰になっていた俺は不意を突かれる。

 相手の意図が読めずに虚脱(きょだつ)する俺へと、玄月は地下から上げた釣瓶(つるべ)を置き直しながら続けた。


「決して(かな)いはしない敵へと、それを承知の上で立ち向かうことは、その愚かさと等しい勇気と気概がなければ出来ないことだ。そんな貴様を、例え愚か者と後ろ指をさせても、臆病者とは(ののし)れはしない。特に、俺のような人間にはな」


 どこか独り言めいた呟きでそう締め括り、彼は勝手に話を切り上げた。

 柄杓(ひしゃく)(すく)った水を口へと含む相手を、置いてけぼりとされた俺は茫然と見つめる。

 その時、社の庭へと漂っていた奇妙な沈黙を、間の抜けた響きの声が唐突に破った。


「ふあああああ~~~っ、今日も良い天気! 正に、仕事日和(びより)! あっ、おはよう二人共! 陸海の方も、すっかり具合も良くなったみたいね。やっぱり、私の人を見る目と、癒しの腕は確かだったみたいね! うん!」


 本殿前の石段の上で背伸びをしていたトヨは、井戸の横にいる俺達を目に留める。

 朝の挨拶がてら、なぜか独り(えつ)へと浸る彼女に、口を(すす)いだ水を吐き出した玄月が叫び返す。


「おい、今日は明け方からの依頼があったはずだぞ。まさか、忘れてはいないだろうな?」

「失礼ね、準備はちゃんと済ませてあるわよ。少し身支度をしても、約束の刻限には充分間に合うはずだし、何にも問題ないわ」


 どうやらこの後、我らが豊尾刈組は早朝からの仕事を抱えているらしい。

 二人の会話からその事実を知った俺は、密かな緊張と興奮に胸を(はず)ませた。

 

 組座への依頼ということは、また昨日のように怪物の討伐へと(おもむ)くのだろう。

 前回は訳も分からず無我夢中で、自分の力を確かめる余裕などなかった。

 自分の立場を理解し、トヨの指示もしっかりと聞き入れられる今なら、創生者としての能力を実戦の中で、存分に発揮できるに違いなかった。

 

 早速(めぐ)ってきた好機へと心を躍らせる俺と、その隣に立つ玄月に、トヨはついでとばかりに質問をする。


「どうせなら、朝ごはんをとっていく時間も少しはあるかもだけど、あなた達、今日はどうす―――― 」

「抜きで」「要らん」


 純粋な親切心に満ちた彼女の申し出を、俺達は即決からの即答で拒否する。

 二人の意見と息があった、初めての瞬間だった。

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