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地域ねこ

作者: 深海

※第一回文学フリマ短編小説賞 優秀賞作品。

 2016年発行の「小説家になろう短編集」に収録されました。

 


 朝だ。

 うにゅうっとのびをする。

 前足のばして一回。後ろ足のばして一回。

 ふうー。よく寝た。

 でもサクラさんちのつるつる縁側の下、少し寒くなってきたな。

 モクレンさんちの車の下よりはいっか。

 さ、朝ごはん食べにいこ。



 おいらは、「ねこ」っていう生き物らしい。

 道を歩くとちっちゃい人間が指さしてそう言う。


「ねこ! ねこたん」

「さわっちゃだめよ。きっと病気持ってるわ」


 おっきい人間はあんまりフレンドリーじゃない。

 おいらに優しいのは、ちょっとおっきい人間までかな。

 それもとくにオンナノコ。


「なにこのねこ、かわいー!」

「おなか見せてる」

「のど鳴らして愛想いいね」


 ねこには、種類ってものがあるらしい。


「シャムミックス?」

「目は蒼いけど顔は黒くないよ? でもキジトラじゃないよね」

「縞がないもんねえ。いろいろまじってるんじゃない?」

「地域ねこだもんねえ」

「うんうん。地域ねこだよね、この子」


 ちいきねこ。

 それがおいらの種類らしい。

 朝ごはんは、ツバキさんち。

 ツバキさんは、ピカピカのタイルを張った玄関にカリカリを置いててくれる。

 ん? 匂い変わった? 魚味かな。歯ざわりいいね。

 ちょこっと残して、玄関でちょっとだけ日向ぼっこ。

 朝日が当たるタイルでぬくぬく。



 さて、次はヤナギさんちにいこっと。

 行く途中でガウガウ吠える奴がいるけど、おいらは余裕。

 ひょいと塀に飛び乗って、ふふんと見下ろしながら通る。

 こいつなんていう生き物だっけ? そうそう、ポチとかいうんだ。

 鎖につながれてるのに、一所懸命おいらに噛みつこうとする。

 へへへ。届かないよーだ。



 塀を下りたらヤナギさんちの庭。ここの砂場がいいんだよね。

 だれも使わないんだ。赤い小さなスコップがずっとほっとかれたまま。

 先輩ねこが言うには、ちっちゃい人間がおっきい人間になったかららしい。

 そこでちょちょっと用を足したら即退散。

 ヤナギさん、おいらが使ったら怒るんだもん。

 ちゃんと砂をかぶせてるのになぁ。

 


 さて次は、ツツジさんち。ここのウッドデッキが気持ちいい。新しい木の匂いがする。

 ツツジさんたちはお仕事ってのに行ってだれもいないけど、ネコ缶がぱっかり開けられて置いてある。

 缶の中に入ってるお魚っぽいのがおいしいな。

 ちょこっと残して、ウッドデッキでちょっとだけ日向ぼっこ。

 お日様に照りつけられてほんのり熱くなった木の床に、風がそよって吹いて来るんだよね。

 でも今日は少し、風が冷たいなぁ。



 次は、モクレンさんち。でもこのごろ通るだけなんだよね。

 だってここの塀、崩れてるんだ。

 塀の上に乗っかって昼寝するのが、おいらは大好きだったんだけど。


「ねこ、来たか。おい、もう行くのか?」


 だって塀に乗れないもん。

 おっきい人間はフレンドリーじゃないけど、モクレンさんはトクベツ。

 人間って頭が白くなると、性格が変わるのかな。

 この人は、おいらにいつも声をかけてくれる。

 

「もっとゆっくりしていけ」


 でも、塀に乗れないもん。

 ちょっと昔。

 ぐらぐらって地面がすごく揺れたんだ。

 家も道も灰色の電柱も、ぐらぐらゆれたんだ。

 おいらはすごく驚いて、モクレンさんの車の下に逃げ込んで、ぶるぶる震えてた。

 モクレンさんちの塀がぼろぼろ崩れていった。

 向かいのツツジさんちの塀もぼろぼろ崩れていった。

 どこのおうちの塀も崩れていった。

 屋根も。壁も。へしゃげていった――。

 あの日から。たくさんお日さまが昇って沈んだ。

 あっつい夏が来て。秋が来て。冬が来て。春が来て。また夏が来て。秋が来て。

 そして、冬が来た。

 その間に。

 サクラさんちのおうちも。ツバキさんちのおうちも。ヤナギさんのおうちも。ツツジさんちのおうちも。

 みんなとってもきれいに変わった。

 屋根も壁も塀も生まれ変わった。

 縁側はつるつる。玄関はピカピカ。ウッドデッキは新しい木の匂い。

 でも。 

 モクレンさんちのおうちの壁や塀は、崩れたまま。

 どうしてだろ? ……わかんないや。

 さて。モミジさんちで三度目の朝ごはんたべて。

 サザンカさんちでお昼寝して。

 アジサイさんちで晩ご飯たべよっと。

 

 



 朝だ。

 うにゅうっとのびをする。

 前足のばして一回。後ろ足のばして一回。

 ふうー。なんかまだ眠い。よく眠れなかったよ。

 サクラさんちの縁側の下、すごく寒くなってきたな。

 モクレンさんちの車の下よりはいっか。

 さ、朝ごはん食べにいこ。

 

 あれ? ツバキさんち、今日はカリカリ足してくれてないや。

 昨日残してたのが三粒残ってる。仕方ないからそれ食べて次にいこ。

 もしもの時のためにカリカリ残すおいらってかしこいよね。

 ガウガウ吠える奴を見下ろしながら塀を渡ってと。

 うわ。ヤナギさんちの砂場に松の葉っぱが敷いてある。

 なにするんだよ。ちくちくして近づけないじゃないか。

 仕方ない。近くの草っぱらで用を足そうっと。

 さて、ツツジさんちのウッドデッキに到着。

 あれ? ネコ缶新しいのでてないや。

 あとで食べようって残してたの、カラスかなんかに食べられてる。仕方ないなぁ。

 三件目に急ごうっと。


「ねこ、来たか。おい、もう行くのか?」


 あ、モクレンさんごめん。今日は急いでるんだ。お腹へってるの。

 それに塀が崩れてて乗れないもん。じゃあね。

 




 うう。モミジさんちも、いつものカリカリ置いてなかった……。

 駐車場に車がないから、みんなでどっかにおでかけしたみたい。

 お腹減ったなぁ。草っぱらで何かいないか探そうかな。

 緊急時には、おいらはバッタなんかをつかまえて食べる。

 カリカリよりおいしくないけど、仕方ない。

 あ。側溝になんかいる。……ネズミだ! 

 なんかほとんど動いてないけど……

 手足が変にぴくぴくしてるけど、食べられるよね? 

 お腹が減ってるから、食べちゃお。

 でも全部食べたらだめだよね。半分残してどこかに隠さなくっちゃ。

 ネズミをくわえて隠し場所を探してると。

 おいらのお腹がきゅうきゅう鳴り出した。

 え? なんで? 

 まさか。動かないネズミを食べたせい?

 そういえばこいつ、匂いが……変だ。

 う。なんかお腹痛すぎて動けない。ちょっとだけそこの塀に寄りかかろっと。

 ふう。ふう。

 塗りたてのきれいな塀。

 ふう。ふう。

 ここもきれいになったのに。

 ふう。ふう。

 モクレンさんちの塀、早くきれいにならないかな。

 ふう。ふう。

 お腹、いたいよう……。




「ねこ? 大丈夫か?」


 


 あれ? モクレン……さん? 

 コンビニ袋を下げた頭の白い人が見えたと思ったら。

 次の瞬間、おいらの体はふわりと浮いた。あったかい腕に抱かれて。


「……。ねこ、病院へ行こうな」





 それからおいらはモクレンさんの車に乗せられて、真っ白い所へ連れてかれた。

 真っ白い服の人間がおいらのお尻にちくっと痛いものを刺した。

 いったぁああい! なにするんだよう。

 でも体に力が入らなくって、逃げられなかった。

 モクレンさんが真っ白い服の人と話すのが、ぼんやりふんわり聞こえてきた。


「様子からすると毒物を食べて中毒症状を起こしたようですね。レントゲンで何を食べたかわかるといいのですが……この子は何歳かわかります?」

「うーん……わかりません。ですが、ひと冬は越えてるはずです」

「体重がかなり軽めですね」

「地域ねこでね」

「野良猫の寿命は、たった三年から四年なんですよ」

「そうなんですか……」

「家で飼ってあげると十年以上。最近は、二十年生きる子もいます」

「……」





 それからしばらく、おいらは檻の中で眠ってた。

 こんこんこんこん眠ってた。

 白い服の人が時々、へんな匂いのお水とゴハンをくれた。

 お日様もお月様も見えないから、どのぐらい時間が経ったかわからない。

 お腹が痛くなくなって、ゴハンをもりもり食べられるようになったころ。

 白い頭のモクレンさんが、おいらが入ってる檻の前にやってきた。


「ねこ、よく元気になったな。殺鼠剤にやられたネズミを食うなんて、無茶だぞ」


 おいらが食べたネズミは、なんと毒にあたって死にかけてた奴だったらしい。

 ネズミの体に毒が残ってたんだって。

 それからモクレンさんは、おいらの目を見て言った。


「さあ。帰るぞ」


 え? 帰るって? どこに?

 キョロキョロするおいらはモクレンさんの車に乗せられて、モクレンさんちに連れてかれた。

 崩れた塀と壁のおうちに。

 おいらはお日様がさんさんと降りそそぐ部屋にほいっと放りこまれた。

 もふもふの敷物。そりみたいな足のついた椅子。

 壁際の大きな棚の中には、本がいっぱい。

 棚の上に、小さくて四角いものがたくさん置いてある。

 写真? ていうやつだっけ?

 頭が白いモクレンさんを、人間たちが囲んでるのが何枚も置いてある。

 モクレンさんは、ちっちゃい人間を抱っこしてニコニコ顔。

 あれ?

 このちっちゃい人間。そういえばモクレンさんちによく遊びにきてたっけ。

 このごろ全然来ないけど。

 あの日。

 ぐらぐら地面が揺れたあの日。あれからずっと来てない……。

 

「ねこ、写真を見てるのか?」


 モクレンさんが器にお水を持ってきて、おまえが飲む水だって言って窓辺に置いてくれた。

 それからカリカリも。でもおいらは、写真をじいっと見てた。

 するとモクレンさんがそっとつぶやいた。


「孫の写真だ」


 マゴ?


「こっちは山手だが、孫が住んでたのは海辺でな。あっちの方が被害がひどかった。あの日この子は……」


 ウミベ? ウミ? ああ、海。

 モクレンさんはとても哀しそうな顔をした。

 あ。流れ者のねこが噂してたっけ。ぐらぐら揺れたあの日。

 海の近くのおうちは、みんな流されたって……

 

「まあ、一番辛いのはわしじゃなくて、生みの親だな。娘はずいぶん長いこと幼稚園のバスを探してたよ」


 モクレンさんの顔を見てわかった。

 マゴって子は、たぶんもういないんだ。

 だからモクレンさんは、おうちの壁も塀も直さないんだ。

 マゴって子がもう遊びに来ないから。

 おいらは鳴いた。

 泣かないモクレンさんの代わりにないた。


 

『ねこ! ねこたん』

『だめよさわっちゃ。きっと病気持ってるわ』



 むかしむかし、おいらがまだすっごくちっちゃかったころ。

 モクレンさんちの前の道路で、とってもちいちゃかったマゴって子がこそっと近づいてきて。

 おいらの頭を撫でてくれたのを思い出したから。

 だから……泣いた。

 マゴ。

 マゴ。

 もう会えないなんて悲しい。

 撫でてくれてありがとう。

 おいらあのときほんとに嬉しかった。

 ありがとう……。


「ありがとな、ねこ」


 あったかい手が、おいらの頭におりてきた。





 それからおいらは、モクレンさんちに住むようになった。

 お日様がふり注ぐ窓辺がおいらの指定席。

 遊んでおいでとたまに外に出されるけど、外は寒いから、モクレンさんちにすぐ戻って窓辺でぬくぬく。

 ゴハンさがさなくていいってすごくいいね。三食昼寝つき、最高!

 おうちの中に住むと、ねこの種類は変わるらしい。

 モクレンさんはこのごろおいらのことを、メタボと呼んでいる。 

 しんしん積もった雪が溶けかけてきたある日。

 モクレンさんちに作業服を着た人間がいっぱいやってきた。

 おいらは目をまん丸にして、その人間たちがおうちの壁を塗りなおして、塀を直していくのを眺めてた。

 

「玄関に猫ドアをつけてやる。塀の上にも寝転がれるぞ」


 なんで急に? 何か起こったの? 

 もしかして……もしかして?

 おうちがすっかりきれいになって、庭のモクレンがまっ白な花をたくさん咲かせたころ。

 おうちに人間たちがやって来た。

 男の人と女の人と。ものすごくちっちゃい人間。

 モクレンさんはとても嬉しそうに、テーブルにケーキとお茶を出した。


「この猫……この子が、メタボ?」

「うん」

「これがあの野良猫? 信じられないわ。きれいな目ね」


 あれ? この女の人。マゴって子といつも一緒にいた……

 

「マサオくん、わしのデジカメで写真を撮ってくれるか?」

 

 女の人に抱っこされてたものすごくちっちゃい人間が、モクレンさんの腕に収まった。すると男の人が、モクレンさんの前で何度も何度も、銀色の箱みたいなのを指でカシャカシャ押した。


「きっと生まれ変わりよ」


 女の人はそう言って、しきりに目にハンカチをあてていた。

 三人が帰ったあと。

 モクレンさんはそりみたいな足のついた椅子にゆったり座って、銀色のデジカメを何度ものぞきこんで、何度も目を拭ってた。

 そして、そっとつぶやいた。


「うん。生まれ直したんだな」


 それからフッと膝を見おろした。


「おいメタボ。ちょっとは外で運動してこい。重いぞ」


 膝の上にいるおいらに、モクレンさんはにっこりしてくれた。

 

「なんでいきなり乗ってきた? 塀の上で日向ぼっこしないのか? 外はもうあったかいぞ」


 おいらはふわあと大きなあくびをした。

 うん、ごめん。

 今日からは、ここがおいらの指定席。 


 こっちの方が、ずっと、あったかい。




――地域ねこ・了――

うちはまだ塀を直してません。

直せる日がくるのだろうか。


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[一言] エッセイ「なまこが紹介する、『お気に入り短編集』」の紹介でお邪魔しました。 滅茶苦茶感動しましたッ! 私の実家で昔飼っていた猫もメタボ体型だったので、とても親近感が湧きました!
[一言] 小説家になろう短編集で読ませてもらいました。 良い点とか、気になる点とかそういうことは関係なく、ただ、何も起こらないことが一番幸せなことなんだろうな、と思える作品でした。 僕には100年…
[良い点]  自由気ままで、割と恵まれた暮らしの地域ねこさん。  ねこさんの視点で見る街が、ちょっと厳しい人や、悲しい出来事もあったけど、全体に流れる空気がやさしくて居心地よくて、ほんわかしました。 …
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