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ビル・エヴァンスの妙!?

「ビル・エヴァンスのレコード貸してあげようか?」

ある日、玲子が、いつも通りマイ・プリンスに来ていた美月に言った。いつも通りと言っても、典子は学校の用事があって来ていなかった。

「レコードって何ですか?」

美月が訊き返す。

「そっか、レコードのプレーヤー、きっと家にないよね。じゃあ、CDはどうかな?」

「CD…ああ、それならお父さんが持ってるけど、コンポ?っていうの、使い方わからなくて聴いたことないです。音楽はスマホでダウンロードして聴くので」

「CDなら、家のパソコンで聴けるだろ」

賢太郎が口を挟む。

「パソコンも苦手で…」

美月が苦笑する。

「もういい、じゃあ、ポータブル・プレーヤー貸してやるよ。それなら犬でも使えるだろ」

「ああ、はい…てか、いい加減、犬扱いやめてよね」

美月は、自分で気付かぬうちに、賢太郎にタメ口を混ぜて話すようになってきていた。

「名前なんだっけ?それに犬の方がしっくり来るんだよな」

賢太郎が笑う。美月はそれにドキドキしながら、

「美月!み・づ・き!」

と叫ぶ。

「美月、いや犬っ娘、ほれ」

美月はウ〜ッ…!とまさに犬の如く唸りながら、ポータブル・プレーヤーを受け取った。

「中にエヴァンスのCD、入ってるから失くすなよ」

賢太郎は付け加えた。

美月が操作に迷いつつOPENと書かれたボタンを押してみると、中に入っていたのは、「ポートレート・イン・ジャズ」と書かれた円盤だった。

「たまたま聴いてたんだ。お前の好きなサムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カムも入ってるぞ。まさに、ビル・エヴァンスの妙だな」

と彼は軽やかに微笑む。

ビル・エヴァンスの妙。美月にはその意味がわからなかった。ただ、私の好きな曲、覚えててくれたんだ、と、彼のイケメン笑顔も相まって、ドキドキが止まらなくなってしまい、そんな自分に頬を染め、俯いた。

「大袈裟ねえ」

美月のそんな様子に気づいたのか気付いていないのか、玲子が笑う。

美月は火照ったカラダをごまかすようにカルピスを飲み干すと、

「…ありがとう…」

と言い残して店を出た。


美月は家に帰るなり、賢太郎から借りたポータブル・プレーヤーでCDを聴いた。カム・レイン・オア・カム・シャインが流れてきた。美月はそのタイトルを知らない。ただ、微妙に軽やかに始まるピアノのフレーズに耳を傾ける。自然と、賢太郎の顔がなぜか浮かんできた。

次に、オータム・リーブズ。邦題で枯葉だ。なんだかビターなカンジだな、と美月は思った。

ずっと聴いていると、やがて、聴き慣れたメロディーが耳に入ってきた。いつか王子様が、だ。そう言えば、彼の笑顔って、王子様みたいだな…と、賢太郎の笑顔を思い出しながら、曲に浸りきる。

ラストのブルー・イン・グリーンまで、美月は膝を抱えながら聴き入っていたのだった。


次にマイ・プリンスに行った時、美月はポータブル・プレーヤーとCDを賢太郎に返した。

「よく返してくれた、犬なのに」

彼はそう言いつつ、美月のS字型に近いつむじを、なぞるように何度も撫でた。遊ばれている。

美月は、

「ちょ…!」

と怒りながら、まんざらでもなかったようで、顔を赤らめていた。美月にMっ気が芽生え始めた。いや、それだけだろうか。


「なになに〜、どゆこと〜!?」

典子は大きすぎる胸を弾ませながら、ニヤニヤして美月に問いかける。

「え、何が!?」

美月はわからないフリをしたが、内心わかっていた。

「美月、彼のこと好きでしょ〜」

「え〜、んなことないよ〜…今日だって、犬扱いしてくるし」

「だって、顔超赤かったもん〜」

同性の、というか女の観察眼は鋭く、美月をとらえていたのだった。

「そうかな…」

美月はまた顔を赤くする。

「ほ〜らカラダは素直じゃん、正直になって、ガンガン行っちゃえ〜」

典子は拳を作り、美月の腕に押し当てる、

ウ〜、と犬の如く唸る美月。今にもワンワン吠えそうだ。

「美月、どんどん犬っぽくなってるよ〜。彼のおかげでM犬に目覚めたんじゃないのお〜」

押し当てた拳をグリグリしながらのたまう典子。

「何言ってんの〜。てかあの人とは年が離れすぎてるし…」

「年の差なんて関係ないじゃん、付き合っちゃいな」

「そんな…」

美月は、典子によって明らかにされた自分の気持ちに戸惑っていた。

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