美味しいご飯で側妃様になれました
用語説明
水刺間:スラッカンと読む。王族の方々が食べる食事を作るところ
女官:ニョカンと読む。王宮に勤める女性の呼び方
都承旨:トスンジと読む。王の命令を文にしたため、速やかに命令を下す役目を持つ、役職的には上の立場
尚宮:サングンと読む。女官の上の位の役職、女官を束ねる立場
中殿様:チュンジョンサマと読む。王様の正室で王妃さまのこと
武官:ブカンと読む。王様に仕えており、王宮だけでなく、様々なところで治安を守ることも
内官:ナイカンと読む。王様に仕える男性(ただし、男としての役目は果たせない)で、王の寝所など身近な場所で働くこともある
従四品 淑嬪:ジュウヨンピン スグォンと読む。王様に仕える側室の位。側室の中では下位にあたる
センガクシ:女官の見習いにあたる。5才から15,16才位までの幼い女の子供が、女官になるために王宮に上がり、様々な部署で見習いとして勤める
妓生房:キーセンボウと読む。妓生とは、いわゆる芸者のようなもの。教養が高く、美しく、男達の高嶺の花。しかしながら、春を売ることもあるため、階級的には下にあたる
大妃:テビと読む。先の王様の王妃。王様の母親であることが多い
ナウリ:身分の高い方に呼び掛ける二人称
粛宗:スクチョンと読む。王様の名前
墳墓:フンボと読む。王族の墓
「水刺間の特別女官ユン・スンミ、王命を受けよ」
沢山の武官と女官、中殿様付の尚宮様、内官を連れて、私が自由に腕を奮っていた水刺間に、都承旨様がやってきた。
何があったのだろうと頭を捻りながら、周りの女官達にその場を任せて、都承旨様が待っておられる所へと急ぐ。
チマが翻ってしまうが仕方ない、王命だもの。遅くて、不敬を問われるよりマシだし。
急いで向かった先には綺麗なゴザが敷かれており、先程はこちらからは詳しく見えなかったが、女官達が綺麗な風呂敷包みを抱え、内官達が大きな荷物を持っている。
都承旨様は、側に控えている部下の方が恭しく持っている、王命の書かれた巻物を取ると、私を見て礼を尽くすようにと促された。
王様がおられる方向にニ回、そして目の前の都承旨様に一回、手を重ねて地面にひれ伏す礼を行い、王命を受ける為に頭を下げて静かに待つ。
「特別女官のユン・スンミ、そなたは王たる私だけではなく王室の全ての者達に、美味しく素晴らしい食事を出した功績により従四品、淑媛の位を授ける。これからは王室の一員として、王である私に仕えよ」
王命が告げられ、私がぽかんと都承旨様を見上げると、中殿様付の尚宮様が涙ぐみながら、駆け寄ってきた。
「スンミ、いえユン淑媛様、本当にお喜び申し上げます!これからも、美味しい食事をお願いしますね」
どうしてこうなった(´・ω・`)
私が王宮のセンガクシとして上がったのは、9才の頃。私の叔母に当たる人が水刺間の尚宮で働いており、休暇の際に我が家に遊びに来たことが切っ掛けだ。
ところで私には前世の記憶がある。韓国のとある有名な時代劇の真っ只中に転生したことに気がついた時は、物心がついたときだったので、現代知識でチート使って私つえええ!しようと思っていたのです、はい。
だが、韓国料理ばっかりで飽き飽きしていた私は、現代知識で、今の時代に無いものを作り出し、家族に大いに振る舞っていた。
おいしいものを求めて、父親の仕事に着いていっては、あらゆる市場で食材を買ったり、妓生房にも行って料理を楽しんだりもしていた私が、宮中の最先端の料理の一端を担っている叔母が来たときは、側にまとわりついて質問攻めにしたり、現代知識チート料理を振る舞ったりした。
「お前、そんなに料理が好きなら、女官になるかい?そうすれば、珍しいものも手に入るし、お前のその料理でのしあがるのもわけないことだよ」
「うーん、悩むなあ、宮中に上がると滅多に帰宅することも出来ないし」
「そこは良いように取り計らってあげるさ、その才能生かしたくはないかい?」
「そりゃあね!家族に振る舞うだけじゃ、客観的な感想ももらえないし...うん、私女官になる!」
そんなこんなで叔母が宮中に帰るときに、私も女官見習いのセンガクシとして、奉公に上がることになったのだ。
センガクシとしての修行は、現代でドラマを見ていてなんとなく掴めていたから、辛くはなかったし、叔母に水刺間の女官としての技術を鍛えられるのは面白かった。
珍しい食材、目新しい技術、私の知的好奇心は大いに刺激され、早く私の料理を振る舞いたいと思うようになっていた。
ある日の晩のこと。叔母が大妃様への夜食を作るとのことで、手伝いをすることになった。
叔母と手早く夜食の饅頭を作り、残った食材で好きに何かを作る許可をもらった。
夜食といえばカップラーメン、インスタントの焼きそば、なのだが、あいにくと今はそんなものなどない時代。ここにあるものだけで、何が作れるだろうか...
玉ねぎと人参を細かく刻み、鶏肉も同様に細かく切ったあと、秘蔵のトマトケチャップと共に中華鍋に入れ、ざっくりと炒め始めた。
胡椒はあるにはあるが、高級なものであまり使えないため、ここは玉ねぎを少し焦がすことで風味を加える。
冷たくなったご飯を入れたあとは中華鍋を振り、パラパラのチキンライスを作り始める。
米が宙を踊り、次第に赤くトマトケチャップに染まっていく。美味しそうな香りに、思わずお腹が鳴ってしまった。
ぐぅぅぅ(ぐぅぅぅぅ)
お腹の音の二重奏に、あたふたと周りを見渡せば、とても美しい男性がこちらを見ていた。
服装は、王族の方の物ではなく、いわゆる官僚の方々の物だった。しかしながら、こんな夜更けに、こんなところに何故いるのだろうか...
「そなた、センガクシだろう?何故ゆえにそのように旨そうな物を作っておるのだ?」
「その、ナウリ、叔母の手伝いをしておりましたところ、お腹が空きましたので、夜食を作っておりました」
「ふむ、そうか。水刺間の尚宮よりも手早く旨そうな物を作るのだな、見たことのない料理だ...」
「あのー、良かったらナウリも食べられますか?」
美しい男性は、嬉しそうににっこりと微笑み、頷いた。その姿にほっこりとなりつつ、私は中断していた料理に取りかかる。
料理はエンターテイメント、魅せる必要がある。後ろでソワソワと待ち遠しそうに待っている美しい男性のためにも、いっちょやってやるか!
新しく中華鍋を取りだし、油を敷いてバターを一欠片、そして香り付けにトリュフの砕いたものをほんの少し加え、溶き卵を一気に流し入れる。
ジュワワワ
縁の方から泡立ち、加熱した卵が波打つ。手早く菜箸でかき混ぜつつふんわりとしたオムレツを作り上げる。
皿に予め木の葉型に盛ってあったチキンライスの上に、オムレツを置くと、小さい包丁とスプーンと共に、今か今かと待ち構えている男性の前に、完成したものを置く。
視線がそれに向く。私は包丁を素早くオムレツに走らせて、中からふんわりとしたやわらかくとろりと黄金色の卵がチキンライスを包むのを演出した。
オムライス、それはちょっぴり大人のお味。さあ、召し上がれ?
「完成しました、さあ、食べましょう!」
「ふむ、どれどれ」
スプーンで一口。また一口。
男性はやおら感動しながら、パクパクと食べている。オムライスはすぐに無くなり、皿は舐めたようにピカピカになった。
「実に美味しかった、そなた、名前は何と言うのだ?」
「ユン・スンミと申します」
「そうか、スンミだな?気に入った、また私の為に作るように。では。な」
男性は頭を撫で撫でして、最後に綺麗な巾着を持たせてくれて、宮中のどこかに消えていった。
「綺麗な飾りだぁ」
片付けを終わらせ、叔母と共に部屋に帰り布団に潜り込んだものの、先程貰ったものが気になって、こっそり叔母が寝たことを確認して、部屋を抜け出した。
繊細な刺繍が施され、きらびやかな色合いの巾着。中を開けてみれば、珊瑚と翡翠で出来た美しい蝶の形の飾りが現れた。
それは、キラキラと月明かりに照らされて、いかにも高級品ということがわかる。
「あのナウリは誰だったんだろう...ま、いっか!」
私は飾りを巾着にしまうと、胸元に大事にしまった。
美しい男性にまた会えるといいな。
これが、王様との出会いだった。身分を隠してお忍びでお出掛けされた際に、美味しそうな匂いに釣られたらしい。
まだ幼い子供がいともたやすく重い中華鍋を振る姿に、感動したのだという。また、珍しい料理を手早く作ったことも、中々良かったらしい。
くれた飾りは本当は別の誰かに贈る予定だったらしいが、夜食を奪った代わりと、名前だけで探せなかった場合の保険にくれたみたいだ。
たくさんの出来事があり、その度に身分を隠して私を手助けしてくれた王様。
私を迎え入れる為に、中殿様やその他の側室の方々と仲良く出来るよう取り計らっても下さった。
幼い頃から、身分の違いや、女官の運命で、決して結ばれることのなかった、初恋が実った瞬間だった。
「スンミ!」
「はい、王様」
「あー、そのなんだ、とても似合っているぞ」
「ありがとうございます、王様。嬉しいです」
「お前の為に、最新の設備の整った調理場を用意してある。私の為に、いや私と私妃達の為にどうか、これからも料理を作っておくれ」
「勿論です、王様...」
そっと唇が触れる、いつだってその唇は私を喜ばせてくれた。
手がチョゴリに触れる、いつだってその手は私を慰めてくれた。
抱き寄せられ、そのまま布団に優しく押し倒されて...
「スンミ、私の可愛いスンミや、ずっとこれからは一緒だ」
はい、王様。私は貴方の為にがんばります、だからどうか、ずっとお側に...
朝鮮王朝の歴史の中で、最も女の戦いが無かったと言われている、粛宗の時代。
後の時代に粛宗の手記が発見され、中にはこう綴られていた。
「余と余の妃達は、スンミなしには生きられない。彼女はきっと天からの贈り物であった」
しかし、スンミの記録はどこにもない。
また、彼女が作ったと言われている料理のレシピも後世に伝わることなく失われてしまった。
だが、粛宗の眠る墳墓の傍らに、イニョン王妃の物と思われる墳墓と、もうひとつ小さな小さな墳墓が立てられている。
二人の間にちょこんと立てられているそれが、スンミのものであった。
誰よりもスンミを愛し、可愛がった二人の間で、スンミは眠る。
韓国ドラマ見てたら妄想しちゃいました
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