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泉の娘~砂漠のお伽噺~

作者: 千年示威

 砂漠の貧しい村に、その娘は生きていた。


  Ⅰ  語り部


 砂漠の貧しい集落オアシスに、その少女は生きておりました。

 少女の母親は、砂漠の乾いた風に目を患っていたのでございます。

 折りしも、オアシスを通りがかった旅の賢者様がございました。

 知恵者でお医者でもあられる賢者様は


 「毎日清い水で目を洗い、清潔にしておれば病は去るであろう。」


 そう、少女に仰ったのでございます。

 少女は賢者様のその言葉に、希望の光を見出す筈であったのでございますが、この貧しいオアシスには何所を探しても、眼を洗えるほどの清水が湧き出す泉などあろう筈はございません。

 オアシスにある泉はどれも、明日枯れ果てても不思議は無いほどの小さな小さな泉で、それは濁った水溜りのようでございました。

 少女の頬をつたう涙さえ、砂埃にまみれて澄んだ水ではございませんでした。

 成す術も無く、少女の母親の目は日一日と光を失っていったのでございます。


  少女はただ、何者かに思い願う事しか出来ません。


    水を・・・・ 誰か私に水を得る力を下さい




  Ⅱ  知恵者


 ある日、少女がまばらに茂るひ弱な木々の木陰で、木々の木漏れ日を両手で掬い上げると、重ねた両手から清水が湧きあがり乾いた地面を濡らしました。

 それを見た集落の人々は一様に驚き、少女の両手から流れ落ちる「水」を一心に見つめたのです。

 砂漠の民にとって、命よりも価値のある水が少女の両手から溢れ、乾いた砂を濡らして行きます。

 ある知恵者が「少女をそこへ縛り付けその足元へ泉を造ろう」と言い出しました。

 誰も反対する者は居りませんでした。

 少女も、母の目が治るのなら、それで構わなかったのです。

 少女の泉は枯れる事を知らず、その集落は一変して豊かな水を湛えるオアシスの街となりました。




  Ⅲ  再来


 旅人が一人、水の豊かなオアシスの街を訪れた。

 砂漠の直中で水脈などあろう筈も無いこの土地に、何故か青々と木々や作物が生い茂っていた。

 旅人は町を歩き、さらに驚く。

 街のどの通りにも満々と水を湛えた水路が走っている。

 旅人は街の人々に問う。

   何故こんなに水が豊富なのか?

   どこから水が湧いているのか?

 街の人々は一瞬戸惑い、皆口篭もってしまった。

 旅人は街の人々に尋ねるのを止め、水路の流れをさかのぼる事にした。

 水路は幾度も枝分かれしていた。

 人ごみを抜け、日干し煉瓦の橋を潜り、砂棗スナナツメの木々の間をすり抜けて・・・・。

 水路は次第に流れを大きくして行く。

 旅人は、街の中央にある、ひときわ大きな建物の壁の向こうへ水路を見失った。

 壁の向こうへ入る入り口を探してウロウロと歩いたが、建物に入る扉は1つだけ。

 その扉には鍵が掛かっていて、中に入る事は出来なかった。

 旅人が何とか中へ入れないものかと考え込んでいると、建物の壁へ背を預け、じっと座り込んでいる老婆に気がついた。

 旅人が気づくと、老婆は旅人の気配に盲しいた目を向けた。


 旅人はその老婆へ歩み寄り、問う。


  おばあさん、こんな所で何をしているのですか?


 老婆は答える。


  水の湧き上がる音を聞いているのだ


 水路の流れは穏やかで、旅人の耳には水のせせらぎすら聞こえては来なかった。

 旅人はもしやと思い、老婆に街の人々に問うた質問を繰り返した。


  このオアシスは何故水が豊富なのか?


 老婆は旅人の言葉にゆっくりと首を振り、小声で答える。


  知らない方がいい、知りたがらない方がいい

  知ってしまえばこの街から生きて出られなくなってしまうよ

  街の人々は『水』を盗まれると思っているから


 老婆の言葉に旅人は言った。


  水は太陽や月と同じで奪える物ではないよ

  以前に一度、ここを通りがかったことがあるが、こんなに豊かな場所ではなかった

  何か知っているのなら教えて欲しい


 旅人は熱心に老婆に尋ね、首を振りつづけていた老婆もやっと口を開いた。


  教えてやるが条件がある


 旅人が頷くと、老婆は昔起きた出来事を話し始めた。


 


  Ⅳ  少女


 旅人は夜になるのを待ち、老婆との約束を果たす為、水路の消えた建物へ忍び込んでいた。

 しんとした建物の中には大きな泉があるだけで、泉の中央にある台座の上から流れ落ちる水の音だけがかすかに響いていた。

 旅人はざぶざぶと泉の中に踏み入り、中央の台座の傍へ歩み寄った。

 台座の上にあるものを見た。

 台座の上には、切り取られた子供の手が水を汲み取る手つきで重ねられていた。

 旅人はその小さな両手に話し掛ける。


  お前の持ち主はもう生きていまいが聞いて欲しい。

  私はお前の母に頼まれてここへ来た。

  お前の母は、毎日見えない目で壁の外までやって来てお前の帰りを待っている。

  お前の母は「治らない目の病」だったのだ。

  街の者も、お前に母の目が治ると言った賢者も、お前の母もそれを知っていた。

  母を思うお前が絶望しないように、みんなでお前に嘘を吐いたのだ。

  お前の母から伝えて欲しいと頼まれたのだ

  「水はもう要らないから帰って欲しい」と


 街の人々は、少女の母親の目が治らなかった事を少女に知られないように、少女の命を奪ってしまった。

 母親がどうなったのか見ないように、聞かないように、尋ねないように、恋しがらないように。

 旅人は重い溜息をついて、続けて言う。


  私も知らなかったのだよ。

  私自身が覚えてもいなかった程、私の些細な気まぐれだったのだ。

  通りすがった荒地で聞いたお前の願いが、あまりにも切ない声だったから

  おまえの願いを叶えただけだったのに。


 薄ぼんやりと水面に映る旅人の姿は人ではなく、青白く光る巨大な蛇が鎌首を持ち上げた姿だった。

 水の神はしばらく小さな両手を見つめて居たが、夜が明けると姿を消した。


 


  Ⅴ  語り部


 今はもう無いオアシスのお伽噺でございます。

 砂漠ではよく耳にするような、子守りのついでに子供らへ話すような話でございます。

 その少女のオアシスの話でございますか?

 しばし、続きはございます。

 豊かなオアシスの街は、その後も変らず泉の水が湧きつづけておりましたので、栄えていたそうでございます。

 ですが、時は流れて一人の盲しいた老婆が息を引き取った夜、泉からは水ではなく油が湧きあがって街中の水路という水路を満たしてしまったのだそうでございます。

 油は街のどこかで火を得て、あっという間に街中が炎に包まれました。

 火は三日三晩燃えつづけ、少女の泉のオアシスは跡形も無くなってしまいました。

 私の知る話はこれで終わりでございます。


 語り部に答えて旅人が申します。


 「面白い話だがたがえているぞ。」


 はて、と語り部は首を傾げました。


 旅人は苦笑いを浮かべて申します。


 「娘の母親の目は治ったが、

  街の者達は娘が母親の目が治った事を知れば泉の水が枯れてしまうと思い

  娘の母親を殺して捨てたのだ。

  母親の目が治ればわたしは娘の足元へ本物の泉を創るつもりでいたものを。

  娘が願い、泉が油で満たされたくだりは当たっているが

  他はわたしの落ち度のように語られるなぞ心外な事だ。

  娘は望み通りに母の目を治し、望み通りに街の者を焼き殺した、それだけの事だ。」



~了~


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