武器屋のタイム
目を覚ますと、目の前にはミドナさんの顔があった。
「おっ。起きたみたいだね」
俺が起きたことを確認したミドナさんは「ちょっと待っててね」と言い残して部屋の外へ行ってしまった。
「うう・・・ん・・・」
・・・昨日の記憶がない。
正確に言えば、ミドナさんとお酒を酌み交わした後の記憶だ。
俺は今ベッドに寝かされているのだが、どうやらこの部屋の感じからして昨日から俺が住むことになった『D-423』の部屋に間違いないだろう。昨日はダイニングにしか通されていないが、他にもあと2部屋ほどあったはずだ。おそらくそのうちの一室がこの部屋なのだろう。
上半身だけ起こしてしばらくボーッとしていると、ミドナさんがキィと木製の扉を開けた。手には茶色い御盆を持っている。
「お待たせ。ちょっと頭グラグラしない?」
「はい、少し」
「それじゃ、これ食べて。二日酔いには最適よ」
二日酔い?
「俺、酔っぱらったんですか?」
「ええ、もうすごかったんだから。話は聞かないしあたしたちのこと脅かすし。最終的に他の冒険者の人にも手伝ってもらって組み伏せたのよ」
酔っぱらってしまったから昨日の記憶がすっぽり抜け落ちていたのか。とは言っても、たった一杯で酔うだなんてまさか思っていなかったし。
「それは・・・・・、ごめんなさい。迷惑かけて」
「いいのよ。お酒、初めてだったんでしょ? まさか一杯で酔うとは思わなかったけど、あたしも軽卒だったわ」
「そんなこと・・・・・」
「ありません」と言おうとしたところで、ミドナさんはグラスの中の液体をスプーンでかき混ぜそれを俺に手渡した。
「これ飲んで少しゆっくりすれば、すぐ治るはずよ」
「ありがとうございます」
ミドナさんからもらったその飲み物は少し甘くて、飲んだ瞬間に喉が熱くなった。生姜で作った一種のジンジャーエールのような味で、冷えてはいないものの口の中がさっぱりとする味わいだった。
「美味しい・・・・・」
特に意識したわけでもないけれど、なぜかその言葉が口をついてこぼれ落ちた。ミドナさんは「それは良かった」と言って笑う。
そして俺がチビチビとそれを飲んでいると、ミドナさんは「ああそうだ」と言って俺にある提案をした。
「それ飲んで少ししたら武器とか防具、揃えに行かない? 冒険者には必須アイテムだしね」
武器や防具か・・・・・。
買ったとしても、いざっていう時に使いこなせる気がしない。
「・・・・・モンスターとかって、やっぱり普通にいたりするんですか?」
「いるよー、普通に。さすがにこのくらい大きな町とかには出ないけど、小さい村には作物荒らしに来るし、人の手が入っていない草原とか森なんかも一歩踏み入れたらどんどん湧いて出てくるし。と言っても、この辺りのはあんまし強くないよ。下手したら子供でも倒せるくらいのモンスターだっているからね。まあそういうのは大抵、愛玩獣として飼われたりするんだけど」
モンスターをペットにするのか。
・・・・・・ちょっと想像がつかない。
「討伐系だけじゃなくて、採集系の依頼なんかでもモンスターは出てくるからね。とりあえず午後は武器と防具を揃えて、訓練場でその扱い方を覚えよっか」
「はい」
ということで、俺とミドナさんは町の武器屋に行くことになった。
しかし俺はその前にギルドへ立寄ることにした。自分が酔っぱらった後、何をしでかしたのかは分からないが、とにかく何かしらの迷惑をかけたことは確かなのでそのことについてセーナさんに謝罪をしに行った。
セーナさんは笑って「気にしなくて良いですよ」と言ってくれたので少しホッとしたものの、後ろのテーブルに座っている他の冒険者の人たちからの視線が強烈だったのでとりあえず頭を下げておいた。「他の冒険者の人にも手伝ってもらって組み伏せた」とミドナさんは言っていたし、おそらくそこでもまた迷惑をかけてしまったのだろう。
俺が頭を下げると、冒険者の人たちはまさか謝られるとは思っていなかったのか、少し動揺していた。
俺はそのまますぐギルドを出て、入り口の側で待っているミドナさんのもとへ向かった。
「お待たせしました」
「よし。それじゃ行こうか」
この町に武器や防具を取り扱っている店はいくつかあるらしいが、今回行くお店はミドナさんがよく利用している初心者御用達の、安価でありながらとても品質の良い商品が多数置いてある人気のお店らしい。
しかし品質が良いとはいえあくまで初心者向けなので、ある程度扱いを覚えてきたらみんなすぐ買い替えるのだとか。
今日はとりあえず、初心者でも扱いが簡単な剣を中心に見て行こう、とミドナさんは言った。
「防具はどんなのが良いかなぁ〜。装飾をなくせば良いのでも安く済ませられるかも・・・」
「あの・・・・・、さすがにこういう物にまでお金を払ってもらうわけには」
今回武器や防具を購入するにあたり、お金を一銭も持っていないことをミドナさんに言ったらとても驚かれた。
神様から何も聞いていないミドナさんは、初めて出会ったとき俺のことを『出稼ぎにきた駆け出し冒険者』だと思っていたらしい。だからある程度の仕送りや、または田舎から出てくる際にいくらか持たされているものだと考えていたようだ。だから昨日ギルドで「ご飯を奢る」と言っていたときも年上としてお金を出してくれただけで、まさか一銭も持っていないとは思っていなかったらしい。
「武器とか防具を揃えられないと今後困るしね〜。これくらいの出費、お姉さんにとってはどってことないからここは甘えておきなさい!」
別にお姉さん系ではないのに、年上というだけでお姉さんぶりたいらしい。
しかし、確かにこのままでは冒険者として成り立たない。少なくとも武器と防具を揃えないとモンスターに出会ったら一発だ。モンスターに殺されて死ぬなんて想像したくもない。
とまあそんなこんなで、ギルドから数分して俺たちは武器屋に到着した。割と大きな店で、確かに繁盛している様子が見て取れる。中にも何人がお客がいるようだ
「それじゃ入りましょっか」
ミドナさんの後に続いて店内に入ると、俺は感動した。
「うわぁ・・・・・」
店内の壁には剣や弓、槍など様々な種類の武器がたくさん掛けられていた。色のバリエーションもあるらしく、金や銀のメタリックなものから黄色や赤のような目立つ色のものまである。
「それじゃあ武器から決めましょうか。ユダくんはこれ使いたい、っていうリクエストはある?」
リクエストといってもな・・・。
実際、武器なんて使ったことはないし自分にはどれが合っているなんてことは皆目見当もつかない。まあ来る途中でミドナさんも言っていた、初心者には扱いやすい剣で良いだろう。斧は俺には少し重そうだし、槍も武器初心者には扱いづらそうだ。
「剣でお願いします」
「まあ初心者だしね。・・・バラー!」
ミドナさんが呼ぶと、店の奥から真っ白いひげを蓄えたお爺さんが現れた。ボサボサの髪の毛とボロ布のような衣服を身にまとったその姿はまさにホームレスのような風貌だ。しかしどこか、ベテランのような風格を漂わせている。
「バラー、こちらはユダ・タクミくん。武器の扱いに関しては初心者だから、彼でも扱える剣を見繕ってほしいの」
ミドナさんがそう紹介すると、バラーと呼ばれたそのお爺さんは丸眼鏡の奥の瞳をぎょろぎょろと動かして俺のことを観察し始めた。少しすると眼鏡をとり、優しく微笑んで俺に手を差し出した。
「ミドナちゃんが人を連れてくるとは珍しいの。・・・ワシはバラーじゃ。この店の店主をしておる」
「湯田匠です。初めまして」
そうして俺はバラーさんと握手を交わした。
「剣、ということじゃが剣にもいろいろある。太刀や大剣、短刀や片手剣などじゃな」
「その中でも扱いやすいのは?」
「ふむ。まあ太刀か片手剣じゃろ。大剣は威力は高いが初心者が使うには重すぎる。短刀は逆に軽くて扱いやすいものの、威力がない。そのかわり太刀ならば刀身が細くなっているから、大剣より軽いが威力は十分じゃ。両手剣は短刀が両手にあると考えても大丈夫じゃが、短刀よりも少し重さがあるから威力も上がっておる。もちろん太刀ほどではないがの」
話を聞いている限りだと太刀が一番良い気がした。だがそれはあくまで客観的に見た話であって、自分が実際に使うのなら一番扱いやすいのは両手剣だろう。俺自身、体力には自信がある方ではないし重い武器をずっと持っていたら戦闘の途中でバテてしまうだろう。
・・・・・・。
そういえば聞いていなかったが、ミドナさんは何の武器を使っているんだろう。
「ミドナさんの武器って何なんですか?」
「あたし? あたしは弓よ。・・・・・昔から天で打ってたしね」
ミドナさんは最後のところだけバラーさんに聞こえないように俺の耳元で呟いた。
確かに、天使はなぜか弓を使っているイメージが強い。本場仕込みの弓の技術を持つミドナさんは一体どれだけ強いのだろう。まるで検討もつかない。
「・・・・・じゃあとりあえず、太刀と両手剣を見せてもらえませんか?」
「ふむ。それじゃあこちらへ来なさい」
俺とミドナさんは違う部屋に通される。そこには先ほどバラーさんが言った大剣、太刀、短刀、両手剣といった剣系の武器だけが置かれていた。それぞれ横に値段が書いてあるが、それがどれほどの価値なのかは俺には分からない。
「この二つは最近作ったものなんじゃが、ワシとしては一番勧められる品じゃな。特徴としては、ユダくんのような小柄なもんでも持ちやすいように持ち手が少し細めになっているとこじゃ」
そう言ってバラーさんが出したのは、どちらも持ち手が同じ形の太刀と両手剣。実際に握ってみると確かに持ちやすく、特に重いとも感じないので扱いやすそうな感じではある。
二つを交互に握りながらウンウンと唸り迷っていると、ミドナさんが助け舟を出してくれた。
「バラーから見て、ユダくんは太刀と両手剣、どっちだと思う?」
ミドナさんがそう投げかけるとバラーさんは迷わず即答した。
「両手剣じゃろ。見る限り小回りが効きそうじゃし、あんまり重いものを持たせたらかえって動きが鈍くなる。体力さえあるのなら、一発の威力よりも何度も当ててダメージを与える型で動いた方が、ユダくんにとっては効率が良いと思うがのう」
・・・・・体力。やはりそこに行き着くのか。
運動神経が良いね、と昔からよく言われてきた。しかしバスケやサッカーの試合をしているといつも途中でバテてしまうので、俺はそれを悟られないよう極力動かずに他のメンバーのサポートに徹するようにしていた。
しかしモンスターとの戦闘は試合ではなく、単純に言ってしまえば殺し合いだ。モンスターと出会ってしまったとき、こちらが弱ければ呆気ない最期を迎えてしまうだけ。試合と違って、負けたら取り返しがきかない事態になる。
やはり今後この世界で生きていくためには体力は必須だ。だとしたら、それ相応の努力をしないと・・・・・。
俺はグッと手を握った。
「両手剣にします」
「・・・・・本当に良いのか? 別にこれはワシの意見じゃし、訓練次第では太刀や他の武器だって上手く扱えるかもわからんぞ?」
「いえ。少なからず俺に両手剣っていう可能性を見出してもらえたのなら、俺はそれに従います」
そう言ってミドナさんの方を向くと、「ならそうしましょっか」と言って笑ってくれた。
「よし、分かった。ミドナちゃんに免じてこの両手剣、通常の2割引にしてやろう」
「ありがとうございます」
バラーさんが言ったように、俺には他にも可能性があるのだろう。しかし『俺でも扱えそう』だから両手剣を選んだわけではない。バラーさんが武器についてなんにも知らない俺に『両手剣が合う』と言ってくれたのなら、単純にその期待に応えたいだけだ。
そうして俺はミドナさんに頭を下げて金を借り、念願の両手剣を手に入れた。
バラーさんには「男が女に金を借りて武器を買うなんてのう」と言って笑われた。
・・・・・なんと締まらない終わり方だろう。