食事のタイム
「ある程度は覚えられたかしら」
「はい、大丈夫です」
あの後、俺はミドナさんに連れられてギルド周辺の案内をしてもらった。魔法薬専門の店や武器・防具店など。今後、俺にとって必要になってくるであろう店を中心に回り、その後は安い食料品店や日用品を買う事ができる店を教えてもらった。
ちょうど太陽が頭上に昇った頃、諸々の案内をしてくれたミドナさんは「それじゃあご飯食べに行きましょうか」と言った。とりあえずミドナさんに全て任せることにした俺は、何も言わずその後ろを着いて行った。
そうして辿り着いた場所。そこは・・・。
「ギルド・・・・・?」
「そうよ。冒険者たちは基本的に、食事は自宅かギルドでとるの。特にギルドは安いし、他の冒険者たちとの交流の場でもあるから、かけだしのユダくんにはもってこいね」
「ナルホド」
午前中に来たときと違って、ギルド内は人でいっぱいだった。依頼板の前で手頃な依頼を探す人、テーブルでタバコを吹かす人、そして食事をとっている人。お昼時はこんなにも賑やかになるとは。
ミドナさんは空いている席につくと、隣の椅子をポンポンと叩いた。ここに座れ、ということだろう。
俺も後に続いてミドナさんの隣に座ると、テーブルの上のメニューを手に取ったミドナさんが「どれにする?」と聞いてくる。なんか若干、というかこの人、かなり体をくっつけているような気がする。
とりあえず気にせずメニューを選ぼうとするも、文字を読めない俺にはさっぱりなわけで。とりあえず白状することにした。
「ごめんなさいミドナさん。俺、文字が読めないんです」
するとミドナさんは驚いた表情を浮かべた。
「え? 文字、読めないの?」
「今まで色々あって、文字とか、習えなかったから・・・・・・」
嘘は言っていない。
すると何かを察したミドナさんはまたあのテンションになった。
「ご、ごめんね、思い出させちゃって! それじゃあ今日は、お姉さんのおすすめにしよっか! おーい、注文おねがーい!」
ミドナさんが手を挙げると、ギルド受付から少し離れた場所にあるバーカウンターの奥からメイド服のような衣服を身にまとった女性が現れた。
「はい、ご注文お伺いします」
その女性はギルドの受付嬢、セーナさんだった。
「セーナさん?」
「あ。ユダ様に、・・・ミドナ様。・・・・・お昼はこちらで?」
「ええ。同じ部屋の者同士、こうしてご飯を食べて交流を深めようと思ってね」
そう言ってミドナさんは俺の右腕に両腕を絡めてくる。ところどころ何か当たっているが、それでも俺は無表情を保ち続けた。
「セーナさんはどうしてウェイトレスを・・・」
「あ、基本的にギルドの受付とウェイトレスは、交代で行わなければいけないんです。私の場合、午前中と午後の数時間は受付で、お昼時はこうしてウェイトレスを担当させてもらっています」
確かに受付ではセーナさんとは違う女性が待機している。
・・・それにしても受付とウェイトレスを交代制でしなければいけないなんて、けっこう忙しそうな職業だ。
「セーナちゃんのこの可愛い姿を見る為だけに、冒険者じゃないのに店に来る人もいるくらいだからねぇ」
「へえ・・・」
相当な人気ぶりだ。確かに、他のテーブルの男たちもチラチラとセーナさんのことを目で追っている気がする。ここまで人気があると、セーナさんの方も大変だろう。
「とりあえず頼もうかな。シロクマブタのバターソテーね。あと軽いアルコールも、それぞれ二つずつお願い」
「アルコールは先にお持ちしましょうか?」
「お願い」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
セーナさんはお辞儀をしてからカウンターの奥へと消えて行った。
「かわいいねぇ〜、セーナちゃん。まあ、周囲の男共の気持ちも分かるわ」
「セーナさんとは仲が良いんですか? 『ちゃん』付けで呼んでるし・・・」
ミドナさんは「うーん・・・」と少し考えるような素振りを見せた。
「仲が良いとは言っても、実際にあの子と接していたのはあたしじゃなくてこの『ミドナの体』だからね。まあ間接的とはいえ、見ての通り。セーナちゃんとは仲良しよ」
大天使『ウリエル』であるこの人が、『ミドナ』さんとしてこの世界で生活し始めたのはつい最近である。『ウリエル』として会ったことはないけれど、その『ウリエル』に動きを操作されていた『ミドナ』さんが出会ったセーナさんは、実質『ウリエル』の知り合いでもあるということなのだ。
ふーむ、ややこしい・・・・・。
「あ、来たみたいね」
ミドナさんの声に反応してカウンターの方を見ると、セーナさんがグラスをふたつ持ってくるのが見えた。先ほどミドナさんが頼んだ食前酒だろう。というか。
「ミドナさん、俺、お酒飲んだ事ないんですけど」
「大丈夫よ。ユダくん、15の年はもう過ぎたでしょう? 法律的にはなんの問題もないわ」
この世界では15歳を過ぎたら成人なのか。そしたら、19歳の俺はとっくの昔に自立していなきゃ駄目なのか。
ちょっと落ち込んだ。
「お待たせいたしました。軽めのアルコールということで、こちらの葡萄酒をお持ちしました」
テーブルの上に置かれる二つのグラス。グラスの中には透明度の高い、白い液体。
・・・・・大丈夫かな。
「アルコールは極端に少ないものだから、そう構えなくても良いわ。お子様が飲むアルコールみたいなものだし。はい、それじゃ乾杯乾杯」
「あ、はい」
セーナさんがその場を立ち去り俺たちはグラスを掲げた。グラスを軽く鳴らし合った後、互いに口を付けた。
「うーん、まあまあね。・・・・・・って?」
・・・・・・。
・・・あれ?
なんか、心なしか体が軽い気がする。
・・・ああ、お酒飲んだせいか。
というか、お酒ってたった一杯でもこんな気分になるのか。
一杯しか飲んでいないし、酔っているということはないだろうが。ううむ。
「あ、あれ? ユダくん? もしかして・・・・・酔っちゃったとか?」
「んぅ〜・・・・・、し・・・、失礼な! ぼか・・・ぼかぁ、酔ってなんか、酔って・・・・・なんかねえ、い・・・いませんよ!」
何を言っているんだこの人は。たった一杯飲んだくらいで酔うわけがない。
俺が机をドンと叩くと、ミドナさんは「ヒィッ」と怯えたような声を上げた。するとその音に反応した周囲の客は皆こちらを見始めた。
・・・・・なんでこっちを見ているんだろうか。不思議なり。
するとまたもやカウンターの方からセーナさんが出てきた。ふとその姿を目にし、「誰かが注文のために呼んだのかな?」と思ったがどうやらそうではないようだ。
セーナさんは小走りで俺とミドナさんの席まで駆けつけた。
「あの、どうかされましたか?」
「たっ・・・、助けてセーナちゃん! ユダくんってば、たった一杯飲んだだけなのに酔っちゃって」
「だから酔ってませんってば!」
「「ヒイッ」」
もう一度机を叩くと、今度はセーナさんも声を上げた。
まったく。なにをそんなにおどろいているのか。
ううむ。かんがえてもわからない。
ふしぎなり。
そうして俺の意識は途切れた。