天使のタイム
『D-423』に住む女性は、名をミドナと言った。
真っ赤に燃えるような長い髪が印象的な快活な人柄で、年は20歳ちょうどということで少し俺より年上だった。
更に、受付嬢のお姉さんの名前はセーナというらしい。ミドナさんの話では、セーナさんはギルドの男たちから『女神』との呼び声が高いんだとか。その気持ちは分かるけれど。
セーナさんは完全に俺のことを女だと認識していたらしく、ミドナさんが俺の性別に気づくまでまったくわからなかったという。男としての沽券に関わる問題だ。
そこでセーナさんは俺の違う部屋を探そうとしたのだが、ミドナさんがそれを止めた。
「セーナちゃん言ってたよね。『男女共用の部屋もある』って。別にあたしはこの子を部屋に置いても良いよ。ちっちゃくてすっごい可愛いし!」
「可愛いって言っても、俺は男なんですけど・・・」
密かなコンプレックスでもある少々平均より低い身長を指摘され、俺は少々不機嫌になる。といっても、160cm中盤くらいだから決して低いわけじゃあないのだ。
一方セーナさんは俺の顔を凝視している。本当に男なのか、判断しようとしているらしい。
・・・・・というか、俺はそんなに女顔だったのかな。自分ではあまり鏡も見ないし、よくわからない。とりあえずショックだ。
するとセーナさんはミドナさんに言った。
「・・・で、ですがユダ様も困ってらっしゃいますし。男女共用のお部屋というのは、双方の同意のもとで成り立つものですから、無理矢理ユダ様をミドナ様のお部屋にお入れするのは・・・・・」
「えぇ〜。いいじゃないそんなのぉ」
「そう言われましても・・・・・」
ブーブー言うミドナさんは、突然なにか閃いたようでセーナさんの耳元で何かを囁いた。
ヒソヒソという小さな呟きのなかに、「・・・・・、バラすよ?」という声が微かに聞こえた気がする。・・・・・というか、この人もしかして脅迫してらっしゃる?
話が終わった二人は互いに向き直る。セーナさんは頬に伝う冷や汗を拭うことなく、俺に笑顔で言い放った。
「それでは本日から、この『D-423』にご入居していただくことになります。共同生活におけるルール等は、お二人でよく話し合っておいて下さい。それではこちらが、ミドナ様も所有しております、このお部屋の鍵になります。お部屋のことで質問、ご要望等ございましたらいつでもギルド受付までお越し下さい。それでは失礼いたします」
こんな長ゼリフを一度も噛まずに言い放ち、セーナさんは神風のごとき速さでこの場から去って行った。よっぽどミドナさんの脅しが効いたのだろう。明日にでも謝っておいたほうが良いのかもしれない。
「まあ、とりあえず上がりなよ」
ミドナさんの言葉に素直に従う。
部屋の中は意外と広かった。内装は昨晩お世話になった宿のような、木材の暖かみが感じられる落ち着いた雰囲気となっている。
入ってすぐダイニングルームらしく、中央にはギルドにもあった大きな丸テーブルと椅子が三つ。ミドナさんはその内の一つに腰掛け、俺のことを手招いた。
俺がミドナさんの向かい側に位置する椅子に座ると、ミドナさんはまたジロジロと俺の顔を凝視し、しばらくしてからこう言った。
「まずは自己紹介かな。あたしはミドナ」
「湯田匠です」
「ユダ・タクミくん・・・・・。うん、間違いないみたいね」
「え?」
ミドナさんは「ふふん」と笑って椅子を立った。
「ミドナというのは仮の姿・・・・・、あたしの本当の名はウリエル! 四大天使の一人で神様直属の部下よ!」
・・・・・・。
とまあ、そんなようなことを口にした。
「・・・・・・。すごーい、天使様なんだー。すごーい」
とりあえず拍手してみた。
すると・・・。
「いやねぇ、そんな、褒めないでよもう・・・!」
とてつもない業火で罪人を苦しめるという四大天使の一人、ウリエル。
彼女はとてつもなくチョロい女だった。
「それで、そんな偉大な天使様がどうしてここに?」
「ああ、そうそう。ユダくん、昨日の晩に夢で神様に出会ったでしょう?」
天使に『ユダ』なんて言われるとなんだか裏切り者になったような気がしてならない。まあそれは置いておくとして。
「会いましたけど・・・・・。あ、もしかしてあの時言ってた『部下』って・・・」
「そう、あたしのこと。・・・ああそれとこの体はね、実は作られたものなの。あたしはずっと天で暮らしていたわけなんだけど、いつしか下界に興味を持っちゃってね。でもあたし自身は下界に降りられないから、このミドナという体をこの世界に作り上げて、天から操作していたの」
「天使ってそんなこともできるんですね」
「とは言っても、離れた場所から操作するのって実は大変なわけ。反応速度も鈍いし、四六時中あたしが操作できるわけじゃないからミドナを何日もこの部屋の中に放置しっぱなしの時もあったし。どうしよっかなー、と考えていたときに神様が『ちょっと下界で生きるには心配なやつがいるから、お前ちょっと行ってお世話してやって』って言ったの。だからこの世界に存在するこのミドナの体と、ウリエルである私の意識をリンクさせたことで、宿を探す必要もなし、一から友達作りを始める必要もなし。特に困ることなく生活できてる、ってなわけなの」
「すごいですね天使様は」
そう言うとミドナさんは「にゅふふー」とニヤニヤし始めた。・・・・・この人、詐欺とか大丈夫なんだろうか。
「ということは、なんて呼んだら良いんですか?」
「ん? 普通にミドナで良いわよ。ウリエルっていうことは隠して生きていくわけだから」
「わかりました。・・・・・それじゃあ、俺のことも聞いてるんですか?」
「君のこと? いや、『下界で生きるには心配なやつ』としか・・・・・。うん、そうだよ。なんで普通の人間である君のために、あたしがわざわざ神様から世話役を言い渡されたんだろ。下界に行けるって喜んじゃって、そのへんあんまり考えてなかったわ」
この人、ほんとに天使で大丈夫なんだろうか。
「まあいろいろ事情がありまして。俺自身は普通の人間なんですが、実は神様とは旧知の仲なんです」
「えっ、そうなの!?」
「ええ。でもそれを語るには、俺の過去を話さなくてはならないんです・・・・・。ごめんなさい、いろいろあって・・・・・、グスッ」
「ああっ! ううん、いいのよ無理に話さないで! 大丈夫。お姉さんがユダくんのこと、しっかりサポートするから! 安心して良いのよ!」
「うう・・・・・、ありがとうミドナさん」
とりあえず泣き落としは成功した。ミドナさんは顔を赤く染めてあたふたしているが、とりあえず思惑通りに事が進んでくれて助かった。相手が天使であれ、あんまり俺自身のことは言いふらさないほうがいいかもしれないし。・・・・・まあとはいえ相手は神様直属の天使だから、バレるのも時間の問題かもしれないが。
「それじゃあユダくん。どうせだから外に出ましょ。そろそろお昼時だし、ギルド周辺の案内も兼ねて」
「あ・・・・・、でも俺、お金・・・・・」
自分でもキモいと思うが、ミドナさんの反応を見つつちょっとモジモジしてみた。うん、キモいね。
するとミドナさんは目を輝かせた。
「そんなの! 全然! いいのよ! ほら、早くお姉さんと一緒に行きましょ! 大丈夫よ奢ってあげるから、ほら!」
俺はミドナさんにされるがまま、手を引っ張られて部屋を後にした。
・・・・・・何度も思うんだが。
この人ほんとに大丈夫なんだろうか。