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不安と決意のタイム

「それじゃあお世話になりました」


「あいよ。困ったことがあったらいつでもウチを頼んな」


「坊主の危機とありゃ、いつでも駆けつけるぜ!」


「またな坊主!」



 昨夜は結局、宿屋を経営している女将のもとに一晩だけ厄介になる事になった。無料で晩ご飯を食べさせてもらい、無料で一泊するかわりに各部屋の掃除や翌朝の朝食の下ごしらえ等を手伝った。その際に、この世界についてのいろいろな話を聞かせてもらった。



 まず第一に、この世界には複数の種族が共生していること。


 人や獣人はもちろん、悪魔族や天使族。精霊族なんてのもいるそうだ。昔は種族同士で偏見を持っていたり、差別的な扱いをしていたりしたようだけど、ここ最近はそういったことも少なくなってきているらしい。とは言っても未だに偏見を持ち続ける人たちもいるらしいが。



 そして第二に、この世界には大きく分けて二つの大陸が存在していること。


 多くの種族が共生するずっと前の話。人間だけで住んでいた『人界』と、その他の種族が住んでいた『魔界』の二つ大陸があった。


 お互いに姿形がまるで違うことから、何百年もこのふたつの大陸同士で戦争をしていたらしい。しかし人間が魔界を支配したことから戦争は終結し、時間の経過と共に種族同士の確執も徐々に取り除かれていったそうだ。


 当初は植民地として支配されていた魔界だが、百数年前に即位した人界の王が、魔界を魔族たちの土地として独立させることを決めた。そのことから魔族たちも人間により理解を示し、今ではお互いがお互いの大陸を自由に行き来できる関係を確率させたということだ。


 とはいえ未だに戦争を続けている種族、地域もあるので、それについて二大陸の王同士で対談することも多々あるとのことである。



 そして第三に、魔法が存在していること。


 今まで俺にとって夢物語であった魔法は、この世界のほぼ全ての人々が扱えるものであるらしい。魔法にもいくつか区分があり、『下級魔法』『中級魔法』『上級魔法』のどれを使えるのかによって、個々のレベルもまた分かれるそうなのだ。


 また『魔法使い』というのは、この世界において一つの職種として存在しているらしい。下級魔法は誰でも扱えるので、中級魔法を会得した人から魔法使いの職に就くことが出来る。中級魔法を扱える『中位魔法使い』は、軍に入ったり貴族のボディガードになったりする。上級魔法を使える『上位魔法使い』は、基本的に王家から直々に任命状が届いて魔法騎士になったり、軍の最前線で将として戦うことになったりもする。


 このように、魔法というのは人々の生活に完全に定着しているのだ。


 だから宿で食事の手伝いをする際に、女将が普通に指先から火を出したときは驚いた。


 この世界では多くの物事が魔法によって成り立っている。だから最低でも成人前には下位魔法の一つでも会得しておかないと、一人で生活することもままならないのだ。


 

 完全に今までの世界と常識が異なっていることが分かっただろう。話を聞く限りじゃ楽しそうにも思えるが、実際はそんな生易しいものじゃなかったりする。


 平和そうな町でも、未だに偏見を持つ多種族がまれに攻めて来ることがあるらしい。そういう時は人々が団結して魔法で応戦したり、武器を持って先陣を切ったりするそうだ。そんなことを聞いてしまったら、自分がこの世界で今後生きて行けるのか不安になった。


 だがしかし、俺には神からの授かり物がある。


 今まで無意識的にしか発動する事が出来なかった『時を止める力』。これを完璧に制御できるのだ。


 

「まあ、物は試しで」



 宿を出た俺は昨日訪れた市場にもう一度赴き、たくさんの人々が往来するこの道で早速能力を使ってみることにした。



「念じるだけでいいんだよね。・・・・・ムムッ」



 目を閉じて念じてみる。数秒ほど頭の中で『時よ止まれ』と反復してから目を開けると、そこには完全に時が止まった状態の風景が広がっていた。



「おお・・・・・。ほんとに成功した」



 人々は皆、その動きを完全に止めている。頭上を飛ぶ鳥も、人ごみをすり抜けて追いかけっこをする子供も、買い物をする奥様たちも。皆一様に動きを止めていた。



 時が止まっている風景は見慣れているけれど、少し怖くなった。こんなすごい力を、俺が持ってしまって良いのかな、と。



 もしこんな力を持っていることが知られてしまったら、俺はどうなってしまうのか。昨晩宿の手伝いをしている時に女将に尋ねたが、時を操る魔法使いは未だこの世界には存在していないらしい。もし時を操れる魔法使いがいたら王家直属の魔法騎士になれる、とも言っていた。



 この力のことは、隠しておいたほうがいいかもしれない。


 

「本当にやっていけるのかな・・・」



 力を解くと、再び市場に喧噪が戻り始めた。



「はあ・・・」



 なんかドッと疲れた。当たり前だ。たった一日でいろんなことが有りすぎた。


 俺は女将からもらった日用品の詰まった袋を担ぎ、市場を抜けて昨日と同じ大きな広場へ訪れた。そしてまた昨日と同じく、石で出来たベンチに座って一息吐いた。



 いろんな人たちが歩いている。見た事もない景色が広がっている。



 神は言っていた。あちらは君にとって過ごしやすい世界のはずだ、と。


 以前の世界では、常に縛られているような気分で過ごしていた。何をするにしても人に見られているような感覚があったし、自分のレベルが数値化されて順位として表示されるのもとても嫌だった。


 以前の世界と違って、この世界には自分を知っている人は誰もいない。大陸のどこを回っても、誰も俺のことを知らない。



 俺は晴れて、自由になったんだ。



 この世界で生きていくことは、とても難しいだろう。



 だけど以前の世界に比べたらずっと気が楽だ。

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