選択のタイム
「バイバイ湯田くん!」
「うん」
「また明日なー、湯田っち」
「うん」
「明日もサッカーな。忘れんなよ湯田!」
「うん」
放課後。
何も入っていない鞄を肩に掛け、帰路につく。ダラリと長い坂道は、行きは良くても帰りが辛い。運動神経は良いと言われるけれど、体力がある方ではないからこういう時地味に困る。
フーフーと息切れを起こしながらも、なんとか坂の上に到着した。一息吐いてからふと前を見ると、目の前には黒マントの怪しい男が。
「・・・・・」
とりあえず先を急ぐ事にした。
「ちょっと待ちなさい」
肩を掴まれる。黒マントの男だ。帽子で顔が隠れているが、その声から察するに初老の男性だろう。
「・・・何か用ですか」
「うむ。君に用があってな・・・・・、ってオイキミ! 行くな! 用があると言うておろうが!」
「・・・・・ママから、知らない人に付いて行っちゃだめって」
「いや確かにそうだが、すぐ終わる。一分と掛からないから・・・・・、って言うておるのに行こうとするな! 人の話を聞け!」
非常に落ち着きの足りないジジイである。こっちは早く家に帰りたいというのに、それを邪魔するというのは許しがたい。とはいえ、このまま押し問答を繰り返していても話は進まない。とりあえず話は聞いてあげよう。すぐ済むというのなら。
「そんなに言うなら聞いてあげます。早く話して下さい。ほら早く」
「・・・上から目線なのは見逃してやる。まあそう急かすな。これは重要なことだ」
黒マントの不審者はゴホンと咳をしてから静かに口を開いた。
「湯田匠、君の周りで起きている現象は君の力によって生み出されたものだ」
内心、ハッとした。まさかこの不審者がそのことを知っているとは思わなかったから。
それでも一応、表情は崩さずに無表情を保っている。それに疑問を感じたのか、黒マントは俺に問いかける。
「まさか知らないわけではあるまい。発生源は君で間違いないのだ。とりあえず、その現象に心当たりがあるのかどうかをイエスかノーで答えろ」
「・・・・・」
すぐには答えられず、口を噤む。それを無言の肯定と捉えたのか、黒マントは更に話を続けた。
「時間を止められるのだろう? 無意識とはいえ、その力を使うことが出来る君は素晴らしい才能の持ち主なのだ。しかし、そんな力を持つ君がこの世界で生きるのには些か問題がある」
そう言って黒マントは、路上の石ころを使って道路に何かを書き始めた。
それを書き終えると、黒マントは俺に問いかけた。
「選択肢だ。二つある」
路上には『生きる』という文字と『死ぬ』という、二つの文字。一瞬では理解できなかったものの、頭の中を整理することでこの黒マントが言おうとしていることはだいたい分かった。
「ひとつ。この世界におけるイレギュラーな存在として、ここで死ぬこと。ふたつ。この世界とは常識も文化も全てが異なる世界で生きること」
「生きる方で」
「早っ」
生きるか死ぬか、なんて選択肢を出されたらどんな条件の下だろうと生きる方を選ぶ。死ぬなんて死んでもごめんだ。
『生きる』と書かれた方を足を踏むと、俺の体は光に包まれた。日光のように暖かい光で、自然と瞼が下りて行く。
眠りにつく寸前で、黒マントの声が聞こえた。
「こことは違って、あちらは君にとって過ごしやすい世界のはずだ。まあ困ることもあるだろうが、神に祈れ」