【星詠石】
鉱山を進み続けること、数十分。
現在、二人と一匹はきっちり三メートルの間隔を開けながら歩いていた。前方に、剣の柄を握りしめながら周囲に注意を配るグレア。後方に、視線を常に斜め下に落としっ放しのクロエ。ちょうどその間、どちらかと言えばグレア寄りの位置でマルクが歩いている。
「そんなに怒らないでよお姉さん。確かにクロエは魔法を使えないけど、肝心の星詠石のコトはちゃあんと分かるんだよ。だからさ」
「……魔法が嫌いのに“魔法使い”というのはどういうことじゃ? それは何かのトンチか、それともジョークか? どちらにしても面白くもない。わらわは失望したぞ」
「じゃ、さしずめクロエは魔法使えないだね。でも別に、魔法が全く使えないわけじゃないんだよ。傷薬を作る技術だってあるし、魔力だってちゃんと持ってるんだ」
「なら、何故……」
「お姉さんにも事情があるみたいに、クロエにも事情があるの。分かるでしょ?」
「…………」
足元を歩くネコの背中に視線を落とすと、それを待っていたかのようにチラとこちらを見上げる視線とぶつかる。暗がりで丸くなった緑色のネコ目は、心の奥底を見透かしてくるかのように思えて少々気味が悪かった。
「クロエはどうか知らないけど、ボクは何となく気づいてるよ。お姉さんがワケありっぽいのはね。ネージュ国で冒険者申請しないのも変だし、それに何より……冒険者って格好じゃないよソレ。騎士とか貴族とか……お姫様とかに見える」
「……」
グレアの視線が彷徨う。マルクの予想は、当たらずとも遠からずといったところだっただろうか。ランタンの明かりに照らされた彼女の横顔は険しくて、何故か少し寂しげだった。
「……今は野暮ったい話は止めようか。あ、でもクロエのコトが聞きたければボクに聞いてね。あの子はあんまし喋りたがらないだろうし」
「…………」
グレアが振り返って様子を見ようとすると、クロエはビクッと肩を震わせ俯き気味な視線をさらに下に落とした。真っ黒いカーテンのような前髪のせいで見づらいだろうに、あれではほとんど地面を見つめながら歩いているようなものだ。
「……しかし、星詠石の鉱脈とやらは中々見つからないのう。最下層まで行かなければダメなのじゃろうか」
「かもね。流石のクロエも、星詠石の判別が出来るだけだから場所までは分からないと思うな」
「ところで、その判別とやらはどうやるのじゃ? やはりわらわでは不可能な事なのか?」
「んー……じゃ、お姉さんは“魔力”を使える?」
マルクの問いに、グレアは早々に首を横に振る。
「魔力? 要するに魔法じゃろう? 無理じゃ無理じゃ。魔法の本なども読んではみたがちっとも分からんかったし」
「違う違う。“魔法”じゃなくて、その源の方の“魔力”だよ」
「……どう違うのじゃ?」
全然違うよ、とマルクは首を振りながらグレアを見上げ、少々得意気になって語りだした。
「ヒトは自分自身でもハッキリと理解、認識していないチカラが備わっている。自分が危険な目にあったり、大切な誰かが目の前でピンチになったり、追い詰められた追い込まれたりしたその瞬間、ヒトは突然不思議な力を発揮することがある。火事場の馬鹿力だとか、窮鼠猫を噛むみたいな感じにね。そういった、実は誰にでもあるんだけど本人が気付けていない力のコトを“魔力”って言うんだ。聞いたことない?」
「いや、そんな話は学院でも聞いたことがないのじゃが……」
続けるね、と一呼吸置いてからマルクは再び語る。
「そして、そんな魔力を覚醒させて、自分の意志で初めてコントロールできるようになったモノを“魔法”と呼ぶんだ。“魔力”って言葉自体は人それぞれだけど、専ら“魔法”を使う人は魔力って呼んでる。武道家なら精神だとか気合いって言い変えることもあるし、気力、理力、闇の力だとか信仰、MPにSPにFPってのだとか……そんな感じ。それでさっきも言ったけど、“魔力”っていうのは誰にだって備わってるものなんだ。だから、訓練次第では子供だって“魔力”を使うコト自体は出来る。個人差はあるけどね。それから」
「そ、そこまでで良い。何やら少し頭が痛くなってきたぞ……」
チクチクと痛むこめかみを押さえながらグレアは鉱山の深部へと踏み込み、時々出くわす魔物を撃退しながら進んでいくと、やがて進路の先に小さな松明の明かりが見えてきた。その先を越えるとドーム状にぽっかりと広がった空間となっていてその先は行き止まり。どうやらここが鉱山の終点のようだ。
「ふむ、どうやらここが最深部のようじゃの」
「ん、そうみたいだね……って、クロエもボーっとしてちゃダメだよ。早くこっちにおいでー」
広さは、小さな村であればすっぽりと収まってしまいそうなほどだろうか。あちこちに散らばったつるはしや、破損したトロッコのパーツが転がっていて、以前まで使われていた……というよりも、慌ててこの場所を放棄したかのような印象を受ける。道中に見たものと同様の窪みがこの場所でも複数見られるが、その中でも一番奥には人がつるはしで掘ったものとは到底思えないような巨大な空洞が出来上がっていて、その向こう側にどろりとした闇を湛えていた。
「さて、クロエ殿。今度ばかりは働いてもらわなければ困るぞ。星詠石の判別とやらは、わらわやこのネコでは出来ないからな」
「……じゃあ、石を…………ッ?」
ずずず、と地滑りを思わせる小さな音がクロエの耳朶を打った瞬間――鉱山そのものが震え上がったかのような振動が襲いかかる。
「な、なんじゃなんじゃ!? まさか、ここが崩落するとでも言うのか!?」
「…………気配……? 大きいの、ひとつ…………もう、一つ?」
「なに!? ……って、あれは……!?」
大小様々な岩石の霰が降り注ぐ中、杖代わりにした両手剣で体を支えていたグレアは最奥にある大穴から濛々と砂煙が立ち上っていることに気付く。そして、その向こう側で蠢く巨大な影も。
――――――――――!!
雄たけび、咆哮、そのどちらとも言い難い謎の“声”。
声を張り上げる影は砂煙をその剛腕で払い除けるとクロエ達の前に姿を現す。黄土色に染まった、見上げるほどに巨大な身体。腕はまるで城塞のように重厚で、大地をぶっ叩くたび世界が揺れてるのではと錯覚するほどの縦揺れを起こす。騎士の兜のようなゴテゴテした頭部に光る青い一つ目。まるで要塞に手足が生えたかのような、それは――
「…………ゴーレム……」
「何じゃと!? あ、あれがゴーレムじゃと? 遺跡で宝物の番人をするという……アレが、ゴーレム……!?」
「ゴーレムって……指定を受けたダンジョンならともかく、普通の鉱山に出るのっておかしいでしょ? 何でここに……いやぁ、今日は本当に珍しいコトが続く。愉快だねぇ」
「ちっとも愉快じゃないわ!? お主ら、いくらなんでも緊張感が無さ過ぎるぞ!」
ポケーっと黄土色の巨人を見上げるクロエとマルクは、とても強敵と遭 遇している人間とは思えないほどにのほほんとしている。強者故の余裕か? いや、先の戦闘で小さな旗を振るのに疲れるような少女とただのネコでそれは決してあり得ない。
「くそッ……まさか、星詠石を守る守 護 者だとでもいうのか!? ここはダンジョン指定の受けていない、普通の鉱山のはずなのに……!」
「でもさぁ、真面目な話お姉さんじゃ勝てないよ。ここは逃げるしかないと思うんだけどな」
「しかし、鉱脈はゴーレムの向こうにあるはずなのじゃろう? なら、石だけでも回収して――んのわあぁッ!?」
思いもしない方向から体当たりを喰らい、グレアは無様に地べたを転がっていく。そんなグレアがつい先ほどまでいた場所に向けて、黄土色のゴーレムはその身の丈とほぼ同じぐらいの大きさの岩石を放り投げていた。散らばった岩石の欠片がグレアやクロエの身体中に飛んでくる。
「く、クロエ殿……!? す、すまない助かった!」
「…………膝、擦りむいた…………いたぃ……」
「帰ろうよお姉さん。あんなの相手にするなんて出来っこないって。星詠石は一旦諦めて、熟練の冒険者にアレを任せてから……」
「それでは、ダメなんじゃ!」
体にまとわりつく砂礫を払い除け、グレアは鞘付きのままの両手剣を抜き放ち切っ先をゴーレムへと向ける。右腕が震えている。今までの人生の中で自分よりも大きな魔物との対峙など在りはしないし、そもそも魔物と戦ったのも今日が初めての彼女だが――それでも、進みたいという意地と意志があった。
「絶対に、自分の手で成さねばならない! この程度で躓いていては……それこそ……ッ」
「…………」
勝てない。
そんな事は彼女とて分かり切っているはずなのに。
それなのに。
震える腕を意志だけでねじ伏せ従え、竦む体に鞭を打って立たせている。
分からない。
どうして、彼女がそこまでして戦おうとするのか。
「っく……はぁッ――ああああああああッ!」
そんな彼女の後姿が、クロエには眩しかった。
ゴーレムは、グレアの身の丈からしてみれば大樹を見上げるかのような大きさだ。それなのに。
振るわれる黄土色の剛腕。易々と地面を砕き、飛散する岩の欠片や砂煙に巻き込まれながら、グレアは地面にめり込んだゴーレムの腕に飛び移ると、そのまま腕伝いにゴーレムの顔面を目指して疾駆する。狙っているのは――剥き出しのあの青い目だ。
「視界さえ、潰してしまえば――ッ!」
鈍重なゴーレムの動きとグレアの動きは一目瞭然。腕伝いに走るグレアをゴーレムが捉えた時には既に彼女の両手剣は喉元にまで迫っていて、グレアは持てる力の全てを込めてガラ空きの一つ目に渾身の一撃を叩き込む。水晶体のようなゴーレムの目に、亀裂が走った。
――――――――――!?
声にならない叫びを上げたかと思うと、驚くべきことにその巨躯がふらふらと後方に下がりながら、やがてドスンと地響きを起こしながら片膝をつく。目を潰されたゴーレムはその場で暴れるでもなく、崩れたまま微動だにせず、傍目から見れば機能停止したかのように見える。
「…………う、そ……」
「す、凄いなぁあのお姉さん。いくらなんでもアグレッシブ過ぎ……」
「う、うお……わ……あ、や、やっつけ……た…………? ……ふ、ふふ、ふふふ……はぁーっはっはっは!? どうじゃ、見たか二人とも! わらわが本気を出せばこれぐら」
「んなああああぁッ!? なになになに? エラーが発生したってどーいうコト!? アタシ様が丹精込めた試作ゴーレムに何があったっての!? せっかくモンスター放って無人にしたってのにぃ、何処の誰の仕業だぁッ!?」
グレアの勝ちどきは突如頭上から聞こえてきたヒステリックボイスにかき消され、クロエとグレア、そしてマルクの見上げた先には――何故か、目と口とをくり抜かれたどでかいカボチャがふよふよと中空を漂っていた。
「ちょっとちょっとちょっとちょーっと!! アンタたちこんなトコで、何してくれちゃってるワケ? え? 誰の許可でこの鉱山に転がり込んで、アタシ様の作り上げたゴーレムのメインカメラ潰しちゃってるワケよ? アタシ様の納得のいく説明と謝罪を迅速かつ丁寧に要求するわ!!」
「んな、カボチャが空を飛んで……!? き……貴様こそ何者じゃ!? 姿を見せろ、そして名を名乗れいッ!」
「っはぁ? ざけんじゃないわよ。そっちの謝罪が先。だいたい、この世界を生きてる人間のくせにアタシ様の名前も知らないとか、時代遅れも甚だしいわ。脳みそ、ちゃんと詰まってるのそのアタマ?」
「んが、ぎぎぎ……ぃ! ぶ、無礼者が! 貴様、今すぐ降りてこい! わらわが直々に、成敗してくれるぞ!」
「ぎゃーぎゃー五月蠅いわねぇ。躾のなってない犬みたいだわ……っと」
パチン、という指を弾く音と共にカボチャの上に現れたのは艶やかな金髪の少女だった。クロエの被るモノより圧倒的につばの広い三角帽子に、パンツなど隠すつもりが微塵も無さそうなほどに丈の短いミニスカート。そのどれもがショッキングピンク一色という奇妙な出で立ちの少女は、フン、と鼻を鳴らしグレア達を見下ろす。
「このアタシ様、アンタみたいなゴミと相手してる暇はこれっぽっちもな・い・の。だからさっさと土下座して謝って帰って頂戴。今帰ってくれるんなら、アタシ様のゴーレムの目を壊したことは水に流してあげなくもないわ」
「ぐぐぐぅ……う、上から物を言いおって……からにぃ」
「あ…………あぁ……」
金髪の少女と、クロエの視線が重なった瞬間――彼女は、不機嫌な顔に驚愕と嫌悪の入り混じったような表情を浮かべた。
「…………は? え? はぁ? なぁんでオマエがここにいるのよ」
「……クロエ殿? 彼奴は、知り合いか?」
「クロエぇ……? は、何それ、オマエの名前なわけ? ソイツに付けてもらった名前? 失敗作のくせに、ご大層に名前までもらっちゃって? いっちょ前に人間のフリとか……虫唾が走るわねぇ……」
「し、失敗作じゃと……? 貴様、何を言っておる!」
クロエは、彼女を知っている。
彼女を、知らないわけがない。
忘れたくても忘れられない、唯一無二の存在。
「クロエ殿……? いったい、彼奴は……」
「………………デ……ネブ……」
忘れたくても、忘れられない存在。
何故なら、彼女はクロエの――
「…………お母……さん」
生みの親、だからだ。
ついに現れたクロエの母親の正体とは?
そして、失敗作の言葉の意味とは?
『ネコと、魔法使い』 第6話
読んでくれないと、またまた引っ掻いちゃうぞ!
マ「……っていう次回予告的なのはどう?」
ク「…………どう、って?」