【スティラ鉱山】
鉱山と聞くと、大抵の人なら筋骨隆々の男とか男とか男とかがゾロゾロと何処からともなくわんさか集まっていて、大きなスコップやつるはしを抱えながら鼻歌なんぞ交えつつ、えんやこらえんやこらと汗と汗と時々涙に気合いとを流しながら鉱脈を目指し、一心不乱に作業している光景を思い浮かべるかもしれない。
事実グレアも、ダンジョン指定を受けていない普通の鉱山なら、入り口まで来れば誰かしらいるのではと予想していたのだが――無人の荒野を目の当たりにした瞬間は唖然とした。
「誰も……いない……じゃと?」
「…………?」
ソレーユの街から西に伸びるヴェステア街道を数分と進み小さな林に道を反れて行くと、グレアの目的地である『スティラ鉱山』がまるでナマズが欠伸をしているかのようにぽっかりと口を開いている。ここは鉄鉱石や銅鉱石のようなありふれた鉱石に加え、グレアが求める星詠石の鉱脈も僅かながら存在している少々珍しい鉱山。入り口中央には採掘に使われるトロッコのレールが伸びていて、沈みかける夕日を反射して光っている。ここに辿り着いた時には、既に黄昏時となってしまっていた。
「ふむ、休みの日……というヤツじゃろうか? 人っ子どころか虫一匹も見当たらんのう」
「ホント、今日は色々と珍しい事が重なるねクロエ」
「………………」
いくら鉱山と言っても、このスティラ鉱山は奴隷が働くような悪辣な場所でも無し、たまたま今日が鉱夫たちの休日だった可能性は十分にある。しかし、何となく不穏な気配がするようなしないような。クロエとしては、むさ苦しいタイプの人間は好かないので実を言うとちょっと嬉しかったり。
……と、何も鉱山の入り口まで来て立ち話に花を咲かせても意味は無い。二人と一匹は早速鉱山の中へと足を踏み入れて行った。
「ちと暗いの……クロエ殿」
「……ん」
内部にも人の気配も形跡も無く、松明の火も完全に消えている。
ほとんど初対面の人間に顎で使われるのは少し抵抗はあったものの、クロエは用意してもらったランタンをリュックから取り出しマッチで火を灯す。そんなごくごく普通な動作にグレアは眉根を寄せる。
じっと見つめらていると、誰だって気分が悪くなる。クロエとて同じだ。
「…………何?」
「いや、その……クロエ殿は魔法使い……なんじゃよな?」
こくり、とクロエは小さく一度だけ頷く。別に嘘はついていない。
「その、こう……わらわはてっきり、魔法の力で火を灯すものかと期待しておったんじゃが……」
「手をかざして、炎がボン! みたいな?」
こくこく、とグレア。
何か物言いたげな彼女の様子を見てマルクは何となく彼女の気持ちを察した。
「クロエ、ようするにお姉さんは“魔法使いっぽくないなぁ”って言いたいんだよ」
「そ、そうじゃ。胡散臭そうなローブによれよれの三角帽子、パッと見魔法使いの格好をしているくせに杖は持ってないし。店にも、それらしい商品も置いてなかったような気もするのじゃが」
「…………傷薬、作れる」
「いや、それは何か違うような気もするんじゃが……まぁいい。今の目的は星詠石じゃ。それを集めて、わらわのティンクルスターを作ってもらわねば」
「…………」
ほんわりと灯ったランタンの明かりが薄暗かった内部をゆっくりと照らしだしていく。整地された地面に、鉱物を運ぶのに使われているであろうトロッコのレールが前にも後ろにも伸びている。所々窪んでいる壁は、恐らく採掘中か採掘済みの場所なのだろう。じゃり、じゃり、と砂と小石が混ざった音を響かせながらクロエ達は進んでいく。
「ねぇねぇ、ちょっと聞いてもいいかいお姉さん?」
「んー? 何じゃ」
でこぼこした地面に歩き疲れたマルクはクロエの肩に飛び乗ると、先頭を歩くグレアの背中に向けて訊ねる。
「さっき、お姉さんは王国の出身だって言ってたじゃん。王国にだってギルドがあるのに、わざわざソレーユに来た理由は何なのさ?」
実を言うと、クロエも同じ疑問を工房で抱いていた。
ギルドとは、村や街などで冒険者や商業者向けに創られた組合組織のことで、何もソレーユだけにある限定的な施設ではない。むしろその逆で、どこの国や街でも見掛けられるようなありふれた施設で、街と王国でなら当然後者の方が施設の規模も大きいはず。それなのに、わざわざ遠出してソレーユ・ギルドで冒険者登録するのは、傍から見ると途方も無く無駄な行為に思える。それでも敢えてこの街を訪れた理由とは何か。マルクのネコ目とクロエの視線のダブルパンチを浴び、グレアは――少しだけ視線を伏せた。
「…………それは、だな」
「あー、ごめん。ボクが話を振っておいて何だけど――お客さんだ、二人とも」
二人と一匹の往く先に――蠢く影。
素早くランタンで前方を照らすと、そこには薄緑色をしたゼリー状の奇妙な生物が右に左にと不規則なリズムで揺れ動いていた。
「むッ、魔 物じゃな!」
「…………魔物」
魔物――それは、この世に生きる動植物たちが魔力の影響を受けて突然変異してしまった怪物の総称。クロエ達の目の前に立ちはだかったのは、薄緑色のゼリー状の魔物『グリーンスライム』。外見上はただ気味悪く動き回るゼリーなのだが、小動物程度なら容赦なく丸呑みし体内で発生させた強酸で溶かして吸収してしまうような凶暴性を持ち合わせている。冒険者なりたての人間は要注意の魔物だ。
グレアは背負った両手剣を鞘に入れたまま抜き放ち一歩前に出て構え、クロエとマルクはその後方に位置を取る。
「鉱夫たちがいなかったのは内部で魔物が発生した所為か……!? ふん、よかろう! ならばわらわが天誅を下してやる! クロエ殿、戦闘準備じゃ!」
殺る気まんまんのグレアを他所に、クロエはうにょうにょ動くスライムを観察しながら小さく呟く。
「…………変」
「何をボサッとしておる! わらわが斬り込むから、クロエは“魔法”で援護するのじゃ!」
「えっ……や、あの、私は……」
「行くぞッ!」
掛け声とともに颯爽と駈け出し両手剣を振りかぶる。ぐにゃぐにゃした外見の割には素早く、グレアの初撃は外れ鉱山の地面を深く抉ってしまう。
「このッ、すばしっこいヤツめ! 待てッ! こんの……おりゃッ! まだまだ! ちぇいッ!」
薙げば体を曲げて回避され、振り下ろせば横に跳んで避けられて。グレアの攻撃はなかなかスライムの身体を傷をつけず、当の彼女はゼェハァと肩を怒らせるばかり。
「クロエ殿! お主、魔法使いであるならばわらわを援護するのじゃ!」
「…………あの、だから……私……」
「あぁ、お姉さん後ろ後ろ!」
「ちぃッ!」
反撃に転じたスライムが、そのゼリー状の身体を大きく広げながらグレアに向けて飛びかかる。そのままグレアを丸呑みにしてしまうつもりか――しかし、グレアは両手剣を横に構え大きく水平に薙ぎ払う。ぐにゃり、と何とも形容しがたい感触がグレアの手の平に伝わるが、そのまま強引に振り抜く。岩壁に叩きつけられたスライムは力尽きたらしく、ゼリーから液状に溶けだして地面の奥へと吸い込まれてしまった。
「ふぅ……う、動いてる相手は面倒じゃの。相手が一匹だったからよかったが……って、クロエ! 貴様何を呆けていたのじゃ!」
「……だ、だから、私は、その…………きゅぅ……」
グレアが奮闘していたのにも拘らず、結局クロエは遠目から彼女の勇士を眺めていただけだった。せっかく剣士と魔法使いのパーティだというのに、魔法使いの方はてんで援護も何もしてくれない。スライム一体相手だからどうとかの問題ではなく、単純にグレアは怒っていた。
「って、お姉さんお姉さん! 後ろからもっとたくさん来たよ!」
「あぁもう! クロエよ! 名誉挽回のチャンスじゃ! 次こそしくじる出ないぞ、いいな!」
「…………や、だから……ぁ」
進行方向からもぞもぞと湧いて出てきたスライム群に、グレアは果敢にも飛び込み両手剣を振るっていく。
「ちぇぇあッ! はッ、せッ――ったああああ!!」
「……が、頑張って………くださ~……い」
クロエ、リュックからお子様ランチに乗っかってるような小さな旗を取り出し両手に装備する。
「んの! チッ、まだまだぁッ!」
「…………ふ、ふれー……ふれー………ぐ、ぐれ……あ……さん」
そして岩の影で、それをこっそりと振る。
「これで、六体目じゃ! 次で、ラストぉッ!!」
クロエ、旗をポイッ。
「………………疲れた」
「なんもしとらんじゃないかあああああああああああああああああ!?」
理不尽な怒りに燃える剣閃が七体目のスライムを穿ち、壁に叩きつけられたスライムの目尻に小さな雫が浮かんだように見えた。
戦闘は終了。
しかし、グレアの怒りは収まらず剣を手にしたまま恐ろしい形相でクロエに掴んで掛かった。
「お、お主……情けないにも程があるぞ! 魔法使いと言ったら、後方支援の鉄板ではないか! それなのに、よりにもよって“応援”とはどういうことじゃ!? 別に応援されてもわらわには何の効果も無し、しかも途中で止めるし、その見た目はコスプレか何かなのか!?」
「…………だって、私……は……」
クロエ自身が、魔法使いだということは紛れもない事実。
しかし、彼女はグレアに対し一つだけ言っていないことがあった。
押し黙るクロエの代わりに、マルクは尻尾を揺らしながら答える。
「ゴメンねお姉さん。クロエはね、魔法が嫌いなんだよ」
「…………は? 魔法が嫌い……い、いや意味が分からんのじゃが」
目を白黒させるグレア。そんな彼女を知ってか知らぬか、クロエは絞り出すような小さく細い声で付け足す。
「………………私は、魔法が……嫌いなん……です。だから、魔法は……使いません……」
ク「…………疲れる」
マ「いや、本編中もそうだけどこっちでも何もしてないよね……ちょっとページを遡ってごらんよ。三点リーダーの嵐しか起こしてないでしょ? せめてあのお姉さんぐらいにはあとがきを全うしないと」
ク「じゃあ……次も、読んでくれたら…………そこそこ、嬉しい」
マ「……深刻な人選ミスだよコレ。大丈夫かなぁ」