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ネコと、魔法使い  作者: 夜斗
第1章  《冒険王女》
4/15

【お・さ・そ・い】

 『ネコとホウキの魔法店』。

 それが、クロエが預かるお店の名前。

 主に取り扱っているのは胡桃のクッキーやコンペイトウのようなお菓子と、それからノートや鉛筆、画材道具のような文房具を少々と、オマケに(、、、、)魔法の掛かった商品などである。


「やはり、ここはお主の店であったか。その胡散臭い風貌からして魔法使いか何かの類ではと予想していたが……うむ。わらわの予想通りじゃな」


 ほとんど使っていなかったカビ臭い応接用ソファにどっしりと腰を沈め、舞いあがったホコリなど微塵も気にせずしたり顔を浮かべるグレア。対してクロエは、グレアの向かい側に腰を下ろしてはみたものの、両手をぎゅぎゅっと強く握りしめ、自宅であるにも関わらず酷く居心地が悪そうに視線を斜めに下ろしていた。

 二人の間で、サヴリナが紅茶を注ぎながら朗らかに笑顔を浮かべる。


「クロエちゃんの言ってたのはアナタだったのね。私はサヴリナ。隣でパン屋さんをやってる、まぁクロエちゃんの保護者みたいな者かな。よろしく」

「わらわの名はグレア・アンネじ、しゅ、しゅッ……ん、んんッ!」


 名乗る途中で何故かグレアは唐突にむせ始め、花のつぼみを模したティーカップの紅茶を一息で飲み干し、ソーサーを叩き割らん勢いでカップを戻し大袈裟な挙動で息を整える。


「ぐ……グレアじゃ。よろしく頼むぞ」

「それでグレアさんとやら? クロエにいったい何の御用なのサ?」

「……ほ?」


 ふと聞こえた少年のような声にグレアは怪訝な表情を浮かべ、辺りをきょろきょろと見回して声の主を探すのだが何処にも見当たらない。ここにいるのはクロエとサヴリナと、一匹のネコだけだ。


「……変じゃの。今、子供のような声が聞こえたんじゃが」

「あぁ、マルクくんならグレアちゃんの足元にいるわよ」

「は? マルク……くん? それは」


 ネコの名前じゃろ――と呟きつつグレアが視線を急降下させると、件の猫が首を傾げながらグレアを見上げ――口を動かした。


「マルクってのは、お姉さんの剣に潰されて大変な目に合った憐れなボクの名前さ。お見知りおきを」

「い……ッ!?」


 瞬間、グレアはネコ顔負けの俊敏さでソファの縁に飛び上がり、愛想良く尻尾を振るマルクに悲鳴に近い叫びを上げた。


「んな、なななななッ、んなぁッ!? ネコが、人の言葉を……喋った!? コイツ、魔物かッ!?」

「……魔物、違う。マルクは、私の……大切なお友達……」


 ぴょんぴょんとネコらしく鋭敏な動きでテーブルを飛び越しクロエの膝に着地すると、薄緑色のネコ目をグレアに向けもう一度用件を訊ねる。


「お姉さんは“魔法使い”に用事があってココに来たんでしょ。で、この魔法使いのクロエにいったい何の御用なのかって聞いてんだけど?」

「……魔法使いというものは、やはり面妖なモノを従えておるのがセオリーなのだな……ごほん」


 姿勢を正し、冷や汗のような丸い雫を頬に一つ落としたところで、グレアは徐に胸元に手を伸ばすと(その瞬間、ゴクリという唾を飲み込むような音が聞こえたような)一枚の羊皮紙を取り出した。紙の末端には赤いスタンプが押されている。冒険者ギルド認定の書状のようだ。


「実はじゃな。わらわは冒険者になるため、この街のギルドで手続きをしようとしたのだが……今日に限って、それが出来ないと今しがた断られたのじゃ」

「あっれ、そんなコトってあるの? 普通ギルド行って書類審査とか面接みたいなのを受けて、それから試験合格すれば誰でもすぐに冒険者になれるのに」

「それが、ギルドの方で星 詠 石(ほしよみいし)が不足していると言われたのじゃが……」

「星詠石……あぁ、“ティンクルスター”の原材料だね」


 マルクの言うティンクルスターとは『星詠石』を原材料として作られる冒険者のための身分証の事。

 冒険者を名乗るうえでは必須のアイテムであり、これが無いと冒険者にとって基本的活動となるダンジョン探索などの行為が制限されてしまう。先述の『星詠石』を原材料として作られ、本来であれば冒険者として認められる時にギルドから支給される物なのだが……原材料が不足しているとは、あまり聞かない話だ。


「それが不足って……ソレーユ・ギルドはそんなに杜撰(ずさん)なギルドだっけ? 珍しいコトもあるもんだなぁ」

「そこで、わらわが代わりに星詠石を採掘に行こうと思った……のじゃが、その……なんじゃ、わらわは鉱石に関しての知識は、ちっとも全然、これっぽっちもサッパリで……な……」


 先刻の食堂で見せた勢いは何処へやら。

 事情を話すグレアの語気は、まるで塩を振りかけられたナメクジみたいにもにょもにょとひ弱で情けない。


「読めた。お姉さんは、もしかして魔法使いなら星詠石がどれだか分かるかも~って訪ねてきたわけだね」

「…………う、うむ」


 加工された後の星詠石は小さな輝きを湛えた青い水晶体へと姿を変えるが、加工前となるとそこら辺に転がっている雑多な石と見分けがつかない。そうなると、何の知識も無い素人が探すには少々難しい。つまりグレアは、何がしか学があるであろう“魔法使い”をアテにするためにクロエの店を訪れたのだ。


「…………星詠石なら……知ってます……」

「やはり! では、今すぐにでもわらわと共に来てもらいたい。ここから一番近い『スティラ鉱山』ならギルドからダンジョン指定を受けていないから気兼ねなく探索出来る。だからッ――」


 突然グレアの腕が伸びて、がしッ、と籠手に包まれた両手でクロエの手が掴まれる。籠手越しの手の平のはずなのに、天日干しした洗濯物のような温かさが包み込む。


「はッ、ひゃぅ……ッ!?」

「た……頼む! わらわは、どうしても冒険者になりたいんじゃ! 力を貸せ……いや、貸してほしい! 頼む!」

「…………あぅ、ぅ……」


 グレアの真剣な眼差しに射すくめられ、クロエはただでさえ小さな体を怯える子犬のようにさらに縮こまらせる。真夏の太陽に迫るかのような熱く眩しい瞳、クロエの両手を握りしめたまま離さない――震えるこの両手からは、必死ささえ感じる。何が彼女をそこまで熱くさせるのか、クロエはまったく分からなかったし、ほとんど興味はなかった。今のクロエが感じているのは、面倒事に巻き込まれそうな嫌な予感だけ。

 不意に、ポン、と背中を叩かれ振り向くと、サヴリナがいつにも増して優しい笑みを浮かべこちらを覗きこんでいた。


「クロエちゃん、久々のお客様がとーっても困っているのよ。こういう時、どうしたらいいか分かるでしょう?」

「…………………………」


 前を向けば、決して引き下がるまいと頑なな表情を浮かべたグレアの懇願するような瞳とぶつかり。

 後ろを振り向けば、顔こそ優しいがお話を断ろうものならお説教でも飛んできそうな静かに張りつめられた緊張感を纏うサヴリナの笑みが待ち受けている。

 前門の虎、後門の狼。いわゆる挟み撃ち。逃げられない。三回逃げ出そうとしてもたぶん、四回目で回り込まれてしまいそうだ。


「………………はぁ」


 クロエの、小さな小さなため息。

 今日は厄日かもしれないと、彼女は心の中で諦めた。



 ※



 ギルドが公認したダンジョンではないにしろ、少女二人にネコが一匹のパーティが鉱山に出向くには少なからず備えが必要である。傷薬の類であればクロエの店でもある程度工面できるが、ランタンやつるはし……や、最近の流行りで言うならばピッケルか。そのどちらを用意するにも道具屋や鍛冶屋を回らなくてはならない。そう言った類のお店は街の西地区に集結している。幸い、ソレーユの街の鍛冶屋は道具屋も兼ねているので、目的地はこの街唯一の鍛冶工房『ノームの荒鎚』一択となる。


「……こんにち」

「頼もー頼もー!」


 蚊の鳴くようなクロエの挨拶は豪快なグレアの挨拶にかき消され、グレアの挨拶は工房から響く鋼の音に吹き飛ばされる。見れば工房の中心に大きな炉があり、轟々と燃え盛る烈火が獣の咆哮のような音を立てている。店の入り口に立っているだけなのに、汗が吹き出しそうなほどの熱気が頬に飛んでくる。やがて、そんな店内から青い髪の少年がひっそりと姿を現した。


「……いらっしゃい、クロエさん」

「…………どうも」


 ペコ、とクロエが頭を下げると少年もぎこちなく頭を下げる。煤で汚れた頬に、髪と同じライトブルーの瞳。背丈はクロエより頭一つ分大きい程度で、くすんだ色に染まった作業着にはハンマーやらペンチやら仕事道具一式が吊り下がっている。一見すると何の変哲もないごく普通の少年――なのだが、左腕に視線を落とすと、彼が普通の少年ではないことが一目で分かる。


「お主、その腕……?」


 グレアの視線に気付き、少年はほんの僅かに顔を歪め腕を後ろに回す。

 隠した少年の左腕には――何故かサカナかトカゲかのような鱗がチラチラと鈍い光を放っていた。


「何じゃオマエ、竜人種(ドランシェ)のヒトを見るのがそんなに珍しいのか?」

「んのわ! こ、今度はちっこいオッサンが出てきおったぞ!?」

「初対面だというのに礼儀も何も無い娘さんじゃのう。……ん? おぉ、クロエちゃんじゃないか。こんにちは」

「…………こんにちは……それと、えと……ごめんなさい……」


 工房の奥から現れたのはは、グレアが思わず叫んでしまうほど背丈の小さい毛むくじゃらな男。身長だけで言ったら年端のいかない子供のようなサイズなのだが、これでも歴とした鍛冶師であり『ノームの荒鎚』の店主を務めるゴッツである。背が小さいのは、彼の種族である小人種ホビットの特徴だ。


「亜人に見慣れてないということは……お前さん、王国の方から来なすったのか? 見た目も何というか……キラキラしておるし」

「無論、わらわは生まれも育ちもネージュじゃ。しかし、お前たちみたいなのは初めて見たのぅ……」

「…………王国の、人?」


 この大陸の名を冠する国、ソレーユからずっと東にネージュは位置している。この街の何倍もの広さを有し、何倍の人口を誇っているという話だがクロエにとっては未だ見ぬ世界。何となく、高貴な雰囲気を感じていたが、それは彼女が王国出身だからだろうか。


「お前たちみたいのとはご挨拶じゃな。……まぁ、そういうのは慣れとるから別にいいが。で、今日は何の用じゃ? また風呂か何か壊れたのかの? 水周りの修理なら弟子に任せるが」

「……えぇっと、今日は、お買い物。あの……つ、ちゅ、るはしとか、ランタン……とか……」

「んんー? つるはしなんぞお前さんには皆目縁のないモンじゃないか。どういう風の吹き回しか知らんが……おい、クリュー!」


 呼ばれて肩を跳ね上げた青い髪の少年はすぐさま店の中へと飛び込み、値札が付けっぱなしのランタンとつるはしを持ってきてくれた。


「……どうぞ」

「……ありがとう」


 クロエは差し出されたランタンとつるはしを丁重に受け取ると彼の右手の中に代金を乗せる。それが済むと、クリューと呼ばれた少年はそそくさと、途中で何かにつまずいて転びそうになりながらも炉の前に戻ってしまった。


「シャイなヤツじゃのう。客商売に向いてないんじゃなかろうか?」

「ありゃお得意様(、、、、)相手にする時だけじゃよ。他の奴にはちゃんと誠実に応じるわい」

「ふむぅ……?」

「そいで、つるはしとランタンなんて、いったい何の魔法に使うんじゃ? ちっとも想像も出来ないのじゃが」

「…………魔法、使わない。鉱山、行かされる(、、、、、)から、使うの……」

「ようし! 目的の物は手に入ったの! では早速参ろうぞ! 目指せ、スティラ鉱山じゃ!」

「ほー、スティラ鉱山のぅ……? は、鉱山? ちょいちょ、待てお前さんたち! 今あの鉱山に行ってはイカン! 妙なバケモノが徘徊してギルドが……って、お! あ、もういない!?」


 気がつけば軒先にはネコ一匹見当たらず、鉱山の方角に当たる西街道を見れば先刻の少女とクロエの後ろ姿が遠目に見えた。……クロエの方は走っているというよりも、グレアの手に引っ張られて無理やり走らされてるようにも見えたが、やがて小さな影は夕日の向こう側へ消えて行ってしまった。

グ「ネコに呼ばれたから来たのじゃが……何じゃ、ココは?」

マ「このお話の“あとがき”はボクたちが担当することになっててね。何を話すとか具体的なコトは決まってないんだけどサ……ま、とりあえず軽く自己紹介してくれればいいかな」

グ「よかろう。わらわの名はグレアじゃ。グレア・アンじゅ、じゅじゅっ……ん、うん! ぐ、グレアと呼ぶがよいぞ」

マ「ココでもそこで噛むのか……それにしても、お姉さんってさ……(ジーッ」

グ「何じゃ。ネコに熱い視線を送られても嬉しくないんじゃが……そもそもお主、何処を見ているのじゃ?」

マ(……結構“ある”な。サヴリナほどじゃないにしても、少なくともクロエの何倍も……)

グ「ネコが固まってしまったので、わらわが締めくくるとするかの。

  では諸君、次回も必ず見るべし!」

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