遠い昔の雨の日に
「ねぇ、どうしたの?」
私にそう訊ねられても、女の子は答えなかった。
女の子は大の字で仰向けに倒れたまま、冷たい雨が降り注ぐねずみ色の空を、虚ろな瞳で、虚ろなまま見上げている。
「ねぇ、何か言って頂戴よ。何か言ってくれなきゃ、私だって分からないわ」
手を差しのべられても、女の子は応えなかった。
光の消えた瞳に映る私の姿もまた虚ろで、生きる意志を完全に失くしてしまった人間のように、生気がまったく感じられない。
「お名前は?」
名前を訊ねた時、女の子の黒い真珠のような瞳がほんの少しだけ揺れ動いた。
まるで、転んで出来た傷口にうっかり触れてしまった時のように、ふるふると小さく震えだした。
「…………な、い。私に、名前、なんて……ない」
たった、それだけ。
雨粒でぬれた唇を小さく動かして、か細い声でそう答えてくれた。
そうして答えてくれた女の子の目尻に、雨粒とは別の小さな雫が溢れだす。
「ねぇ、どうして泣いてるの? 悲しいことがあったの?」
「……だって…………だっ……て……ぇ……」
女の子の声は尻すぼみに小さくなっていって、やがてさめざめと降り注ぐこの雨のような嗚咽を漏らす。
「私は……わた……し、わ…………」
雨と涙と、それから鼻水とでぐしゃぐしゃになった顔のまま、女の子は私にこう言った。
私は――“失敗作”だと。