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お姫様と旅人

作者: 諫早

昔々あるところに、それはたいそうワガママなお姫様がおりました。

従者に無理難題を押しつけては怒るお姫様に、王様は困り果てていたのです。

どんなことをしてもワガママを直させたいと考えていたある日、お城に旅人が訪れたという話が届きました。

なんという幸運。王様はすぐさま旅人を呼びだし、あることをお願いしたのです。



「いや! やめて、離して! 私を誰だと思っているの!?」

お姫様が叫んでも、睨んでも、誰も助けてはくれません。

叫ぶお姫様を縛りつけ、引っ張っているのは暖かそうな上着をはおり、大きな荷物を背負った旅人でした。深々と被った帽子によって、男の表情はわかりません。

微笑む兵士に見送られ、町が遠ざかってからようやく、お姫様は大人しくなりました。

「早く城に戻しなさい。今なら罰は与えないわよ」

男は返事をしません。

「聞こえているの!? 私を早く戻しなさっ……!」

小さな音。とっさに押さえたお姫様の頬は、うっすら赤くなっていました。

「私を……、私を叩いたのね!? 一国の姫を! ただで済むと思わないことね!」

お姫様は男の肩を持って振り向かせると、同じように頬を叩きました。

面白くないことに、男は身動き一つしません。

怒ったお姫様は、二発、三発と叩いていきました。

やはり男に痛がる様子はありません。それどころか、男は笑い出しました。

驚いたお姫様は目を見開いて動きを止めます。ニヤリと、男の赤い口が露わになりました。

「捨てられたんだよ」

お姫様は聞き返しました。同じことを、男は繰り返しました。

「王サマに言われたんだ。ワガママな娘は必要ない。好きにしてくれ、と。それだけじゃない! 娘を引き受けたら上着に帽子、当面の食料と使えきれない程の金銀を渡してきた!」

だんだんとお姫様の目に涙が浮かんできます。それでも、男はお姫様の胸ぐらを掴むと、泣き顔を見ながら楽しそうに笑ったのです。

「さあ、俺についてこい」

お姫様は、男が差しのばした手を血が滲むほど強く噛みつきました。



お姫様は丸一日泣き続けました。それでも男は歩みを止めません。

縛られた両手首が赤くなるほど、進むペースには差がありました。

さらにまた太陽が沈んできた頃、人の通った足跡が増えていることに気づき、お姫様は顔をあげました。

「あ……」

お姫様の目の前には木々の開けた場所。そこには、かろうじて屋根があるだけの家々が並んでいました。

お姫様の豪華な服とは正反対の、ツギハギだらけの服をまとった人たちが何事かと顔を覗かせています。

中には、お姫様の服が金になると、舌なめずりをする男たちも居ました。

何をされるかわからない----後ずさりしようとしたお姫様を引っ張ったのは、やはり旅人の男でした。

「俺がここでおまえを捨てれば、彼らと同じようになる。……その前に、身包みはがされた挙げ句犯されるかもしれないが。」

最後の言葉が、お姫様に恐怖を与えました。とっさに旅人の袖を掴んだお姫様の手を振り払った男は「どうする?」とニヤリと笑います。

「……なにをしろっていうの!」

お姫様はやっぱり自分が一番大事でした。

そんなお姫様に男はため息をつくと、耳元で一言囁きました。

その言葉を聞いて唖然とするお姫様の頬を強く叩くと、男は同じことを叫びます

「俺の言うことを聞け!」

びくりと体を震わしたお姫様は、男の言うことを繰り返しつぶやいたのでした。




あれから春が過ぎ夏が過ぎ----

腰まであった長い髪はばっさりと肩の位置で切られ、寸胴だった体は綺麗な曲線を描いた美しいものとなりました。

そんなお姫様はふくらはぎまである長いコートを着て、深々と帽子を被った男の横を歩いていました。

「さっきの町の料理は美味しかったわ! 久しぶりに、故郷に戻ってきたみたい」

切なげに笑ったお姫様に、男はちらりと横を見て、小さく笑いました。

笑い声が聞こえて不満げに膨らんだお姫様の頬を、男は指で軽くつつきます

「そんなことをしていると、久々にはたくぞ?」

「やだ、こわい!」

ケラケラと笑ったお姫様と男の雰囲気は、お城を出た頃と全く違っていました。あんなに厚かった壁は取り除かれ、今では只一人の家族と言って良いほど、お互い大切なものとなっていたのです。

それでも、お姫様は最近男が見せる淋しげな表情の理由を聞けずにいました。

「ねえ、」

「お、見てみろ。姫サマの好きなカーネーションだぞ?」

思い切って話しかけようとするたび、何かと話を逸らされるのでした。

仕方なしに男の言うとおりに視線を向けると、綺麗なカーネーションの花畑が広がっていました。目を輝かせて、すっかり忘れた様子のお姫様に、男は安堵の息をついたのです。


「さあ、そろそろ次の目的地だ。」

カーネーションに目を向けていたお姫様は、顔を上げて息を飲みました。

「え、これって……」

お姫様が男を見ると、ただ静かに微笑んでいるだけでした。少しの沈黙の後、カーネーションを握りしめてお姫様は走り出しました。

男が追いつくと、お姫様は門番と楽しそうに笑っていました。決して、この町を出るときに見捨てられたことを怒っているようには見えません。

門番は旅人を見ると、軽くお辞儀をして二人を町内へ案内しました。

久しぶりの町並みを見て目を輝かせていたお姫様でしたが、ハッとしたように動きを止めると、男の手を握って駆け出します。向かった先は、生まれ育った場所、城でした。



お姫様が城門まで来ると、兵士は驚いた顔をして、急いで王様を呼びました。

息を切らして来た王様は、元気そうなお姫様を見て今にも泣きそうです。

抱き合うお姫様と王様に、男は近寄りました。

「遅れてすみません、思ったより彼女との生活が楽しくて……」と男は頭を垂れました。

「気にするな。こちらこそ、娘を更正させてくれて感謝する」

「どういうこと?」

お姫様の追求に、王様と男は諦めてあの時の話を説明し始めました。


------------


旅人が町に入ってすぐのことでした。捕らえられるように兵士に囲まれた旅人は、不機嫌そうに王様と対談していました。

「いきなり呼び出してすまなかった。世界を旅するおぬしに、どうしても頼みたいことがある」

「……なんでしょう?」

「一人娘がたいそうワガママで、手に負えないのだ。何をしても構わない、娘を連れて、世界中を旅させて欲しいのだ」

「申し訳ありませんが、ご遠慮いたします。私にはそのような技術はありませんし、まともに走ったこともない女人が続けられるほど、旅は甘くありません」

「そこをなんとか! 褒美はなんでもやろう。なにがいい? 旅に必要なものも準備させよう」

「……本当に、何でもよろしいのですか?」

「むろんだ」

「では、旅に必要な最低限の食料に金銀。……そして、姫様をください」

驚いた王様の目を、旅人はじっと見つめました。しばらく沈黙が続き、諦めたようにため息をついたのは王様。

「……娘の意見を尊重する。」

「構いませんよ」

旅人は微笑むとその場から立ち去った。

城下町を歩いていると、先ほどから少しも変わらず、花屋の前で話し込んでいる笑顔の綺麗なお姫様が視界に入りました。


------------


話を聞いて唖然とするお姫様に、旅人は手をさしのべました。

「俺についてきてくれますか?」

噛みつかれた痕のあるその手を、お姫様は微笑んで取りました。

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