2話:長女の役目を果たす日
更新です。
一話が長いと書くのも点検するのも凄く大変です。
お待ちいただいている方、ありがとうございました。
どうぞ、お読みください。
目が覚めた。
文字通り”目が覚めた”のはいつも通りの朝だった。
一瞬、自分の置かれている状況を理解できなかったのは仕方のないことだ。
いまも正直に言えば理解できていない。
目が覚めてまともにできたことは、混乱しながら階下に向かい家族の顔を見ることだ。
家族は階段を下りて来てからピクリと動かない私の姿を見て、不思議そうな顔をしている。
本当にいつも通りの朝だ。
どちらが夢なのか、まったくわからない。
どちらが現実かと己に問えば、それは即答で「いま」と答えるが。
(え? なに? なんなの? え? あれ夢?)
マジでリアルだったんですけどー。
棒読みでかなり呆然と目の前の光景を眺める。
(え、私死んだんじゃないの。ベッドから落ちて打ち所が悪くてじゃないの)
宿のベッドで現実逃避に落ちてから記憶は全くない。
そして腰は痛くない。
ベッドから落ちて打ち所が悪いわけでもない。
何故なら、私はきちんとベッドにおさまっていたからだ。
親がなんらかの理由、もしくは物音に気付いて、落ちた私をベッドに戻したのかもしれないが、あいにく我が家族は少々の物音で起きるタマじゃない。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「え?」
「さっきからピクリと動かないじゃないか。疲れてんの? この頃働きすぎなんだよ。今日は働くのやめれば? 酷くなる前に休めよ」
「ば、ばかねぇ。休めるわけないじゃない。納品も種の入荷も、肥料の配分も今日やっておかなくちゃならないのよ? 休めるわけないでしょ」
言えば言うほどにその考えに頷く。
そりゃそうだ。
この家業、農業の仕事は山ほどある。
明日に回せない仕事も、今日やっておかなければならない仕事もある。
これは同じニュアンスだが、やる仕事が違う。
今日収穫しなければいけない野菜もあるのだ。
熟れているかどうかの細かな判断はまだ幼い弟妹たちにはできない。
その野菜を父に頼んで卸屋でがっぽりとはいかないが、それなりに払ってもらうようにしなければならない。
それが農場の維持費・人件費ひいては家族の収入になる。
(そうよ、そうよ、一日でも休んじゃいけない仕事なのよ。死んでる場合じゃないわ!)
働けるなら働かなくてはならない。
死ぬまで働くのよ、私は!
ベッドで大往生ではなく、畑に埋まって野菜の肥料になるのよ!
意味も無く笑い出しそうになりながら、足を踏み出す。
ていうか少し笑いが漏れていたかもしれない。
「姉ちゃん、気味悪ぃ」
「あぁ?!」
弟の暴言を聞き流せなかったことは、ほんの愛嬌だ。
手が出たのも仕方が無い。
母に睨まれたので、殴った手はさりげなく背中に隠したが、姉に気味悪いって言う弟が悪い。
そりゃ弟は私を心配して言ってくれたんだろうが、それでも気味悪いは酷い。
本当に酷いと思うんです。
何を言う間もなく瞬時に私を睨んだ母に心の中で小さく反論する。
「あんた、ご飯いらないの」
「い、いる、いります、すみません」
すごく冷めた目で見られたんですけどいま。
うちの母に人の心を読む力はなかった筈なんだが。
食卓の椅子につきながら、恐る恐る母を見上げる。
すました顔をしていて、真意は掴めない。
(ううむ。我が母ながら掴めない女よの)
箸を銜えながら、心中で唸る。
いや、母のことだから、本当になにも考えていないのかもしれない。
「おい」
「へぇい!」
「…………なんだ。その返事は」
「ぃいえ、なんでもごじゃりません、父上殿様」
「だからなんだ、その返事は」
「いえ、本当になんでも。で、何です。父さん」
「…………そろそろ、こいつらにも野菜の収穫を手伝わしてもいいと思っているんだが」
「あ、それで。あ、はいはい。じゃぁ今日から少しずつ」
厳つい顔して呼びかけるから、何事かと思ってしまった。
まぁこの妹離れしていない兄のほうは、極端に妹と離れるのを嫌がるから、我が弟に野菜の収穫を教えるなら妹セットではなくてはならない。
となるとうちの妹は必然的に働き頭の己の兄に合わせて仕事をしなければならない。
というわけで、うちの妹はこの年で己の兄と同様の仕事をしているわけである畑のスペシャリストだ。
わーぱちぱちぱち。
やめよう、阿呆らしい。
つまりまるでガキな私の弟は、自分の妹と離れたくないために、妹に自分と同じ技量のいる仕事をやらせているわけである。
最初は呆れ果てて弟にきつく当たっていた父であったが、弟が責任を持って妹に教えて、決して損害は出さないから、と約束をしたらしい。
当時現場に居合わせたわけではないので詳しくは知らない。
だが当然弟にその力があるわけもなく、父が肩を叩いたのはこの私。
え、言い出しっぺは弟だよね? と私が思わなかったわけもない。
ただ母が弟の可愛いお願いを聞いてあげないの? と威圧するので了承したのである。
(ああ、私も兄か姉が欲しかった。弟のような兄はいらんが、マジでいらん)
同情するのは我が妹よ。
小さな身体を必死に動かして、兄と同じ仕事をするその姿のなんと健気なことよ。
妹が出来て、兄貴風を吹かしたがっている己の兄の目が覚めるまで、もう少しの辛抱だ。
この頃手を付け始めた仕事が、まだ幼い妹に出来る仕事ではなくなってきて、不安げにしている弟にいま告げる。
そろそろ気付け、お前のせいで妹がまだしなくていい仕事をしていることに。
「頼んだぞ」
「はいはい」
「お姉ちゃん、返事は一回なんだよ?」
「ああ、いいのこれ。はいはい、で、ただの”はい”より二倍の力を持ってるから」
「姉ちゃん、適当なこと言うなよ。真に受けるだろ」
「うるっさいね。ここじゃお作法よろしくてもなんの意味もないだろ」
「嫁にいけなくなったらどうすんだよ」
口うるさい弟に視線をやって、そのついでに睨む。
お前、妹離れはしてないくせに、嫁にやる気はあるのかよ。
「この農業は万年人手不足なんだよ。あげんじゃなくてもらう! もらうんだから、婿だ、婿! お前がもらうんだったら、嫁でいい」
「ばっそんなん何で姉ちゃんが決めんだよ!」
「うちの農業絶やす気か、このクソガキ! そうでもしなきゃこの農業行き届かないだろ!!」
ガキンッガキンッ
「っつうううう」
「痛ぇ!」
「いい加減にしな、ぎゃんぎゃん騒いでないで仕事だよ、ほら、仕事!」
止めるにしたってフライパン使わなくていいと思うのは、私の我が侭でしょうか、母上様。
目尻に浮かぶ涙が溢れないように、頭を抑えながら痛みに身悶える。
(うう、酷い。私結構正しいこと言ったのに)
人手が足りなければ、この仕事が行き届かないのは本当だ。
害虫には始終目を配らなくてはならないし、気温や湿度によっては野菜は病気になってしまう。
それを管理するのにも、人手は必要不可欠だ。
収穫物の管理も、植える苗の選別も、卸屋に売りにいくのも、他人任せにはできないし、家族の存在が重要なのだ。
いまは父が一人で全てをまかなっているが、これからはそうもいかない。
女だけ増えてもどうにもならないのだ。
農業の多くは力仕事だ。
野菜を運ぶのにも人手はいる。
その手っ取り早い方法が婿取りだ。
だがここは狭い村。
男手はどこも必要で、うちみたいに女が二人もいる家族は、女も力仕事に加わらなければならない。
男云々より、直接的に人が足りない。
子供でも働かなくてはならない環境なのだ。
「そんなんだから、年頃の姉ちゃんに男の一人も言いよってこないんだ」
「あぁ?!」
さっきので懲りろや、この弟!
俯きがちにボソリと呟いた言葉は、明らかに私にだけ聞こえるように言っている。
己ぇ。
己の姉を舐めくさりおって。
腹立ち紛れに、振り上がった拳が弟の頭の真ん中に落ちる前に、ピタリと手が止まる。
「あ、あの、母さん、これはその、私が悪いんじゃなくてですね」
「お、俺、仕事行ってくる」
弟、お前だけ逃げるのか。
般若の顔をしている母に、ひくりと引きつった笑顔を見せる。
母は弟に甘い。
子供のなかで唯一の男だから、格別に注ぐ愛が違う。
私はと言えば、一番末の妹と違って素直なわけでもないし、多少いい加減な性格をしているものだから、いつも矢面に立たされる。
長女ですから仕方はないと思うんですけど、それにしたって理不尽なことが多いと思うんです。
「あんた、仕事って言ったの聞かなかったの?」
「いやだって、いまのは私」
「お姉ちゃんらしく堂々と振る舞ったらどうなの? いつまでもいつまでも弟妹と同じレベルで話してんじゃないわよ」
「でもいまのは少し」
「言い訳してんじゃないわよ、いい? あんたは、お姉ちゃんなのよ。わかってんでしょうね」
「え、でも、その。あれはちょっと」
「あぁ?」
「……仕事、行って来ます」
もうなにも言えない。
ていうか怖いよ、うちの母。
なにもうあの目つき。
人を見る目じゃなかったよ、躾の悪い犬を見る目だったよ。
うちのケイにもあんな目で見たことありゃしない。
もうホント涙止まらないんですけど。
ううーと少し唸りながら母から畑に向かっていく。
ていうかわかってるよ、うちの弟妹に収穫教えるんでしょ。
仕事しろよ、って目で見ないでよ父さん。
いま向かってるところでしょ、畑。
(なんでうちの父は私を庇ってくれないのかね。なによ、あの我関せずって顔は。そんなに母が怖いですか? 私も怖いです)
駄目だ、なんの改善策もない。
厳つい顔の父になにを頼んでも無駄だとわかっている。
この父はこの顔で卸屋と渡りあってきたが、あえて言う。
見かけ倒しって超大切。
基本的に母の言う事は正しいから、文句を言うこともできやしない。
本当に無駄だ。
さっさと働こう。
いまは夢云々も考えている暇なんてない。
雑草も取っておかなくちゃならない。
弟妹に収穫教えなくちゃならない。
まぁこれは弟のほうに教えれば、なにも言わずとも手取り足取りで妹に懇切丁寧に教えるのだが。
ただそれでも上手くいかないのが、妹だ。
不器用なわけではないのだが、まだ未発達の手は妹の思うように動きはしないし、野菜の背丈にも下手をすれば届かない。
あらかじめ倉庫によって、踏み台を持って来といたほうがよさそうだ。
弟はまだそんな機微に気を配ることもできない。
良くも悪くもまだ視界も思考も狭いのだ。
(ここで持ってかずにあいつに気付かせるって手もあるわよね。…………でもそれじゃあの子がちょっと可哀想なのよね。あの子はただ必死に役立とうと頑張ってるんだもの)
日光は激しく、地面からの照りかえりで、部屋から出ると一気に暑苦しくなる。
まだ小さい妹を、この暑さの中で必要以上に疲れさせるのは、あまり良い案とは思えない。
いま自覚を促そうと、遅かれ早かれ弟はいずれ気付くだろう。
だったら自分で気付いた方が、きちんと身になる。
「仕方ないわね。少し遅くなるけど、踏み台をかついで行きますか」
遅れた分は、少し頑張って働けばいいだけだ。
どうせ今日の出荷は午後になる。
昼休みを削れば十分野菜も収穫できる。
弟にも仕事を教えておけば、その分、明日からの仕事で弟にまかせられることも増える。
家族全体では大きな前進だ。
「さて、行きますか」
なるべく頑丈で安定の良いものを選んだために、肩にかかる負荷は大きいがそう距離が遠いわけでもない。
もうとっくに畑に向かっている弟妹たちはさぞ待ちくたびれていることだろう。
弟は家族に頼られることを、誇りに思っている節があるから、きっと父から新たに任された仕事への熱意に溢れている。
妹は兄に世話を焼かれるのが嬉しいらしく、いまもなにかにつけて面倒をみてくれる兄と一緒の時間を楽しんでいる。
みんな家族思いの良い子だ。
素直で明るくて優しくて、気遣いのできる弟妹たちはきっと村でも人気を争う人間になるだろう。
いまはタダのガキ、と思う事なかれ、我が弟妹たちはその才能があるのだ。
ああ、姉ながら鼻が高い。
「姉ちゃん。おっせーよ、待ちきれなくて迎えに来ちゃっただろ。…………なんだか気持ち悪い顔してんぞ? 医者呼ぶか?」
「お姉ちゃん、はやく」
急かすように手を握って、前へと促す妹の手を、ぎゅっと握って、弟をにっこりと見る。
多少青ざめた顔して逃げようとしてももう遅い。
ゲシッ
あいにく片手に妹、もう片方に踏み台で、両手は塞がってるが、なんの、まだ足がある。
前の気味が悪いにことかいて気持ち悪いとはなんだ、姉に向かってその暴言。
あまりの暴言に手を出さずには……足を出さずにはいられない。
「いてぇっ、け、蹴るなよ。ぼーっりょくはんったい! おーぼーっだっ!」
「どこで覚えたのよ、その言葉。意味わかって使ってんでしょうね」
「わあってるっつの! 人とは思えない攻撃と神経してる人間に使っていい言葉なんだろ?!」
「お前、自分の姉に向かって、…………人とは、思えない、だぁ?!」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、行かないの?」
「う」
「ぐ」
別に仕事をしたくないわけでもないのに、こうやって弟妹と仕事をすると自然に開始時間が遅くなってしまう。
そのため当然終了時間も遅くなる。
その分夜に回さなければいけない仕事が増えて、朝起きるのが辛くなるのだ。
「きゅ、休戦。従業員が一人増えたら始めよう」
「あ、ああ。行こうぜ」
確かに、母が言った通りに弟をあしらえる程度を語術を身につけたほうがよさそうだ。
これは私だけじゃなくて、弟妹にも関わる問題だ。
(だけどねぇ、そんな能力、私持ってないうえに、多分才能すらないと思うのよねぇ)
上手いタイミングで私と弟の口喧嘩を止めた妹には才能があるかもしれない。
けれど恐らく、私はその手の能力値はからっきしだ。
どこかの島の果物には、確か賢さが上がるものがあると聞いたことがあるが、それも眉唾物。
万が一あったとしても、この狭い村には果物なんて高価なものは入ってこないし、入っても高すぎて買えない。
そんなもの買う金があったら従業員を雇う。
(く、苦しい世の中だこと、この村は本屋も無いし、本屋ある町っていったら此処から5日も夜越えなくちゃいけないし)
どこにそんな語学力をあげる場所があると?
ないに決まっている。
母は無茶ぶりしかしないんだから、もう。
…………なんか苦しい言い訳になったのは何故だろう。
いや、これ以上考えるのは止めよう。
「姉ちゃん、これって大きいの収穫すればいいのか?」
「うん? ああ、ただ単に大きいだけだと調理したときに苦みが残るのよ。これは実のヘタが上部へ半分反り返っているのを収穫するの。半分より上に反り返ってるのがもしあったらそれも収穫しといて、あとで選別するから」
「お」
「あ、小っちゃかろうと大きかろうと、ヘタが半分反り返ってるのは収穫時だから、くまなく見るのよ」
「おー、じゃ、行ってくる」
「…………はいはい、いってらっしゃい」
弟よ、そこですかさず妹のところへ向かうのか。
本当にこれで妹離れするのか疑問が残るが、こればかりは仕方が無い。
もはや親が傍観の一縷を辿っている限り、私がいくら口出ししても何にもならない。
ここでは親が神様だ。
どんな理不尽、まぁそれも良心に背かない限りの話しだが、大概のことなら従わなくてはならない。
婚姻は親の許可が必要、自立も親の許可、出がけも親の許可、買い物も親の許可、その他諸々親の許可。
ここは狭い村だ。
規律の多い町では緩いと思われるだろうが、それでもこの村の子供の人生は定め決められている。
横へ目を向ければ、弟は実に懸命に身振り手振りを加えて、私の説明を繰り返しているようだ。
ただ妹はまだ野菜に関しての知識はない。
(あいつ、植物のヘタのことは教えたのかしらね。重い荷物運びを手伝っていないと、どこで野菜を切るのかもわからないのだけどねぇ)
懸命に頷いた妹に、大仰に頷いた弟は作業にのめり込んでいる。
弟は妹馬鹿だが、畑馬鹿でもある。
ああなれば、妹に話しかけられない限り、畑から意識が向くことはないだろう。
子供ならではの集中力は時に大人を凌ぐのだが、大人ほど周囲を見回すことができない。
妹は妹で、あれは少々意固地で気遣い過ぎる。
(ああ、ほら、踏み台に乗って野菜の前で戸惑ってるわよ。あいつ自分が当然のように知っている知識は、妹も当然のように知っていると思ってる節があるのよね)
それもまだ人間として成熟していない証。
父にその点をフォローをしておけと言われた覚えは無い。
だが。
(私が甘いのかしらねぇ、あの子が泣きそうだと結構胸に来るのよ)
家族が助けを必要とするなら、直ぐにでも手伝うのだが、妹は意固地で気遣い。
もう少し素直に助けを求めても良いのだが、出来ると思われているのに出来ないという現実は、心を執拗に傷つけてしまう。
(仕方ないわね)
弟は気付かない。
妹は意固地で気遣い故に、兄には頼らない。
そういう妹にしたのも弟だ。
「…………お姉ちゃん? どうしたの? 向こうはもういいの?」
「そうね。これの収穫は比較的わかりやすいから、ねえこの果肉の部分、この間食べたわね」
「う、うん。おいしかった」
「ヘタは食べれないから調理するときは取るのよ。でも収穫の時はついていないと野菜が腐りやすくなるからね」
野菜に手を添えながら、ヘタを指差す。
妹は真剣な目で熱心に聞いている。
「程よいところ、そうね、ここら辺で切ると野菜の見栄えがよくて素敵じゃない?」
パチン、と軽い音を立てて茎から離れた野菜を妹に渡す。
妹は両手で大人しく受け取った。
先ほど弟が伝えたのだろう。
ヘタ、と言われた部分がちょうど半分反り返っているところをじっと見る。
真面目な子だ。
野菜を見て何事かを頷きながら、実っている野菜を見つめ返す妹に小さく息を吐く。
どうやら問題はなさそうだ。
ちらりと横目で弟を見てみれば、熱心に一つ一つを確かめて収穫している。
農家にとって、野菜は自分の命と同等のものだ。
野菜泥棒に入った輩を捕まえたときは、半殺しにしてから追放してもこの狭い村では許される。
この村には他の村や町のように詰め所がない。
窃盗は村から追放、強盗などはこの村では過去なかったが、その場合も追放。
それ以外の刑罰は恐らくこの村においてない。
殺す術を持たない存外平穏な村だ。
滅多なことで窃盗も起きない。
顔の知らない者のいない狭い村ならでは、平和と安全だ。
(ま、それを退屈の一言で済ますアホもいるけどね)
村の同年代の男どものそういう一面は、本当に嫌いだ。
調子に乗ってるところも、生意気なところも、直ぐにつっかかってくるところも全部。
あいつらにも弟妹いるなら守ってやりたいとか思うことないのかね。
できるだけ危険から遠ざかっているということは、弟や妹が厳しい環境に置かれないということだ。
それがどれだけ安心できることか。
(あー、イライラする。この作業慣れてるから、つい余計なこと考えちゃうのよね。あーあ、もう)
慣れているから作業も早いのだが、その分余裕があるのも良くない。
横を見れば弟妹は遅いながらも、一つ一つを確実に収穫している。
人の一生懸命な姿は本当に癒される。
それが家族だと、尚更に。
(あ、なんか溜飲が下がってきたわ。本当に家族っていいわよね。腹立つことも多いけど、それでも一緒にいれば楽しいし、安心出来るし、可愛いし、愛しいし)
さっさと遅れた分の仕事を取り戻そう。
弟妹たちに仕事の尻拭いをさせるわけにもいかないし、この頃は睡眠時間がやたら長い。
どれだけ疲れても朝には回復してるから、あの夢は別に見たくもないが、多少無理しても大丈夫だと私は判断している。
自分の大切なものの役には立ちたいし、家族は大切だし、妹のいじらしい気持ちもよくわかる。
弟も弟で、可愛い妹の役に立ちたくて、家族の役に立ちたくて、ああなってるわけで。
私が生まれたときは一人だった。
兄や姉なんていなかったし、ただ親という存在が自分にいるのだと思った。
親が言うように働いたし、動いたし、弟が生まれたときは、何か増えたみたいな認識だった。
(別にあのときは、他人が家族に入って来たぐらいしか思ってなかったのよねぇ。母さんや父さんがお前が姉なんだからしっかりしろと言うから、私は子供なりに頑張ったし)
弟は唯一の男として家族内で期待されているから、きっと重圧を感じるようになる。
妹はまだ子供だというのに任される仕事が多いから、自分が力不足だともう恥じている。
しようがない弟妹たちだ。
まだまだ子供らしくて良いというのに、気に病まなくても、家族はみんな、家族が好きで大切で、仕方が無い。
頼ればきっと教えてくれるし助けてくれる。
だから弟よ、変な方向に大人らしくならないでくれ。
子供でいい、子供でいいから、妹に仕事教える良い兄にならなくていいから!
妹の劣等感が輪をかけて酷くなる前に、渋く言うようだがさっさと気付け。
うちの弟妹たちは揃いも揃って甘い下手だ。
与えられるより与える質だ。
それが姉としては心配でならない。
せっせと野菜を収穫している弟妹たちの横で、ひっそりとため息を吐いた。
姉の心、弟妹知らずって言葉、誰かつくってくれないかしら。
お読みいただき、ありがとうございました。
この題名の『不過視』は意味で言うと、正しい漢字は『不可視』です。
不可視は肉眼で見ることができないことを言います。
この意味の漢字を使う時は、『不過視』は正しくないので『不可視』でお願いします。
実質恐らく題名で使われている漢字は、ない、と思います。
いつもあとがきになにを書けばいいのか悩むので、今回は少し題名に触れてみました。
続きはまたお待ちください。