あなたより先に逝ってしまうよ
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男は皺くちゃになってしまった喉を震えさせながら、やっとのことで自身の想いを口にした。常人ではおよそ聞き取ることなどできないほどに掠れてしまった男の言葉。いや、それはもはや言葉と名乗るのもおこがましい、ただの音だったのかもしれない。
しかし彼女には、それだけで十分だった。長い間、男性に付き添ってきた彼女にとっては、例え言葉にならぬただの音だったとしても、彼の意思を捉えそこなうことなどあり得ない。
「………?」
「ふふ、馬鹿ねぇ。当たり前じゃない」
「……」
「ええ、大丈夫よ。だから安心して」
「……」
傍から見たら今にも死にそうで息を鳴らしている老人に、一方的に話しかけているようにしか見えないだろう。しかし、そこには二人にしかわからない何かが、確かに存在するのだ。
「……」
男性の胸が一度だけビクッと跳ねる。医者が近づき、その薄くなってしまった胸に聴診器をあて、瞳孔の動きを確認する。
「……14時16分。ご臨終です」
医者と看護士が、気の毒そうに頭を下げる。それに合わせるように、彼女も黙って頭を下げるとお礼の言葉を伝える。
「……最後は笑ってましたから。きっと幸せだったと思います。ありがとうございました」
「お姉ちゃん。お父さん本当に笑ってたの?」
彼女の妹だろうか。顔立ちが良く似た女性が、すぐ後ろから声をかけてくる。
「そうよ。いつもみたいに……少し照れくさそうな感じで、笑っていたわ」
「そう……うん。ならいいんだ。お疲れ様、お父さん」
そう言って父の近くにそっと腰を下ろすと、まだ温かい頬に優しく触れた。
3日後。火葬場で、彼女は煙突から立ち上る煙を眺めていた。本通夜も告別式も近親者と本当に仲のよかった者たちだけで執り行った。彼女は今一人、空を見上げて穏やかに佇んでいる。もう一人は火葬場の待合室で、来てくれた人達の相手をしてくれている。彼女も今年で27歳。あんなに甘えん坊だったのに、今ではもう立派な大人の女性だ。
「そろそろ、お姉ちゃんも卒業かな……」
彼女は、クスクスと思い出し笑いをする。家族三人で過ごした日々。とても大切な、とても幸せな日々だった。
「ありがとう。お父さん。あなたと一緒にいられて私も幸せだったわ」
煙突から白い煙がゆらゆらと、天へと昇って、青色へと混じっていく。彼はきっと、あの広い空の一部になってこれからも生き続けるのだろう。何でも受け入れてくれた彼のことを思うと、死んだと考えるより、その方が不思議としっくりくるのであった。
「ねぇ。何してるの?もうすぐ火葬終わるよ?」
突然、後ろから声がかかる。もうそんな時間か。彼女は美しい笑顔で頷くと、一緒に火葬場へと歩いていった。
「ねぇ。本当にいいの?」
「いいのよ。お父さん。俺が死んだら、骨はここにまいてくれって言っていたから……」
「そう……」
「そんな顔しないで。全部まくわけじゃないわ。それに……お父さんはきっと空になっちゃたから、本当はまいたって意味ないと思ってるの」
「そう……だね。たしかに、その方がお父さんらしいね」
そう同意しながら一緒に骨をまく。手から白い粉が滑り落ちるたびに、少し複雑な表情をしてしまうのは、まだ父の死を受け入れきれてないからか……
「でしょ?さて、これで終わりっと」
それとは異なり、彼女はまるでコーヒーに砂糖を入れるかのような気軽さで、最後の一握りを地面へと振りかける。地面にまかれた、先ほどまで男性だったものは、赤い夕日をに照らされて、その白さをより際立たせている。
キラキラと輝く白い粉は、何にも染まっていない初雪のよう。それを見つめる彼女の瞳は、ここではないどこか遠く……まるで素晴らしい映画のワンシーンを思い出しているようだった。
「ふふ。お父さんと出会った時を思い出すわ」
「たしか……二人が出会った雪山ってここだっけ?」
「そうよ。寒い寒い吹雪の日にね。遭難していたお父さんに出会ったの……一目惚れだったわ。ちょうどこの辺りに倒れてたのよ」
彼女はそう言うと、彼の骨で白く盛り上がったところを指さした。
「もうこの人しかいないって思ってね。助けたあと、一生懸命プロポーズしたの。最初はお父さん嫌がってたけど、私が山から降りてきたのを見てね、もう逃げられないって覚悟を決めたらしくて、やっと付き合ってくれたのよ」
「あははっ。お父さんこそっと言ってたよ。初めはいつ氷漬けにされるのかと思ってヒヤヒヤしてたって」
その言葉に彼女は、ムッと不機嫌そうな顔になる。そんな風に思われていたなんて、甚だ心外だったのだろう。しかし何かを思い出したのか、今度はクスクス笑い始める。
「それでね、お父さん私のプロポーズを受け入れたとき、何ていったと思う?」
「何て言ったの?」
「『僕はあなたより先に逝ってしまうよ』……だって」
「あはは。お父さんらしい」
「バカよねぇ…‥取り残されてしまう私のことを心配してたなんて……妖怪なんかに付きまとわれた自分の方が、よっぽど大変だっただろうに。本当に優しいんだから……あなたは……」
そう言って座り込むと、夫の一部だったものをサラサラと愛おしそうに撫でていく。キラキラと輝く白い粉に、それと同等か、それ以上に白い彼女の指が触れている。その光景は……なぜだろうか。美しいがとても儚く見えたのだった。
「ねぇ。お母さん。お母さんはこれからどうするの?あと、5年もすれば私の姉だってことにしておくのも難しくなると思わ」
娘の心配そうな瞳に応えるように、ゆっくり立ち上がった母は、自分が子供の時から寸分も年をとっていない。このままいけば、自分が死を迎える時でもこのままの姿で、そして自分が死んでしまった後は、一人生き続けなければいけない。そのことを考えると、酷く悲くて、思わずうつむいてしまう。
「ふふ。ありがとう。でも、子どもが親の心配をするのはまだ早いわよ!」
すると、いつの間に目の前に来たのか、娘のおでこに軽くデコピンをする。
「いたっ」
驚いたように見開く瞳を、愛情がこもった優しい瞳が真っすぐに見つめてくる。
「でも……そうね。あなたの子どもまで見れたら私はまた山に帰ることにするわ」
「……私が死ぬ時は傍にいてくれないの?」
泣きそうな声で呟き、その瞳がみるみる潤いを帯びてくる。
「……馬鹿ね。親に向かってそういうこと言うんじゃないわよ。それに……あなたも素敵な人見つけて、素敵な家族と一緒に、思う存分幸せになりなさい。死ぬ時のことなんて死ぬ時に考えればいいわ」
「……お父さんとお母さんみたいに?」
「そうよ。私たちみたいに」
母の美しい笑顔に、娘も思わず笑顔になる。
「さっ、帰りましょうか。どちらにせよ、山に帰るのは当分先の話になりそうだしね」
「あっ、それどういう意味よ!」
意地悪な母の言葉に、思わず噛みつく。そこにいるのは、どこにでもいる母と娘。二人は軽く言い合いながらも楽しそうに山を下っていく。
「ねぇ、お母さん」
「なに?」
「最後お父さん何て言ってたの?」
「んー。それは秘密。子どもには教えられない秘密が、夫婦にはあるのよ」
「えー。なにそれずるーい!」
「じゃぁ、少しだけ教えてあげるわ」
「少しだけなの?」
「ふふ。そうよ。少しだけ。ヒントは時間よ。あの人キザなところがあったけど、まさかあそこまでとは思わなかったわ」
「時間って……あー!」
「ねっ、キザでしょう?」
「ほんとだね……ていうか、すごいね。お父さんも実は妖怪だったじゃ……」
呆れるような表情の二人の背には、綺麗な夕日。
――お父さんは、きっと空になったと思うの
そうだな。それも悪くないね。恥ずかしそうに頬を染めた夕空が、そう呟いた気がした。
さて、少しせつないようなそんな話です。やっぱ、愛があれば寿命の差なんてそんなの関係ねーなんですかね?そんなことを考えながら書いてみました。感想等あれば遠慮なく送って下さい。
※4月26日 文章が酷かったので大幅に手直ししました。前の方が好きだった言う方は、御容赦下さい。
特にお気に入り登録してくれたいた方すいません。こんなに書き直すなら、いっそのこと改として別にうpすればよかったですね;書きなおしてから気がつきました。話の筋自体は変わってないですが……すいませーんm(__)m