4.初めての…
三人称に変更
青々とした春の草原を現時点最高時速92kmで疾走中、奇妙な思念を感じた。
ジゼルの鋼殻には思念を感じ取る能力がある。おかげで媒体なしで『遠話術式』が起動できる。
徐々にスピードを落とさず、一気に急制動をかける。
草を撒き散らしながら2本の脚が数10m地面をえぐる。
すぐさま身体の損傷をチェックする。……異常なし。
……あのスピードでフルブレーキかけて、筋1つ痛めないなんて…なんてデタラメな身体。
我が身なれど、感嘆を通り越してもはや畏怖が湧き起こって来るが、今は無視することにする。
足を肩幅にひろげ、大きく深呼吸。息を整える。
力を抜き、目を瞑り、鋼殻に意識を集中させる。
左右両の鋼殻に細かい亀裂が走るのを感じる。
次の瞬間、亀裂が開き変形展開、鋼殻は翼のように広がった。
受信感度を大幅に引き上げ、先ほどから感じる正体不明の思念を丹念に探す。
(……!?……♯♭!……)
この思念の送信主は、おそらく言語が使えない。そういう思考そのものがないのだろう。
「こっちか」
送信方向を特定できた。鋼殻を通常形態に戻す。そして間髪いれず再び疾走する。
思念の内容は不明。だが1つ解ったことがある。
この思念を送ってきたモノは、今、命の危機に瀕している。
ただ助けを求めて鳴いているのだ。
□ ■ □ ■ □
大雑把に予測した座標を、近づくにつれ正確に修正。
草原から再び森の中へ入った。目的地10m地点で音を立てずに停止する。
こちらは風下、濃密な血の臭いが鼻をついた。
足音を立てず、気配を消し、ガルム師匠から学んだ隠密術を駆使し足早に移動する。人の気配を複数感知。
森の中、大きく開けた場所。そこが目指していた場所、助けを請う"声"が聞こえた場所。
大木に身を隠し、何が起こっているのか現状を確認する。
大きな死骸が一体、小さな死に掛けが一体、そして生者が5人。
全長は3mを越す成体の鷲獅子の死骸が横たわっている。頭部と翼部は純白、その他は金色。だが今は全身が切り裂かれ、何本もの矢を突き立てられ、血に汚れたまま息絶えている。
そして5人の人間。
ローブを着て杖を持った男が1人、アウラと比べるべくもないが、強い魔力を感じる。間違いなく魔術師だ。
使い込んだ板金鎧と長剣を装備した男が1人。立ち位置、身のこなしからみて、おそらくこの集団のリーダー格だろう。
その他は革製の軽鎧を着た男が3人。弓、素手、小剣でそれぞれ武装している。
小剣で武装した男は下卑た笑みを浮かべ、片手に白い猫のようなモノを無造作に握っている。鷲獅子の子供だ。片翼が無残に引き千切られ血がポタポタと流れ落ちている。
間違いなく助けを請う思念の送り主はこの子だろう。
鷲獅子をはじめ幻獣種は捕獲、討伐は禁止されている。人に害をなしたり、国益を損なう事態が起きた場合など例外的に討伐依頼などが発布されるが、自発的な狩猟などは重罪だ。もちろんこの辺りに生息する鷲獅子が人を傷つけるなんて話は聞いたことがない。
……密猟者?
外見から判断すると、『冒険者』というヤツだろうか?だが彼らは『ギルド』という組織に登録し、仲介された依頼しか遂行しないと聞く。こんな犯罪まがいのことをするとは思えない。冒険者崩れといったところか。
腰の後ろに手をまわす。ベルトと水平に鞘ごと挿してあるナイフの柄を逆手に握り、その感触を確認する。
正直、見てみぬ振りをしてこの場から立ち去るのが賢い選択だろう。相手は5人、分の悪いことこの上ない。
だが、ジゼルの脳裏には助けを請う幼子の声なき叫びが焼きついてる。見捨てるには、あまりにも寝覚めが悪い。
優先順位を決める。殲滅する必要はないし、出来るとも思えない。児鷲獅子を奪取して即座に離脱、これが理想的だ。
小難しい戦術は考えない。刻一刻とあの児の残時間が削られていく。
「光輝術法・閃光式」
魔力を光に変換、望む効果を得られるよう構築完了。掌に淡く輝く光の玉が現れる。
体制を整え光球をヤツラの中心部に投げ入れる。突如転がり出た怪しげな光に全員の注意が向く。
「発動!」
球体が弾けた。閃光が辺りを照らす。
目を灼かれた冒険者崩れ共の悲鳴が響く。その声を合図にジゼルは飛び出した。狙いは小剣と児鷲獅子を持った男だ。
疾風の速さで革鎧に覆われていない首、頚動脈をナイフで切り裂く。くぐもった悲鳴とほとばしる鮮血を上げ、男は崩れ落ちる。
返す刃で隣にいる弓使い手首を切り落とす。素手の男はうずくまっているので無視だ。
厄介そうな魔術師は……ダメだ、遠い。目標を回収し即座にこの場を離れなければ。
すでに絶命した男から児鷲獅子を奪い取り胸に抱え込み、わき目も振らず逃走にかかる。
その時、背後から感じる土を蹴る音と濃密な殺意。
迷わず身を地面に投げ出す。脚に鋭い痛みが走る。
(……斬られた…!)
ゴロゴロと転がりながら間合いを稼ぐ。すぐさま痛みを堪えて態勢を整える。
数メートル離れた場所に長剣と板金鎧で武装した戦士、そしてローブを着た魔術師、素手の軽鎧はまだ目を押さえてうずくまっている。
「……女か…」
長剣の戦士はジゼルを見て呟いた。
戦士と魔術師は閃光術式を察知し、咄嗟に目を庇うことができたのだろう。
「鋼殻人!しかも器量がいい!!」
金髪の少女の鋼殻を見て、思いもよらない獲物に興奮を隠せない魔術師。
値踏みするような視線が美貌の少女の全身を嘗め回す。
うずくまっていた軽鎧がゆっくりと立ち上がる。視力が回復してきたようだ。血走った目を少女に向けて、
「……てっめぇぇ!楽に死ねると思うなよっ!!」
この男は無手武術を得意とする格闘士のようだ。怒りのままジゼルに突進してくる。
……なんて幸運!間合いを詰めてくれるなんて!
押し倒そうと突き出してくる腕をかわし、右手を男の顔に当て構築していた術式を零距離で解き放つ。
「火焔術法・放射式」
ガォンッ!
掌から火線が迸った。男の身体が突進の勢いを無くし前のめりに倒れる。
男の頭部は炭化して崩れていた。
顔色が変わる戦士と魔術師。そしてなぜか驚いた顔をしてるジゼル。
(……あれ?こんなに威力ある術式なの?)
実戦初使用で判明した火焔術法の効果。初級術式の筈だが、とんでもない破壊力だ。
「……放射式でこの威力だと?鋼殻人じゃないのか?」
鋼殻人は魔法術を不得手とする。身体能力は高いがその分、魔力強度、術式構築の能力が低い。
下位である投射式で人体の頭部を一撃で炭化させる火力。高位の術者でなければ不可能だ。
警戒レベルを引き上げ、抜き身の剣を正眼に構えゆっくりと間合いを詰める板金鎧の戦士。
逆に距離をとり術式の構築にかかる魔術師。
(……これはマズい…)
確実に悪化した状況にジゼルは内心で呻いた。
完全に油断が消えた二人の冒険者崩れ。長剣を持った戦士の構え、挙動から察するに自分より手錬れだ。更に後方に控える魔術師は的確な支援をしてくるだろう。
こちらは左脚を負傷。深くはないが、動きに支障をきたす。治療術法を使えば即座に完治するが、そんな隙を見逃してくれる筈がない。
下手な動きをすれば斬撃がくる。回避できても攻撃術式が飛んでくる。
投降するか?だが捕まれば悲惨な末路なのは目に見えている。
ジゼルは鷲獅子の児をそっと地面に横たえた。
そして左足を前、相手に対して半身になり、左手のナイフを水平に構える。
(…一点に集中して見るのではなく、全身をぼんやりと観る…)
師に叩き込まれた教えを反芻する。全身の力を抜く。脱力ではない、無駄な力みをなくす。
纏う空気が変わった鋼殻人の少女に、長剣の戦士は冷や汗が流れるのを感じた。
手負いだ。勝負を急ぐ必要はない。後衛のフォローもある。じっくりと体力を削いでいけばいい。
だがこの女には攻撃魔術がある。威力、速度、申し分ない。長引かせるのは、むしろこちらが不利だ。
鋼色の閃光が殺意を纏いジゼルに襲い掛かる。
「くっ!」
ほぼ反射的、頭部を狙う斬撃をナイフでいなす。
男の口角が上がるのが見えた。
即座にジゼルは距離を取ろうと地面を蹴るが、脚部に激痛が走りバランスが崩れた。
そんな隙を戦士であれば見逃す筈はない。肩からの体当たりが胸を強打する。
「かはっ」
無様に倒れるジゼル。かろうじて受身はとった。だが、
「色々と惜しかったな」
ジゼルの眼前に刃が突きつけられる。王手だ。
(……初太刀は囮でしたか)
長剣をナイフで受ければ、そのまま力押し。
回避されれば、斬り返して連撃。
なにを選択してもこちらは脚をやられてる。バランスを崩す可能性は高い。
「ハーマット!拘束しろ…いや先に脚の腱を切っとくか」
少女から目を離さず、背後の仲間に声をかける男。
しかし、返事がない。目の前の少女から意識を切らずに背後に視線をやる。
ハーマット、と呼ばれた魔術師は胸から刃を生やし絶命していた。
「確かに惜しい。初陣で3人とか十分すぎるだろ」
剣が引き抜かれ、ハーマットがぐらりと倒れ伏す。
現れたのは蒼銀の人狼―ガルムだ。
その姿を見て男の様子が変わった。
「“剣狼”ガルム……だと?」
その言葉を聞いたガルムは顔をしかめた。字名で呼ばれるて浮かれるほど、もう若くはない。
「ほれ、もういいだろ?」
なんのことだ?人狼の視線の行き先を追う。そして、
「はい、動かないで」
少女のナイフが男の首筋に当てられていた。
□ ■ □ ■ □
「おまえ、脚速いのな。追いつくの苦労したわ…」
どうやらジゼルを送り出した後、気づかれずに追跡していたらしい。
(まぁ、いきなり単独行動はさせないか…)
過保護、というより、やはりこの世界は危険に満ちていて、自分はまだまだ未熟だということだろう。
「治るか、そいつ?」
ガルムがジゼルの膝の上に目を向ける。
そこには息絶える寸前の鷲獅子の子供。
「やってみます」
千切れていた片翼を傷口に当てる。脳裏に、魔方陣を描き出す。
「治癒術法・接合式」
児鷲獅子の身体と白翼の間に血肉が生まれ、見る間に『接合』した。続いて、
「治癒術法・再生式」
身体の細かい傷がふさがる。これで神経も繋がったはずだ。だが予想だにしない変化が起こる。
「えっ?」
ジゼルは思わず声を上げる。
翼の色が変化したのだ。
元々、無事だった片翼は純白から漆黒へ。
千切れて無残だったもう片翼は、真紅へ。
右が黒、左が紅。
異色の翼を再生、いや新生させた鷲獅子はうっすらと目を開け、少女を見た。
ジゼルの姿を確認し、また目を閉じた。眠ったようだ。
「……師匠?…」
想定外の事態に困惑するジゼルは、尊敬する人狼へ声をかけた。
「……まぁ治ったから良しとしようぜ?」
いつも通りの口調でガルムは返してきたのだった。