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3.教わるのではなく学ぶこと


「到着です」

 馬車がゆっくりと停止し、御者台から鈴のような声が聞こえた。ミレスの声だ。

 アウラが先へと、促す。お言葉に甘えて私は馬車の入り口の扉を開ける。

「……村?」

 そこは人気のない小さな村だった。おそらくは10世帯もないだろう。どの家も人がいなくなって数年、といった感じで寂れている。

 …家に連れて行くと言われたような…

「廃村なのよ」

 キョロキョロと周りを見渡している私にアウラが言った。

「近くに鉱山があってね。そこから鉱石やら時折出てくる宝石やらを加工したりしてね、ここから少し離れた大きな街に卸す、そういうことを生業にしていたの」

 だが数年前、周辺で魔獣が大量発生して、避難したらしい。鉱山の資源も枯渇し始めてたこともあって、そのまま廃村になったそうだ。

「そこをね、手入れして住み着いているのよ。ちゃんと許可はもらっているからね?」

 いや、それよりも魔獣の大量発生が気になっているのだが……そんなとこ住み着いて大丈夫なのか?さっきも鷲獅子(グリフォン)みたし。

 その辺りを聞いてみると背後から、

「ここいら辺の危険な魔獣どもは根こそぎ狩ったよ。残ってるのは比較的無害なヤツだ、心配するな」

 渋く低めの、だが暗さのない張りのある声だ。正直かっこいいと思った。

 いきなり声をかけられ、かなり驚いた。声の主は足音とか気配なんてものが一切ない。

 振り向いて、更に驚愕。

 見上げるような体格のその男?を一言で言い表すなら狼男。

 首から上が肉食獣・狼の頭部だ。

 蒼みがかった銀色の神秘的な体毛、そして獲物を喰いちぎるための白い凶暴な犬歯。

 前世での伝承ならば人を襲う狂気のモンスターだが、その金色の瞳は深い知性を感じさせた。

 私が固まってしまったのを見て、バツの悪そうな顔をして男は手を自らの頬にやりポリポリとかいた。

「悪い、驚かせたようだな。わざとじゃねぇんだ」

 悪い人ではないようだ。安心。




「ガルムだ。よろしくな」

 蒼銀の人狼・ガルム氏は気さくな感じで手を差し出した。

 私は慌ててその手を握る。うわ、なんか背中がゾクゾクする。

 おそらく彼がかもし出す鍛え抜かれた歴戦の猛者といった風格がそうさせるのだろう。

 ただその場で佇んでいるだけなのに、無駄も隙もない立ち姿。

 なぜ立ってるだけでこんなにかっこいいのか?武術の達人など何かを極めた人物はただ構えずとも芸術品のように見えるのか。

 ガルム氏を、おそらく瞳をキラキラさせながらガン見している私にアウラが話しかけてくる。

「ガルムには主に戦闘技術、生存術(サバイバル)、…あと、まぁちょっとした処世術辺りを教えていただきます」

 戦闘教官ですね。師匠と呼ばせてもらいましょう。

 その旨を伝え、よろしくお願いします、丁寧に頭を下げた。ガルム師匠はぶっきらぼうに、了承してくれた。少し照れているようだ。

「とりあえず、今日はもう休め。おまえ目覚めたばかりなんだろ」

 そう言われ、案内された建物はしっかりした造りの白壁の屋敷だ。国からの要請でこの村を管理していた役人が住んでいたらしい。

「少し痛んでいたけど、修繕は終わっているわ。今日から貴女の家でもあるのだから、遠慮なく入って」

 アウラは私の背中を押しながら、そう促す。

 そうして、私は新たに生を受けた世界での、帰るべき場所に足を踏み入れた。




 深い鬱蒼とした森林といえど日差しが真上から注ぐ時間帯は十二分に明るい。

 木々の密度は高いといえよう。その木の合間を可能な限りの速度で駆け抜ける。

 視界の隅、邪魔にならない辺りに表示された数値は『63kph』から『60kph』の間を行ったり来たり。木々に接触しないよう、どうしても緩急の差が生じるため平均時速61.5kmと言った所か。

 この速度を維持して約30分。まだまだ走れる。だが障害物の多い場所での体捌きは習得しつつあった。

 そろそろ最高速度を試したい。この身体の潜在能力(ポテンシャル)を理解するのが今日の目的だ。


「教わる気でいるな。学ぶ気でいろ」

 と、ガルム師匠に最初に言われて半年程たった。

 中身の濃い充実した半年間だったといえる。

 

 森の妖精であるエルフ族・アウラからは主に魔法について学んだ。その成り立ち、その用途、そして使用法。

 そう、この世界には魔法がある、さらに以前見かけた鷲獅子のような幻獣もいる。まるで前世の架空世界冒険小説(ファンタジーノベル)ではないか。

 本人は自ら言わないが、術法についてかなり膨大な知識と卓越したテクニック、さらに強大な魔力(この半年間出会った数人の魔法士と比較)。エルフは知性と魔力に秀でた種族だそうだ(ただ耳の長い人種なんだろうなとか思っていた)。比べようにもあまりにも他の魔法士を知らない。だが、おそらく達人級、魔法の大家と呼んでも過言ではないだろう。

 

 鋼殻人(アームドレイス)・ミレスからは学問や、世界の常識非常識、家事全般などを教わった。

 この世界の文字(話すだけなら何故かできた。鋼殻人は皆そうらしい)、歴史、地理、社会情勢、住まう人々の風俗、ちょっとした雑学etc……それはもう懇切丁寧に教えてくれた。正直彼女は博識というレベルを超えているような気がする。教え方も実に上手い。どこかで教職についていた言われたら驚かず納得するだろう。

 屋敷の事や他の住人の世話を一人で引き受けているので、手伝おうとしたらやんわりと断られる。曰く「私の生きがいを取らないでください」と言われた。

 

 狼の獣人族・ガルム師匠からは肉体関係。

 体術、歩法、生存術、隠密術、さらには剣、槍、斧、槌、棒、弓、弩、素手格闘などの武器術、戦闘技能などを叩き込まれた。

 特に体術、歩法は重点的に仕込まれる。ガルム師の教えは基礎、土台を執拗なまで繰り返し、身体の条件反射の域まで高めることにあるようだ。

 ……出会った当初から思っていたが、どうもこの人も只者ではないようだ。身に付けているスキルは多種にわたり、その習熟度はおそろしく高い。


 こんな方々に極集中的に教授された半年間は、瞬く間に過ぎた。そう思ってしまうほど、私自身深く深く、技能や知識の習得にのめり込んだ。

 果たしてどれだけ身に付いたのか。

 果たして十全に使いこなせるのか。

 そろそろ実践して試したいと欲が出てきた。

 そんな時。

「ちょっと村の周り全力で走って来い。夕方までには帰れよ」

 そうして自分の身体能力をそろそろ自覚しろ、とガルム師匠からのお達しです。

 大振りのナイフを護身用に貸していただき、村の外へと走り出す。


 遺跡で目覚めてから数日、自分のことで解ったことが幾つかある。

 すなわち固有能力。

 人間はもちろん他の種族、同じ鋼殻人でも持たない私個人が所有する能力。

 視界に入った何かに意識を集中し、何か知りたいと念じると、数値らしきモノが表れる。

 例えばアウラの胸部を凝視し、「いくつだ?」と軽く疑問に思うと92cmと表示される。そう彼女はゆったりとした身体の線が出ない衣服を好むから、あまり目立たなかった。下着姿を見たときの驚きは今だ忘れられない。

 話がそれた。おそらく外観から得られる範囲の情報で推測した、大雑把な予想数値が視界に表示されるのだろう。これは私の脳と、多分両耳上にそれぞれ接合?している鋼色の物質、鋼殻(シアム)が分析、演算などをしているのではないだろうか。

 ミレスに尋ねたところ、そんな能力を持った鋼殻人は前代未聞だと言われた。そして、身内以外には話すな、とも忠告される。

 当然だ。この能力を利用しようと近づく者がきっと現れるはずだ。忠告は肝に銘じておこう。

 

 そして村の周辺50km森林地帯を疾走中。

 ガルム師匠が作成してくれた、ここいら辺りの地図を思い出す。それによるとあと数分で森を抜け、しばらく草原地帯が続く筈だ。

 見えてきた。感知術式に反応はなし。害意ある者は、この身を傷つける存在はこの先にはいない。

 木々の群れが唐突に途絶える。 

 一気に降り注ぐ太陽光。

 一面に広がる蒼穹。

 足元には緑の大地。

 己自身を学ぶために、私の身体は更なる加速を生み出した。


 







 


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