2.馬車の中で
産まれて初めて乗る馬車は意外と快適だと思う。
白馬と黒馬の2頭がひく屋根つきの馬車は少し古いが、手入れが行き届いて好感がもてた。
内装も質素だが、清潔で埃ひとつなく仄かに花の香りがする。なんだか懐かしい。
御者を務めるのはアウラとは違うもう一人の少女だった。
私より頭ひとつ分、背の低いアウラより更に小柄な身長。私にはなじみのある黒髪黒瞳がとても美しい。
そして何よりも目を惹くのは、青い艶かしい生物的な輝きを放つ鋼できた右手。一見手甲を装着しているように見えるが、無骨なフォルムではなく優美な美しさがある。袖に隠されているが、おそらく肘辺りからそうなのだろう。
その身を包むのは黒いワンピースと、フリルのついた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレス。同じく白いフリルのついたカチューシャを頭にのせている。
服装からもわかるように、彼女はアウラのメイドだ。
よろしく、と挨拶をすると、
「こちらこそ、ジゼルさま。私のことはミレスとお呼びください」
幼く可憐な容姿と成熟した空気を纏わせた、アンバランスな少女だった。
●
私が目覚めた場所は、何かの研究所を思わせた。
そう言うとアウラは苦笑して「あそこは遺跡なの」と答えくれた。
およそ千年前に滅んだ一大帝国築くまでに至った古代文明。その忘れ形見の1つだそうだ。
曰く、繁栄絶頂期には人造生命の創造に着手していたとか。発見される遺跡はどれも研究所ばかりだそうだ。
その成果、到達点の一つを、『鋼殻人』と呼ぶ。
彼らは一部を除いて、人間と外見の差異はない。身体の一部に『鋼殻』という名の異形を宿す『鋼殻人』は高い戦闘力を誇る。
そう、『鋼殻人』は生態兵器として造れた。
多くの遺跡から発掘、もしくは自律起動し徘徊している『鋼殻人』が人里で発見される。
外見はまちまち。幼児のような姿をしているモノもいれば、成人した体型も存在する。
年をとるモノもいれば、不老のまま外見を変えず生涯を送るモノもいるそうだ。
一時期は奴隷のような扱いをされたきたが、現在は国際法で禁止されてるそうだ。
一応は。
「起動したての頃は無垢な性格をしているの。それと相まって高い能力のせいで、人扱いされず今だ裏で奴隷として売られていることが多いわ」
最近じゃ随分ましになったけど、とアウラがそう教えてくれる。おそらく私の現状はあんまりよろしくないのだと言いたいのだろう。
「私さ、何か変な記憶あるんだけど?」
そう、奇妙な記憶がある。こことは違う異なる世界で、世間一般的に普通の生活を享受する学生をしていた……ような気がする。
前世?の名前すら今だ思い出せないからあやふやだ。自信をもって断言できない。
「名前はね、向こうの世界との繋がりでもあるから。だから身体から、そして世界から魂が離れてしまって完全に縁が切れてしまったのね」
思い出せないのは仕方がないそうだ。
向こうの私は死んでしまったのだろうか。
果たして満足のいく人生だっただろうか。
今の私には知る由もないし、どうでもいいような気がする。
「三年くらい前かな」
なんだか遠い所を見ていたような私をアウラの声が引き戻す。
「さっきの遺跡で起動前の貴女を見つけたの。魂もなにも入ってない抜け殻のような人形を」
それからちょくちょく遺跡まで足を運んで私の様子を見に来ていたそうな。
私を発見してから二年後、つまり今から一年ほど前。
「その身体に魂が宿っているのがわかったの。もうすぐ目を覚ますのだと思って足しげく通っていたのよ?」
懐かしそうに嬉しそうにアウラが微笑む。なぜ彼女はこんなにも親愛の情をむけてくるのだろう?
「鋼殻人はみんな、前世の記憶があるの?」
彼女の態度に若干の疑問はあるが、棚上げしとく。
「ないわ、貴女は特例ね」
…それは厄介な要素の1つでは…
「通常の鋼殻人は起動後、最低限の言語能力を持ってる。でもほとんど生まれたての赤子みたいなものね」
でも貴女は違うみたいね。とアウラは私の異常っぷりをしつこいくらいにアピールしてくれた。
「どこに連れて行くの?」
窓の景色を見ながら尋ねてみる。…こんな鬱蒼とした森なんて初めてだ。あ、なんか飛んでる、やけに大きい。
300メートル程先の空に颯爽と飛ぶ影は四足獣に羽を生やしたフォルムだ。更に頭部は鳥、おそらく猛禽類だろう。
鷲獅子?
目を見開いて外を凝視していると、アウラが私の質問に答えてくれた。
「私たちの家よ。貴女は自由に生きる資格がある。でもこの世界は色々危険なの。教えることがたくさんあるからそれまでは、あまり外には出ないでね」
危険か。それに対する対処法なら大歓迎だ。なんかありえないもの見えたし。
「あら、頼もしい。みっちりしごかせてもらうわ」
にっこり微笑むアウラ。
…お手柔らかに。|