黒澤の配慮
アナログの黒電話が鳴る。
六畳の部屋が二つ、居間兼台所のベランダのそばに、新しいベッドを置いた。
ダブルなベッドは、十分な広さがあったが、その分部屋を占領した。
もう一つの部屋には、シングルの布団が一組置いてあった。
「畳は、わりと新しいじゃけ」と、楠木が言った。
「布団も、新しいじゃけ」と、花は言い、楠木にビールを渡した。
「花に言いたいことがあるじゃけ」
楠木は、氷の入ったグラスを見た。
「何じゃけ?」
「ビールに氷はじゃが・・・」
「ぬるいじゃけ」
「それはそうじゃけ・・・」と、楠木が言うと、花が、「氷にビール入れて見たら、サワーみたいになるじゃけ。どうじゃけ?」と言った。
花は、どうやら新しいビールを開発したらしい。
そこで、黒澤がシャワーから出てきた。
素っ裸のまま、居間を通って隣の部屋に行く様子を見る。
「いつも、ああなん?」
楠木が聞くと、花は、うなずいた。
すると突然、旧式のカセットビデオが作動する。
黒澤が、いつもニュース番組を入れているのだ。
「大阪のUSJじゃが」と、隣の部屋から体を拭きながら、黒澤が言う。
「ユーチューバーが全面的に、仕切ることになったじゃけ」
「ええ?!」と、楠木は驚いた。
「何でも、鼠が入り込んじゃと」
黒澤は、黒のパジャマに着替え、頭を拭きながら花の横に座った。
「いやーーー、マジか」と、楠木はビールを飲んだ。
花が、「うまいじゃけ?」と聞くと、楠木は、「花の方がうまい」と言う。
今夜は、三人。
「何とかならんじゃろか?」
楠木が言うと、花が言った。
「チューブというからには、工業じゃろか?」
すると、黒澤と楠木が声をそろえて言った。
「うるさい」
「花、起きてる?」
楠木が天井を見ながら言った。
花が真ん中に寝た、ダブルベッドは、窮屈だったが、楠木が「俺には権利がある」と、譲らなかった。
返事がないので、「花、腕枕あるよ」と、楠木が手をのばそうとした時、楠木の携帯が鳴った。
「電話」と、黒澤が言う。
「いやーーー」と、楠木は起き上がり、携帯に出た。
するとまた、楠木の「いやーーー」という声が響いた。
どうやら電話の相手は、谷田らしい。
黒澤は、花のくちびるにキスをし、その首筋にも舌をはわせた。
「いやーーーーーー!!!」
楠木が言うと、谷田が、「何かあった?」と聞いた。
「いや、とにかくじゃが、その映画の配役は、却下じゃけ」
楠木はそう言って電話を切った。
外を救急車が通って行く。
楠木の心にも、不安が走ったが、それをすぐに振り払った。
布団に入ると、花の寝息が聞こえた。
楠木は大きなあくびをした。
ここは祇園の二階家、夜明け前の一番静かな時であった。
「おやすみ、花」と、楠木は眠りに落ちた。




